グローバル教育
株式会社 東芝 前 アジア・大洋州総代表 兼 東芝アジア・パシフィック社 社長 丸山 竜司 氏

「アメリカにいる人は皆アメリカ人。だから丸山くんもアメリカ人なんだよ」という一言が私の中に強烈に響いたのです。

その言葉から、常に抱いていた緊張感や周囲の人に対する見えないバリアが下がり始めた実感がありました。「グローバル」の基本とは、実はちょっとした「気持ちの変化」にあるのかもしれません。

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。
企業の方からお話をうかがいました。

Q. 御社について教えてください。

当社は1875年に創業されて以来、140年以上にわたりエネルギーとエレクトロニクスをはじめとする分野で人々の暮らしと社会を支えてきました。1970~80年代は技術力強化のために研究開発を積極的に推進し研究を加速させ、世界初、日本初の多くの技術を世の中に送り出しました。皆さまもご存知の世界初としては、二重コイル電球やラップトップPC、HDD&DVDビデオレコーダーがあります。日本初では、カラーテレビや日本語ワードプロセッサ、電気洗濯機や電気冷蔵庫、自動式電気釡や電子レンジがあります。東芝といえば、『サザエさん』を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょう。スポンサーとして多くの家電製品のCMをご覧いただいたことと思います。

21世紀は経済・産業のパラダイムが大きく変化しました。そのため企業としての成長を続けるために「事業構造改革」と「事業構造転換」を実施しました。現在ではエネルギー領域や上下水道や鉄道、道路といったいわゆる社会インフラ領域、半導体やハードディスクといった電子デバイス、人工知能(AI)を駆使したデジタルソリューションの領域でグローバルトップへの挑戦を続けています。

シンガポールでは95年に東芝アジアパシフィック社が設立され、アジアオセアニア地域の統括会社として機能しています。担当領域は、西はインドから南はオーストラリア、東は韓国までです。

株式会社 東芝 前 アジア・大洋州総代表 兼 東芝アジア・パシフィック社 社長 丸山 竜司 氏

Q. グローバル企業として多国籍・多文化のスタッフをまとめていく上での工夫点は。

私が担当するアジア大洋州地域には、60社ほどの現地法人があります。それぞれの地区でお国柄が異なりますので、運営の難しさはもちろんあります。例えば中国やアメリカの場合、国土の規模は大きいですが国としては一つです。一方でアジアの場合、すべてバックグラウンドが異なる国々を便宜的にアジア大洋州と括っているため、国の数だけ多様な文化・慣習が存在します。

多国籍・多文化のスタッフをマネジメントする上で一番大切なのは、その国・地域の文化をきちんと理解し尊重することだと感じています。当社がグローバル企業だからといってその企業文化を押し付けたり、日本人のアイデンティティだけを全面に出していては、良いパフォーマンスは得られないでしょう。

Q. 日系企業としてのアイデンティティをどのように多国籍・多文化の方に共有していますか。

東芝グループ全世界共通の経営理念は、「人と地球の明日のために(Committed to People, Committed to the Future)」です。これは当社のアイデンティティでもあります。豊かな価値を創造することで世界中の人々の生活や文化に貢献したいという想いが140年前から脈々と受け継がれているのです。

多国籍のスタッフと価値観を共有するために、この経営理念はとても大切だと思っています。実際に、外国人スタッフの中には当社のスタッフとしてどのような価値観のもとでどう行動したら良いかが明確でない人もいます。そこで、大切にしてほしい4つの価値観を提示しています。それは、「1. 誠実であり続ける 2. 変革への情熱を抱く 3. 未来を思い描く 4. 共に歩み出す」です。

1.は英語でいう’Do the right things’であり、文字通り常に誠実な心で行動するということです。2.は時代に応じて求められるさまざまな変革に熱い情熱を持ち、自ら必要な変化を起こすということです。3.は、140年という歴史に甘んじることなく次の140年も必要とされる企業でいるために、未来に与える価値を考えていくことです。4.は、国籍や人種を乗り越え人々が協働することでこそ新しいものが生み出される、その努力をしようということです。これら4つを全うすれば、当社の理念を実現できると確信しており、いろいろな形で意識してもらうよう継続的に伝えています。

Q. 採用状況と女性の活躍について教えてください。
また、外国人スタッフや海外で学んだ学生さんの採用動向は。

会社は生き残るために常に変質していかなくてはなりません。そのためには、その都度時代に応じた価値を追求し、行動できる人が求められています。多様性の受け入れが叫ばれる中、当社でもダイバーシティー・アンド・インクルージョンを掲げ外国籍の方を積極的に採用し、その後の活躍の場をどう広げるかについても真剣に取り組んでいます。海外の大学を卒業した方向けのグローバル採用や日本に留学されている外国人の採用も増加傾向にあります(2020-21年はコロナ禍により変更)。

女性の活躍についてはキャリアの積み方も多様で、出産子育てから復帰される人も多く、女性社員のための手厚いサポートがあります。女性の管理職は男性に比べて少ないですが、採用の時点で性別は問いません。当社は技術の会社ですので、技術において男女の性差はなく、今後は女性の活躍が一層期待されています。海外の総代表を務めた役員や日本の有名な学会でも活躍され世界的な権威を持つ女性技術者もいます。当社では多くの女性社員が活躍しています。

Q. 社会貢献活動の一環として、科学技術教育にも取り組まれているそうですね。

当社は92年から、アメリカとカナダの幼稚園から高校生を対象にした科学技術コンテスト「エクスプロラビジョン・アウォード(EVA)」を、全米科学教師協会(NSTA)と実施しています。私がニューヨークに駐在していた際に関わらせていただきましたが、入選したお子さんと家族をワシントンDCに招待し、州の議員・上院議員の方々を訪問、対話し写真撮影をします。お子さんたちにとっては大変貴重な体験で、そこから大きな刺激を受け、科学への興味関心が駆り立てられるお子さんは少なくありません。実際にこのコンテストに入選して有名な大学を卒業し、科学技術の道に進んだお子さんもいるほどです。コンテストで何より感激するのは、お子さんたちの「創造力」の素晴らしさです。年齢が小さいほど技術的な裏付けなどなく、そのお子さんが抱える心配ごとに技術を生み出して解決したいというピュアな思いに溢れています。歴史が長く皆に認知されているこのイベントを通じて、お子さんが持つ「創造力」の素晴らしさに気づき、一人でも多くのお子さんに科学に関心を持っていただきたいと今も願っています。

同様の取り組みは、中国でも行われています。中国の科学・技術人材の育成に貢献するために、2008年から中国教育部と「中国師範大学理科師範大学生教学技能創新コンテスト(教案コンテスト)」を開催しています。対象は教育大学で学ぶ、物理・化学・数学の理系教師を志す学生たちです。入賞者とその教師を日本に招待し、日本の科学技術や文化を体験してもらい教師・学生と交流する機会を提供しています。18年度は中国全土49校の師範大学から約2万人の学生が参加しました。

Q. 海外で子育てをされているご家庭へのメッセージをお願いします。

私がニューヨークに赴任していた時、弊社米州総代表の部屋に呼ばれたことがありました。マンハッタンを一望できるその部屋から道ゆく人を眺めながら、「丸山くん、アメリカ人ってわかる?」と聞かれたのです。「えっ、アメリカ人ですか?」ときょとんとした私に、「アメリカにいる人は皆アメリカ人。だから丸山くんもアメリカ人なんだよ」と言われたのです。何気ない言葉のように聞こえるでしょうが、当時の私は言葉や生活習慣、治安などに不安を感じていたためその言葉の意味は深く私の中に強烈に響いたのです。常に抱いていた緊張感や周囲の人に対する見えないバリアが下がり始めた実感がありました。上司のその一言によって「グローバル」の基本とは、実はちょっとした「気持ちの変化」にあるのかもしれないとその時感じたのです。

親御さんの中には、「子どもはすぐに英語を話せるようになる」「子どもは海外生活にも慣れやすい」とおっしゃる方がいます。確かに子どもゆえにそのような一面もあるでしょう。しかし実際には、子どもたちは子どもなりに多くの苦労をし、悩みながら一生懸命闘っているのだと感じます。私が子育てを振り返ってお伝えしたいこと、それは「お子さんを信じて見守ってあげてください」ということです。貴重な海外生活では、ぜひ、お子さんを後ろから見てあげ、危なくない限りは彼らを信用してお子さんが想像力を膨らませる機会をいっぱい与えてあげていただきたいと思います。子どもは大人が驚くほどいろいろなことを考えているものです。子どもを信用するということは、時に勇気がいることかもしれません。しかしそうすることで、お子さんの伸び代はさらに大きくなるに違いありません。

会社概要

株式会社 東芝 アジア
東芝アジア・パシフィック

発電システム、上下水道システム、鉄道システムなどのインフラ事業や、電子デバイス事業など約 20 の事業体から構成される幅広い領域で人々の暮らしと社会を支える。確かな技術で豊かな価値を創造することを通じ、持続可能な社会に貢献。

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