グローバル教育
三井住友銀行 常務執行役員 アジア・大洋州本部長 志村 正之 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の担当者に聞きました。

Qシンガポールはアジアの金融ハブとして中枢的な役割を担い、その発展に大きく寄与して来ました。御行はアジアとシンガポールの重要性をどのように捉えていらっしゃいますか。

弊行のシンガポール進出は三井銀行(当時)の1963 年にさかのぼり、今年で創立50 周年を迎えます。アジア・大洋州(東南アジア、インド、 豪州)の本部として12カ国を統括しており、シンガポール拠点には日本からの赴任者約130 人を含む650人あまりのスタッフがいます。

アジア・大洋州全体のスタッフ数は1,800人で、米州、欧州、中国よりも大きく、海外では最大規模となっています。入居ビルの屋上に「SMBC」の大きな看板をかかげたのも、我々三井住友銀行の「アジ アへのコミットメント」を示すためです。

現在は以前と違ってアジアへの関心が大変高く、中でもシンガポー ルは勤務地としての人気が高まっていますが、アジアはシンガポール 以外のアジア新興国でもビジネスのチャンスは広がっていくでしょう。したがってシンガポールに限らずアジアの各国で活躍が期待できる人材を選ぶように努めています。

Q今後の海外業務展開についてはいかがですか。

10年前、三井住友銀行全体のお客さま取引の経費後利益に占める海外の比率は10%程度でした。この10年間で海外の比率は急激に増加し、現在は全体の30%を超えるほどになっています。今後もこの傾向は続く可能性があります。

日本国内のお取引先の企業でもその活動は、アジアや中国の市場に 向かって急速に拡大しており、日本国内の営業店でも海外の知見がないと企業ニーズに応えられない時代になってきています。実際に日本のお客さまからのご相談でも、「海外工場の設立はどうしたら良いか」 「現地の税務について教えてほしい」など、海外に関することが多くなっています。中でもアジアへの関心は大企業だけではなく、中堅中 小企業にも拡大しており、このようなニーズにお応えすることが銀行にとっても必須となってきています。

Qお客さまのニーズ変化にこたえる中で、体制面ではどのように 対応しているのですか。

ここ数年でシンガポールの日本人駐在員の数を大きく増やしています。また、グローバル化の流れの中で、海外経験者を増やすために、平均海外赴任期間を短くして交代を早め、アジアをはじめ海外経験者を少しでも増やそうとしています。実際に現在の日本人駐在員の4分の3くらいは、シンガポールに着任してまだ2 ~ 3 年以内です。

また全体的な取り組みを申し上げれば、現在、日本の新卒採用の総合職のうち若干名を海外勤務を含むグローバル関連業務の機会を伴う 「総合職グローバルコース」として採用しています。10年前まで海外 の収益比率は銀行全体の10%程度だったので、もともと銀行には、「本 当に国際的な仕事に就きたい」と思う人が集まらない傾向がありまし た。私も30年前に国際部門で活躍することを希望し入行しましたが、 初めて海外に出たのは15年目のことでした。海外に行きたくても、 行ける保証がないのなら、もっと海外赴任の確率が高い業種で就職しようと考える人がいるでしょう。弊行にも海外希望の優秀な人材に来てもらうため、確実に海外で活躍できる枠を意図的に構築しています。

応募をしてくる学生は、もともと英語力の高い人が多く、海外大学 出身者も増えています。今は新入行員だけでなく総合職の全行員にも、 英語力テスト「TOEIC」で800点以上を目指すよう促しています。シンガポールなど海外拠点では最低900点は欲しいと個人的には思ってい ます。

Q日系の金融機関が海外ビジネスを拡大するうえでどのような資 質を持った人が大切だと考えていますか。

素朴なことですが、地元や外国の同僚と一緒に仕事をするうえで、 まずは周囲の人に対し「思いやり」を持つこと、そして多様性に対する「寛容さ」と「共感」する気持ちを持つことが大切だと思います。私たち銀行のビジネスはお客さまの「繁栄」と密接に関わっています。 例えばお客さまにお金を借りていただき、そのお客さまがある事業で 成功してはじめて我々も繁栄することができます。したがってお客さ まの繁栄を自分のことのように喜ぶ気持ち、「共感」が大切な資質となるわけです。これは日本でも外国でも変わりません。

相手の立場に思いを馳せる力は、海外では特に大事だと感じます。 日本人とローカルスタッフの間に壁ができた際、理解の違いを乗り越えるにはやはりこれらの資質なしではありえません。日本人がアジアに来ると「アジアの人は時間を守らない」とか「注文したものが来ない」 などの不満を聞くことがあります。しかし、そのように自分の「日本人の常識」を絶対の原理原則として不満を抱いてばかりでは、当地で上手くやっていくのは厳しいでしょう。日本人の論理を押し付けるのではなく、自分を冷静に客観的に見る能力は、国際化していくうえで はとても大切だと感じます。

物ごとを「広く知っている」ことも求められる資質です。知識があ ることはとても尊いことですが、偏った知識だけに頼り、他の分野に 興味を示そうとしない人は難しいと感じます。どの業界であれ組織に入ろうとする人は、他部署や直接関係のない事業に関心を持つことも 大切だからです。その意味では、大学時代にインターンシップを経験 することをおすすめします。弊行の場合日本では既に定着していますが、今年からはシンガポール人の大学生を対象にしたインターンシッ プを新たに始めました。

Q日系企業としてのアイデンティティーは、どのように考えてい ますか。

2008年のリーマンショックの際、当地でも欧米の金融機関は多くのスタッフを解雇したと聞きますが、弊行は当地において解雇は一切 しませんでした。我々は日本企業として継続性、連続性を重んじてお り、これが一番のアイデンティティーかもしれません。数百万ドルの ボーナスが支給されることはなくても、「今日から君はいらないよ」と突然前触れもなく告げられることもない。そんなことをしては従業員 と銀行の間に信頼関係は築けません。士気も落ちます。厳しい面はプ ロとして厳しくあらねばなりませんが、家族のような長い関係を従業 員との間に築こうとすること、これが日系企業としてのカルチャーだ と思っています。

「年功序列」も大きな特徴でしょう。日本人は、例えば小学校まで 普通に遊んでいた近所の友達を中学校に上がった途端「○○先輩」と敬うように、目上の人を無条件で敬う習慣があり、それは弊行の企業 文化にも根づいています。アジアでは、欧米のように能力第一主義が 期待されており、日系企業の「年功序列」文化には落胆する人がいるのかもしれません。海外で優秀な人に働いてもらうためには、この点 は今後議論していく必要があるでしょう。

Q今後、外国人スタッフの活躍の場は広がりますか。

現在、弊行の海外支店のトップに外国人スタッフが単独でついているケースは殆どありませんが、今後そのようなケースが増えていく可 能性は十分あります。実際にシドニーとニューデリーでは、日本人と外国人の2人が支店長を務める「共同支店長制」を取り入れました。 日系の取引には日本人支店長が、その他の取引は外国人支店長が統括 しています。今後は他のエリアにも取り入れて行くべきだと思います。

現在アジア・大洋州にいる約1,800人のスタッフのうち、日本人は 約240人です。将来的には全体のスタッフ数は3,000人くらいにした いと思っていますが、日本人は現在の200人を上限とし、現地採用による外国人を増やしていくことを考えています。

Q海外で生活していると日本人を外から客観的に見ることができ ると思いますが、「日本人」が優れていると思うことはどんな点 ですか?

東日本大震災の際、日本人のとった行動は世界から称賛されました。 日本人は規律を重んじ、自分を後回しにしてでも他者に尽くす「あたたかい心」を持っています。

フランスの有名な歴史学者ジャック・アタリは「人類の未来を切り 開くのは日本だ」と言いました。利益追求や自己満足を追求する価値 観が強く浸透しているのが現在の世界です。そこで「自分だけ良けれ ばいい」と決して思わない日本人の心を、世界中で謙虚に学ぼうと彼 は主張しています。他者や公共の福祉のために自主的に行動する日本 人の資質は、ジャック・アタリの言うように22世紀に人間が生き延びられるかどうかを左右すると言っても過言ではないくらい重要な要素 だと思います。

日本人がそうした世界の未来を切り開く心と資質を持っていることをもっと自覚し、誇りを持ってアジアでも行動しなくてはならないと 思います。

Q海外で暮らす保護者の皆さまへ一言お願いします。

シンガポールは大変暮らしやすい国ですが、豊かすぎてテーマパー クのようだと感じることがあります。ご家族で暮らしている皆さまに は、お子さまのためにもこの快適さを謳歌するだけで終わっていただきたくないと思います。

アジアの若者は今、幕末の日本のように、自分の未来は自分の手で つかもうと必死です。「頑張れば夢がかなう」と信じると同時に学問の 大切さに目覚めたため、ものすごいパワーとエネルギーを持っていま す。教育費に投じる額も家計の4割を超えるご家庭があるそうです。 将来は、そんな熱い志を持った彼らと日本人との大競争時代になるこ とは間違いありません。

保護者の皆さまには、「現実」という厳しさからお子さまをあえて守 らないでいただきたいと思います。親が守ってしまうと、お子さま自 身には本当に大切なことが見えなくなり、社会と摩擦が生じた際に、 自ら解決策を考えてそれを克服することができなくなります。自分の目で外の世界を見て、自ら失敗を経験することで、世界でも勝ちぬけ るタフさを養っていただきたいと願っています。

そのような厳しい経験を通じてこそ、他者を慈しむ精神や異文化への想像力が育まれると考えます。外国人とコミュニケーションするうえでもこれらの要素は不可欠です。「人から信頼され愛される人」であ れば、どこの国や組織に行っても生き抜いて行けると確信しています。

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