グローバル教育
国際基督教大学(ICU) 学長 日比谷 潤子氏

日本初の「リベラルアーツカレッジ」として

はじめに

私が教育者の道を選んだのは、一生続けられる仕事を持ち、自立した職業人になりたいと学生時代から思っていたからです。幼少の頃、家にときどき訪れた外国のお客さまから知った異国の文化や、中高時代に英語や国文法などの言語そのものに非常に大きな関心を持っていたことが、今の自分の出発点だったかもしれません。学部ではフランス語を専攻し、奨学金を得て米国のペンシルヴェニア大学院で言語学の博士課程を修了しました。日英仏3言語に触れ、移民社会の米国で多くの留学生と共に学んだことが、ICUで実践される「日英バイリンガル+1言語」の学びや、広く世界に目を向けたグローバルな教育を追求する道へとつながったと感じます。

ICUは、第二次世界大戦後まもなく、悲惨な戦争に対する反省と平和への願いから、企業や団体、キリスト者・非キリスト者を問わず、多くの国際的な善意と寄付金によって献学されました。今日の世界では、多様な社会に貢献する「グローバル人材」の育成が求められており、その先には教育を通じて「世界平和を希求する」という究極の目的があります。本学は、リベラルアーツカレッジとして、献学以来、人類平和のために貢献する人を育成するという使命を大切にしています。

国際基督教大学(ICU) 学長 日比谷 潤子氏

「国際的社会人」を育成するために

私が米国の大学院に進んだのは、25歳の時でした。世界中から学生が集まる環境は、外国人が少なかった当時の日本と大きく異なり、まさに国際社会を実感するものでした。留学したその地では、さまざまな国の人々によって多様な英語が、まさに「世界の共通語」として話されていました。また、初めて家族から離れて一人暮らしを経験し、学寮の隣室に住む留学生の暮らしぶりから文化の違いを感じ、「他者とは異なる自分」を見つめる貴重な機会にもなりました。

皆さんは「国際」の意味を改めて考えたことがありますか。 ICUの名前にも含まれているこの言葉は「異なった国籍、人種、文化などの価値を認め合う共同体」であることを意味しています。本学では教員構成にも国際的・文化的多様性を求めており、外国籍の教員は3人に1人、学生も世界50ヵ国から集まっています。また、学内で日英両言語を公用語とし、人種・国籍・宗教・ジェンダーを問わないことを前提とするなど、まさに「国際的社会人」の育成にふさわしい環境が整い「広く世界に開かれている教育」が実践されているのです。

「国際的社会人」にとって、言語運用力は大変重要なスキルです。言語を学ぶことで相手の文化を同じ目線で感じることができ、世界への理解を深めることに繋がるからです。日英バイリンガル教育を基本とするICUでは、海外からの留学生は日本語を学び、外国の教育制度で長く学んできた帰国生も、漢字や日本語での学術論文の書き方などに特化した授業を受講しています。日本語を母語とする学生も英語力を伸ばすためのプログラムを集中的に受講します。そしてすべての学生が、どのメジャー(専修分野)であっても授業でグループワークやディスカッション、プレゼンテーションを繰り返し、日英両言語で自分の考えを世界の人に伝える力を身につけていきます。

一般に、日本人は英語が得意でないと認識されており、実際に学習している割に成果が上がっていないことは否めません。その理由として「英語を使う必要性が低かったから」ということが指摘できます。しかし時代は大きく変化し、国内でさえも英語力の必要性を突きつけられています。さらに世界の潮流は、より広い視野で物ごとを見て考えられるよう、英語だけでなく「第3言語」の習得を必要とする多様な社会に変容しています。

私が副学長を経て学長として推し進めてきた取り組みの一つが、日英バイリンガルに加えもう一言語の習得を推し進める仕組み作りで、中国語、韓国語、アラビア語、インドネシア語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語、イタリア語の9つの言語と文化を学ぶコースを開設しました。2017年9月からは、日英が母語でない学生のために、日本留学試験を利用した入学者選抜制度を始め、第3の言語を母語とする学生も増え、クラス・キャンパスでの彼らとの関わりが多言語教育の相乗効果を生み出しています。

「リベラルアーツカレッジ」で学ぶ

「リベラルアーツ」とは、「人間としての成長と人格の成熟を目指す教育」を意味しています。近年、世界的に「リベラルアーツ」の重要性が注目されています。頻発する世界的な紛争問題や環境問題など地球規模の諸問題を解決しようとする際には、一つの専門分野だけでは解決が難しく、幅広い教養と柔軟で自由な発想が必要だからです。

日本の大学では入学前に学部・学科を決めるのが一般的ですが、ICUでは、入学の時点では専門分野を決定しません。はじめの2年間で、人文科学・自然科学・社会科学の全領域に渡る一般教育科目やメジャーの基礎科目から、自分の学びたい科目を自ら選択・履修し、真に関心を持つメジャーを見つけていきます。自分のメジャーを深く掘り下げて学びながら、それ以外の学問分野も自由に学ぶことができ、学生自身が思いのままに学びをデザインすることが可能です。どの分野でも日英両言語で学ぶため、多国籍の教授や留学生などから自分と異なる考えや価値観を共有し、客観的に自分を見つめて他者を理解できるようになります。また、教授1人に対し学生20人という少人数教育も特徴的です。密度の高い少人数教育は、学生が互いに関わり合い、教員と学生の対話の機会を増やし、「自分の居場所を見つける」重要なプロセスになっているのです。

リベラルアーツを学ぶ意義を問われれば、「生涯学ぶ姿勢をきちんと身につけられること」と言えるでしょう。実際に卒業生の活躍の場は多岐にわたり、実業界のビジネスパーソンや国際機関で活躍している人も多くいます。複雑化した社会では大学4年間の学びでは、もはや十分とは言えず、修士・博士課程に進む傾向も顕著です。現在の日本の社会では学部卒が主流ですが、今後世界のトップ層と伍していくためには生涯学び続ける姿勢が不可欠です。本学では学部卒業生の2割が大学院に進学しており、また、社会に一度出た学生が大学院に進学して戻ってくる例も多く見られます。社会人になってからも再教育を受ける「リカレント教育」は今後も推進されていくでしょう。そして、リベラルアーツを実践するパイオニアとして、刻々と変わって行く世界の本質を捉えながら「信頼される地球市民」の育成というミッションに取り組み続けていきたいと思います。

国際基督教大学(ICU) 学長 日比谷 潤子氏 東京にありながら、四季の移り変わりを味わえる恵まれた自然環境のキャンパス。

海外で暮らすご家族へのメッセージ

米国で学んでいた頃を振り返ると、留学中よりも日本帰国後の方が環境に馴染むことに苦労した記憶があります。海外にいらっしゃるお子さまでしたら、海外という新天地に戸惑うこともあれば、帰国の際に辛い思いをされる方もいらっしゃるでしょう。私からのメッセージは「世界のどこかに、必ずあなたの居場所があります」ということです。もし今の場所でうまくいかなかったとしても、場所や状況が変わることで好転することはいくらでもあるのです。親御さんにおかれましては、日本に帰国すること、定住することだけを一つの出口と考えず、お子さまの将来について広く世界に目を向けていただきたいと思います。

ICUに入学し「生まれて初めて自分の居場所を見つけた」「あるがままの自分で良いと思えるようになった」と言う学生が多くいます。まさに本学が誇るリベラルアーツの醍醐味を享受してくれていると嬉しくなります。どのお子さまにも、世界を見渡せば必ずお子さまにぴったりの行き先があるはずです。

若い皆さんには、積極的に健康を維持することも忘れないでくださいと、お伝えしたいです。私自身、運動がリラックス法であり、エネルギー源となっています。ICUの卒業生には開発途上国で仕事に携わる人も多いですが、自分の志を実現するためには体力が勝負で、体力の維持がメンタルの安定にも繋がり、気力も湧き挑戦し続けることができると聞きます。皆さんにもぜひ、勉強だけに腐心することなく、心身ともに健康であるよう努めていただきたいと思います。

人生100年時代といわれる今、私は約40年ある今後の人生について、いろいろな計画を立てています。皆さんの「探究の旅」はまだ始まったばかりです。ぜひ、将来の自分を想像し幾通りも計画を立ててみてください。計画は何度でも書き直せます。書き直すうちに、自分自身で納得できる将来設計ができるに違いありません。本学の学びは、どの学生にも「学びの面白さ」を伝え、「生涯学び続ける人」に導くと確信します。皆さんが異なる文化や価値観を持つ世界中の人たちと協働しながら、ご自分にふさわしい道を切り拓かれることを願ってやみません。

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※2019年3月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。

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