グローバル教育
関西学院大学 学長 村田 治氏

Be a Borderless Innovator(境界を越える革新者)
~理系4学部新設、文理横断・学問分野の垣根を超えて~

はじめに

私が学長に就任して、早6年が経ちました。幼少期からとにかく自由に育てられたこともあり、学長としての任務も決して前例主義をなぞらえません。時に「とんでもない発想をする」と思われることもあるようですが、枠にとらわれず、必要な教育の変革を推進することこそが自らの使命と自負しています。昨年、本学創立150周年にあたる2039年を見据えた超長期ビジョン「Kwansei Grand Challenge 2039」を策定し、学生たちが卒業後に「真に豊かな人生」を歩むことを目指して、日々さまざまな課題に取り組んでいます。

関西学院大学 学長 村田 治氏

理系4学部を新設、KSC(神戸三田キャンパス)の改編の意義

本学は2021年4月にKSC(神戸三田キャンパス)を改編し、新たに理学部、工学部、生命環境学部、建築学部の理系4学部を新設。総合政策学部と合わせて5学部に生まれ変わり、文理合わせて全14学部体制になります。キャンパスをまるごと再編するのは初の試みで、大変注目を集めています。ここまで大規模な改編をした理由は、時代を切り拓く人材を輩出すべく「学生の質」を保証し、「関西学院大学の学生ならば間違いない」という信頼を企業や社会から得るためです。信頼を得られれば当然「質の高い就労」につながり、ひいては学生の「真に豊かな人生」へとつながります。

改編の最大のポイントは、「理系学部の充実」に焦点を当てたことです。これまでは関西学院大学というと文系学部をイメージする方も多かったと思いますが、この度の改編で理系教育の拡大と充実を図り、これまで以上に社会で求められる人材の輩出に貢献します。なぜ、理系教育を充実させる必要があるのでしょうか。それには、経済学の学問的な確固たる裏付けがあるのです。

「数学のスコア」と「労働生産成長率」の相関関係

経済産業省が2019年に発表した報告書では、現代を「数理資本主義の時代」と謳い、これからの時代は「数学の力」が特に重要になると明言しています。IT機器が爆発的に普及し、社会のあらゆる場面でデジタル革命が起こったため、産業界をはじめ各方面で数学の知識を持ったいわゆる「理系人材」への期待感が急速に高まっているからです。実際に大手企業でも、近年は文系・理系の垣根を根本からなくした社員教育が不可欠になっていると聞いています。

米国の経済学者ハヌシェクが2011年に発表した論文※1では、経済協力開発機構(OECD、加盟36ヵ国)が実施している国際学力調査(PISA)などのスコアが、各国の経済成長率などへどのような影響を及ぼしているかについて分析しています。それによると数学や科学の学力は、その国の「経済成長率」や「生産性成長率」に密接に結びついており、学力に比例して成長率が高いことが証明されています。日本のスコアを見ると、2015年の調査では数学と科学がOECD加盟国の中では1位、18年の調査では読解力が11位に落ちたものの、数学と科学のスコアはそれぞれ1位と2位を維持しました。にもかかわらず、日本の労働生産性は18年の調査で21位、16~18年の労働生産性の平均成長率も20位という低い結果となっています。つまり、日本はPISAにおける数学の学力は加盟国中でトップクラスにありながら、近年の労働生産性成長率は低迷しており、ハヌシェクが称える「数学のスコアと労働生産性成長率の正の相関関係」から大きく逸脱しているのです。

その理由を紐解くと、残念な事実が浮かび上がります。PISAの対象は高校1年生であり、前述の通りその時点では日本は数学のスコアはトップクラスを維持しています。しかし高校2年生以降になると、進路に応じて文系・理系に分かれるため数学を学ばなくなる生徒が出てきます。国立教育政策研究所の調べによれば、高校3年生の時点で理系コースを選択している比率は約22%であり、実に8割近くの子どもが数学を学習しなくなっているのです。つまり、高校1年生まではトップクラスの数学リテラシーを持っていた優秀な人材が、日本の受験システムのために数学を学ばなくなることが多く、それゆえ労働生産性が上がらないという結果につながっているのです。このままでは日本は衰退の一途を辿ると言っても過言ではありません。そうならないために、「理系教育の強化」は喫緊の課題なのです。

皆さんはIT業界の世界を代表する4大企業GAFA※2の創業者が皆、理系出身であることをご存知でしょうか。そこでも象徴されるように、論理的な思考力があれば、プラスアルファのスキルで、革新的なイノベーションをも起こせるのです。今回の改編で目指すのは、時代のニーズに合った魅力的な理系の学部を創設し、正にそうした人材を育成・輩出することです。

※1… Hanushek E.A. and Wossmann L.(2008), “ The Role of Cognitive Skills in Economic Development, ” Journal of Economic Literature, vol.46, no.3, pp.607-668.
※2… GAFA: グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェイスブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)の頭文字をとった略称。

海外で暮らすご家族へのメッセージ

これからの時代は「多様性」が最も大切で、社会も多様でないと進歩はないと思います。多様性を考える時、核となるのはやはり日本人としての「アイデンティティ」です。皆さんのように海外で暮らす場合はどうしてもアイデンティティが確立しにくい側面があると思います。ですから、海外生活が長いお子さんの場合、むしろ一度は日本で学ぶという選択肢もあるのではないかと思います。

海外で暮らす子どもたちは、恐らく日本の典型的な「偏差値で輪切りされている受験」は通らずに済む場合が多いと思います。それは大変幸せなことです。なぜなら、人の能力は無限であるにもかかわらず、「受験」というシステムではその能力のほんの一部しか測れないからです。ITの台頭が目覚ましい現代では、求められる能力も変わりました。近年では受験方式も多様化し、机上の学力だけでなく人物評価を重視する入試も増えています。本学でも、私が経済学部長の時に一風変わった「プレゼン入試」を考案し実施したことがありました。自分の高校時代に取り組んできたことを30分間プレゼンテーションするというものです。パソコンを持参し発表する人もいれば、紙芝居を持って来る人もいました。狙いは「高校3年間で真剣に取り組んできたことがあるか」、そして「それをしっかり自分の言葉で語れるか」でした。当初はこの入試に反対する教員もいましたが、終えてみると本当に素晴らしい学生が集まり、大成功に終わったのです。現代では「出る杭人材」と言われるように「とんがった人材」こそが求められています。しっかり自己主張ができるという点では、すでに海外で育った皆さんにはアドバンテージがあると思います。ぜひその強みを生かし、大きく飛躍していただきたいと思います。

皆さんには「大学時代に自分のやりたいことに一生懸命取り組み、自分の能力を最大限に伸ばしてください」とお伝えしたいと思います。本学がスクールモットーに掲げる“ Mastery for Service(奉仕のための練達)”は、皆さんの生き方や価値観に大きな影響を与えてくれるに違いありません。変化の激しい時代を生き抜く上で、自分自身がしっかりとした価値観・世界観を持つことはとても重要です。人間の価値というのは決してどこの大学に入りどの企業に勤めたかではなく、その人が50~60歳になった時点で、「社会にどのような影響を及ぼしているか」、「社会をどう変えているか」、さらに言えば「人類にどう貢献できているか」ということに尽きると思います。「何のために生きるのか」「どのように生きていくのか」を常に自分に問いかけながら、有意義な大学生活を送ってくださることを願っています。

関西学院大学 学長 村田 治氏

理系4学部を新設 文理合わせて5学部体制に

KSCは新設の理系4学部と、文系の総合政策学部を合わせた5学部を擁する関西最大規模の理工系学部を含むキャンパスに生まれ変わります。国境や文系・理系、学問分野、大学と社会など、さまざまな枠を越えた教育を推進します。

2021年4月より
理学部
NEW ■ 数理科学科 ■ 物理・宇宙学科 ■ 化学科
工学部
NEW ■ 物質工学課程 ■ 電気電子応用工学課程 ■ 情報工学課程 ■ 知能・機械工学過程
生命環境学部
NEW ■ 生命科学科 ■ 生命医科学科 ■ 環境応用化学科
建築学部
NEW ■ 建築学科
総合政策学部
NEW ■ 総合政策学科 ■ メディア情報学科 ■ 都市政策学科 ■ 国際政策学科

※設置構想中。学部、学科、課程名称は仮称。概要等は予定であり、変更の場合があります。

 

※2020年4月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。

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