グローバル教育
筑波大学 学長 永田 恭介氏

日本で一番新しい総合大学
~比類ない「国際性」と「学際性」を武器に~

はじめに

筑波大学は,東京教育大学を前身として昭和48年(1973年)に開学しました。創基は明治5年(1872年)、日本で最も古い高等教育機関(東京高等師範学校)に遡ります。その後、時代の中で変革を繰り返し、日本で一番新しい総合大学として生まれ変わりました。ノーベル賞受賞者が教壇に立ち、オリンピック金メダリストを輩出するなど、人文社会系から医学医療系まで他には類をみない幅広い学問領域を究める「研究型大学」です。

私が教育者の道を歩み始めたのは、「がんとウィルス」の研究に励みながら学位を取得し、5年間のニューヨーク留学から帰国した頃でした。その後も研究を続けるつもりでしたが、ある時、研究職のように真理探求をしている学問を次の世代につなぐためには、若い人を育てることこそ必要なことだと気づいたのです。なぜなら、一人の人が研究に携われるのは長い歴史の中でほんの何十年間に過ぎません。研究者としてその継ぎ足しの一部を担うことと同様に、次の時代につないでいくこともまた重要であると実感したのです。そこから研究と教育を並行して行う日々が始まりました。結果的に私は研究の第一線からは退きましたが、教え子たちが活躍し、薬の製造分野などで力を発揮してくれていることを心から嬉しく思っています。

筑波大学 学長 永田 恭介氏

比類ない「国際性」と「学際性」

本学の最大の強みは「国際性」と「学際性」であり、これこそが現代社会が求める必要な能力を築く基盤だと確信しています。特に「国際性」はタイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)による「世界の国際化された大学ランキング」でも日本の国立大学の中で常に上位にランキングされており、日本で最も国際的に存在感の大きい大学の一つです。留学生比率は国立大学の中では東京大学に次ぎ二番目に高く、118ヵ国地域から2,679名の外国人留学生を受け入れています(2019年12月時点)。日本の大学が国際化に取り組み始めたのは2012年頃でしたが、本学は05年からベトナムをはじめ海外12ヵ所に拠点を設け、学生を誘致していました。「グローバル30(G30)」※に採択された時には「国際性の日常化」をスローガンに掲げ、英語で学位が取れるプログラムを人文社会系、生命環境系にいち早く開設しました。当初は南アジアやアフリカからの留学生が多かったのですが、米スタンフォード大学が運営する現地の高校生向けチャンネルに出演し授業を行うなどたゆまぬ努力を重ねた結果、現在では現地の高校生が直接受験をしてくれるようになり、欧米からの留学生数も飛躍的に増加しています。国際性が日常化された今、次なるスローガンに「BEYOND THE BORDERS」を掲げ、本学の学生には世界中がキャンパスだと思えるよう、また、世界中の学生にはバリアフリーで本学に来てくれるよう、日々取り組んでいます。

「学際性」とは、一般に研究対象が複数の学問領域にまたがっていることを意味しますが、本学ではいろいろな分野が混じり合い「今までになかったものを生み出す」ところまでと捉えています。身近な例でお話しましょう。私たちの生活はあと10数年すれば間違いなくロボットと共存する生活になるでしょう。例えば、年配の方がロボットと一緒に住んでいたとします。もし誰かがロボットを破損させた場合、現行の法律では器物損壊に過ぎません。しかし、愛情を込め子ども同然に可愛がっていたロボットを失った人にとっては、器物損壊で済むはずもなく、ともすれば殺人と同じくらいの衝撃を受けることは想像に難くありません。またロボットが盗まれた場合、それは窃盗なのか誘拐なのか、などの議論に発展することも考えられます。つまり、変化が激しい現代では常識が日々刻々と変わるため、この事例で言うならば、まさにロボット工学と哲学、さらには法学といった複数の分野の専門家が学問の垣根を超えて協働しなければ解決できないことなのです。この協働こそがまさに「学際性」であり、学際性を極め新たな分野を切り拓けば、人類社会に多大なる貢献をもたらすことは自明の理なのです。学問分野を超え学際的な協働による新たな科学と技術の発展が求められる時代の要請に則し、本学では学問分野間の垣根を低くし、分野を横断した学びを可能にする環境を整えています。

※2008年に策定された国際化拠点整備事業。20年を目処に30万人の留学生受け入れを目指す計画。日本で13の大学が採択され、留学生受け入れ体制の整備や大学の国際化へ向けた取り組みを実施。

筑波大学 学長 永田 恭介氏

日本の大学が世界で伍していくために

世界の大学ランキングにおいて日本の大学の評価が低いという指摘がありますが、「研究力」の観点からいうとなぜ日本の大学はランキングが低いのかと腑に落ちない点もあります。実際に日本はノーベル賞も多く受賞しており、ランキングが100位以内の大学と比較しても、研究・教育の両面において劣っていないと感じることがあります。この原因の一つは、日本の大学の「発信力」の弱さだと感じています。

日本の大学が英語力に問題があることは否めません。英語で学び卒業していく学生が増えれば瞬く間に世界中に情報が拡散します。実際、ランキングの評価の半分近くは「レプテーション(評判)」によると言われており、大学の知名度と卒業生の活躍が評価基準になっているのです。他国の大学の場合、卒業生が世界を舞台に働くのが当たり前になっていますから、日本も世界で活躍できる人を多く輩出し積極的に発信していけば、評価は確実に上がるに違いありません。

また、中等教育課程から「大学での学び方」を身につけておくことも大切だと思います。なぜなら、大学は「教えてもらう場所ではない」からです。中等教育には学習指導要領がありますが、大学には一切ありません。大学という場所は「研究」という観点から教育を受ける場であるのです。そのため、学びたいことが不明瞭でじっと座って「教えてもらおう」と思ったら大きな間違いなのです。現在、中学や高校に通う皆さんには、ぜひ大学に入る以前に「自分から勉強する」「好きなことをやってみる」という姿勢を身につけていただきたいと強く思います。

「男女共同参画社会の実現」に向けて

日本の未来のためには、男女共同参画も重要なことです。男女共同参画に関する調査では、日本はOECD149ヵ国中110位(世界経済フォーラム「ジェンダー・ギャップ指数2018」)と残念な結果になっています。私は、原因の一つは「お互いの理解」が十分に出来ていないからだと感じています。日本の女性は、特に許容力が高く優秀ですからさまざまな職業、ポジションで力を発揮できると疑いません。男性、女性それぞれが持つ強みや特性を理解し、お互いの良さを発揮し合うことで、日本社会を取り巻く環境は大いに改善されると信じています。

本学においても女性教員の割合は2割と低く、男女の割合から見ると3割の優秀な女性を活用できていないことになります。それが大学に限らず企業でも起こっているとすれば、日本は相当な数の才能を有効活用できておらず、危機感を感じざるを得ません。まさに日本にとって大損とも言える事態です。近年、外国人の積極的な登用が叫ばれていますが、まずは日本の女性が社会で活躍しやすい法整備を整え、結婚や出産、育児や介護で働き方に制約が出たとしても男性と平等に活躍できる環境を提供することが、喫緊の課題だと感じます。コロナ禍で在宅勤務が定着し、オンラインで業務を担う働き方が一般化しつつあります。デジタル庁も新設され、今後はリモートであらゆることが可能になることでしょう。この転機が、女性にとってこれまでにない大きなチャンスになることを願うばかりです。

海外で暮らすご家族へのメッセージ

皆さんには端的に一言、「Enjoy Life」とお伝えしたいです。現在の生活は、もう二度と経験できない貴重な体験です。日本の生活とは根本的に異なる今の日常にどっぷりと浸かっていただき、その土地ならではの良さに思う存分触れていただきたいと思います。
 
教育者として、「教育」が目指すものは「人材育成」だと考えます。そして「教育のゴール」はと聞かれれば、その人の能力を発掘すること、つまり「その子が持っている才能を開花させること」だと答えます。親御さんにはぜひ、お子さんが持っているポテンシャルを最大限引き出してあげてください、とお伝えしたいです。お子さんが興味関心を持ったことであれば、それが人道的に間違っていない限り、何にでも挑戦させるべきでしょう。大学は決して勉強するだけの場所ではありません。大学で探検部に入り、探検を究める人がいたって良いではありませんか。皆さんが持つ無限のポテンシャルに期待をしつつ、次世代の日本と世界を牽引する人材になってくださることを願ってやみません。

 

※2020年11月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。

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