グローバル教育
シンガポール日本人学校小学部チャンギ校 校長 中村 善治 氏

“ 夢を持って新たな挑戦を”

はじめに

 私は長年、福岡県で教員として学校教育に携わってきました。2年前に当地に赴任し、日本の教育の良さと海外だからこそ可能な教育の実践を目指してきました。国内での経験と日本人学校校長としての当地での経験を通して、教育の根幹について考えてみたいと思います。

シンガポールの特色を生かした日本の教育

 海外の日本人学校は、日本語による日本の学習指導要領に沿った教育、その土地ならではの特色を取り入れた幅広い教育を行っています。本校では、日本人学校の伝統に加え、多民族国家シンガポールの特色が随所に見られます。英語のイマージョン教育(英語による水泳や音楽等の授業)、習熟度別英会話クラス(本校では12レベル)をはじめ、現地校との交流や当地ならではの文化行事・校外学習も大変盛んです。それらの機会を通して、周辺アジアの文化を理解するとともに日本の伝統文化を改めて学ぶ狙いがあります。

 私は赴任に際し、世界各国にある日本人学校には独自の伝統があるため、その伝統をしっかり守りつつ、時代にあった新しいものを吹き込みたいという思いを持っていました。そこで、赴任前に日本の幼稚園や小学校を視察し、日本ならではの新たな行事や習慣も取り入れようと考えました。平成25年度は学校教育目標達成のため、教師の重点項目を設定し、キーワードを「夢」「新たな挑戦」「立腰教育」として取り組みました。

 「新たな挑戦」の1つとして10歳の節目に自分を振り返り、将来を考える「2分の1成人式」を実施しました。実際に成人するのは20歳ですが、ちょうどその中間である10歳の節目の儀式で、自分の将来の夢や目標を明確にして皆の前で発表しようという試みです。また、これまでの成長を振り返り、両親に気持ちを伝えるために手紙を書き自宅で渡しました。子どもたちは「2分の1成人式」という儀式の中で、毅然とした態度で堂々と発表し、感謝の気持ちを伝えたことで新たな気持ちで目標に向かって頑張っていこうと決意することができたようです。保護者の方からも、日本を離れたこの土地でも子育てを振り返る良い機会になったと大きな反響がありました。

 もう一つは、「腰骨を立てる」という立腰教育です。わが国には「姿勢を正すこと」を殊に大切にする文化があり、それは「腰をしっかり立てて挨拶をきちんとする」「丹田(へその下)にぐっと力を入れることで心を引き締めやる気を出す」ことに重きをおきます。授業の始めと終わりに腰骨を立てて黙想しています。休み時間に遊んだあと等は、授業に向けて気持ちをしっかり切り替えることにつながっているようです。

 本校の児童を見ていると、すべてにおいて積極的で「国際感覚」が備わっていることを強く感じ、頼もしく思います。日本での教諭時代に中学生を韓国に引率する機会がありました。国際交流が目的でしたが、韓国の生徒が物怖じしないのに対して、日本の生徒は気後れしたのか隣にいる日本人と日本語で話すといった様子も見られ、歯がゆさを感じたものです。

 レクリエーション活動についても、本校では自主的に進んで取り組む児童が多く見られます。日本全国から来ている友だちと過ごし、地域交流でシンガポール人と接する、といった恵まれた環境の下で、誰とでも分け隔てなくコミュニケーションできる力と、尻込みせず自分から率先し行動する力が十分に養われているようです。これらの力こそ、正に国際社会で求められている力と言えるでしょう。この「国際感覚」を、将来にわたり育んでほしいと思います。

「夢を持つ」ことの大切さ

 かつて、どんな先生を送りこんでも変わらない、いわゆる「荒れた中学校」で校長を勤めたことがあります。教員として採用された当初から、あえて課題の多い学校に赴き、そこを立て直すことが私の使命と感じていたため、全力で取り組みました。悔しい経験もたくさんしましたが、最終的に学校を立て直すことに成功した理由は、子どもたちに「夢を持つ」ことの大切さを繰り返し伝え、理解してもらえたからだと思っています。

 子どもたちに夢を持ってもらうために、本校では教員が一丸となってすべての授業の共通テーマとして取り組んでいます。年初に将来の夢を短冊に書き、教室に一年間貼り出します。日々の生活の中で、教員も夢について話すよう心がけています。

 夢が無ければ、毎日はただ何となく過ぎていくでしょう。実現不可能と思われるとてつもない夢であっても、常に口に出し続けていると、自然に気持ちが入っていくから不思議です。目標がなければ何も成し遂げられないのと同じように、人生にも目標、すなわち「夢を持つ」ことが大切で、それこそが、教育の土台だと信じています。

子どもは大人の姿を見て育つ

 日本の内外を問わず、大人になって社会に出た際に通用するための基本というものがあります。「時を守り、場を清め、礼を正す」ということです。「時間をきちんと守り相手への尊重を表す」、「自分の周りをきれいにし心も清める」、「しっかりと挨拶をして良い人間関係を築く」という3原則は、国や時代を超えてもぶれない軸と言えるでしょう。これを伝えるために忘れてはならないのは、子どもにただ言葉で「しなさい」と言うだけでなく、むしろ黙って大人がその姿を見せることが最も大切だということです。私は、具体的に次のように取り組んでいます。

◎ 教職員の会議や校外での飲み会等、教員の集まりにおいては集合時間を厳守して、定刻で始めるようにしています。

 国・文化により時間のとらえかたは違うようですが、日本人としてきちんと約束の時間を守れる人となるよう、時間の管理を自分の力ですべきだと考えています。

◎ 掃除は自分の周りからとし、私自身自ら学校の校門を中心にバス停や学校周辺のゴミ拾いをしています。

 当初はローカルスタッフや通行する人に変な目で見られました。しかし次第に共感してくれる人が現れ、今では学校近くの路上にゴミを捨てていく人が減り、辺り一面がとてもきれいになりました。児童が掃除をするのは、通学バスの都合で週2回だけですが、なるべく散らかさず「クリーナーさんたちに感謝をしよう」と伝えています。大人が態度で示せば、言葉は心に響くでしょう。家庭で家政婦さんがいる場合でも、親が感謝の気持ちを表せば、子どもの受け止め方は大きく変わるに違いありません。

◎ 朝と帰りに必ず校門に立ち、全校児童815名と「ハイタッチ」をし、挨拶の習慣を定着させています。

 教員が進んで挨拶をすることによって、学校での挨拶が児童にも定着しました。今後はこれを学校だけではなく家庭にも広げ、点と点をつなぐ線にしていきたいと思います。バスの集合時などに親がお互いに挨拶をするだけでも子どもはその姿をきちんと見て、挨拶の大切さを実感するに違いありません。

 現代では核家族化や共働きが増えた影響で、生活の中で親が自分の後ろ姿を見せる場面は以前より減った気がします。しかし海外では親子一緒に過ごす時間が長く、恵まれた環境にあります。特に本校は保護者の素晴らしいボランティア活動に支えられており、子どもたちは親が学校でボランティア活動をしている姿を見て学びとっていると確信しています。

シンガポールから学ぶこと

 シンガポールに住んでみて「すごい」と感じたことは、シンガポールが国として教育にかける熱意です。ご存知の通り、シンガポールは国家政策として「人材の育成」を掲げています。資源や産業を持たないこの国が、ここまでの成長を遂げた背景には、大学への補助金や支援など、国をあげての「教育」への取り組みの成果が大きいと言えるでしょう。

 また、公用語としての「英語の力」も国の発展に大きく寄与しています。英語でコミュニケーションが取れることが、グローバル化を促進し、国としての繁栄の道を拓きました。日本の英語教育は昔に比べ改善されましたが、攻めの姿勢で海外に出るにはさらなる改善が必要だと感じます。英語の大切さに改めて気づき、英語教育の早期化を速やかに実現させることが喫緊の課題です。

 日本の若者にはどんどん海外に出てほしいと思います。海外から日本を見ることで日本の良さを再認識しながら、同時に海外の素晴らしさを吸収する機会となります。その体験は、自分の視野が大きく広がり非常に尊いことです。一皮も二皮も剥け、その後の人生に大きな影響を与えてくれるに違いありません。

海外で暮らすご家族へのメッセージ

 海外ならではの貴重な経験の数々は、必ず将来の人生の中で実を結びます。失敗を恐れずどんどん子どもたちに挑戦させてください。日本では思いもよらなかったような考えに出会うかもしれません。異文化の中でさまざまな物事を多角的に見られるのは、海外にいる特権です。身近なところではコンドミニアムの中で、言葉がわからなくても多国籍の子どもと積極的に遊ばせるといいでしょう。一緒に遊ぶ中で自然にコミュニケーションの方法を覚えていきます。

 物事を考える際には「否定」から入るのではなく、まずは「肯定」し、受け入れることから始めてください。否定的に見ようとすると、いくらでもマイナスのイメージが膨らんでしまうものです。まずはプラスのイメージを持ち、その中からお子さまに向いているもの、選択していくものを考えてあげるようにしてください。子どもは、「自分にとってプラスになる」と思った瞬間からそれをどんどん吸収し、大きく飛躍する力を持っているものです。

 最後に私の「夢」を紹介します。まずは校長としてこの地で思い描いていることを全て実現したいと思っています。そして帰国した暁には、ここで学んだことを地元や教育委員会、日本の子どもたちに必ず還元したいと思います。海外の素晴らしさを地元の子どもたちに伝え、子どもの秘めた力を伸ばしてあげたいのです。日本に帰った時にこの地で得たことを出しきれるかが、私の更なる挑戦であり、「夢」の実現だと思っています。

 

※2014年3月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。

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