グローバル教育
ワコール シンガポール株式会社 社長 古田 泰嗣 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の担当者に聞きました。

女性を取り巻く社会環境が大きく変化している中で、日本では「ワークライフバランス」という考え方の下、女性が社会で活躍する場が大きく広がってきました。東南アジアでは経済成長とともに女性の消費パワーは年々大きくなっています。「女性と共にある」御社にとって、このような社会・経済環境は更なる成長の機会だと思います。このような点を踏まえ、これまでの御社の歩みと概要についてお聞かせください。

1946 年、和装を守る風潮が根強かった古都京都にて、日本初の洋装下着会社として創業しました。グループの目標は「世界の女性に美しくなってもらう」ことで、その実現に向けて長年品質を追求し、世界中の市場で先駆的な商品を提供し続け、高い評価を得てきました。全社員数は約 18,500 名(国内約 9,000 名、海外約 9,500 名)で、海外出向者数は約 40 名です。

1970 年には韓国、台湾に初めて海外進出をしました。その後、海外マーケットにも積極的に進出し、現在では、世界22ヵ国で事業を展開、66ヵ国以上で商品を販売しています。特に米国、タイ、台湾では既にトップブランドとしての地位を確立しています。地域別の売上比率では日本が 62.2%、アジア・オセアニアで 25.6%、欧米が 12.4%です。海外での売上比率は上昇しており、今後も海外での成長がグループ全体の成長に貢献することでしょう。

御社が誇る「強み」とは何でしょうか。

海外における戦略は、日本におけるワコールブランドの強みを各国でも再現していくことです。ワコールの強みとは世界共通の徹底した品質、研究開発に基づいた商品開発力、そして「相互信頼」に基づく自主性・チャレンジ精神旺盛な社風です。どの国においてもグループ全社員に創業の精神や経営理念が共有されるよう努力をし、 また顧客ニーズには臨機応変に対応しています。近年では下着メーカーのみならず、ファーストファッション系のブランドも下着を扱っていますが、そのようなブランドは大量生産型のビジネスモデルで、一つの商品をより多くの国で販売し効率を高めています。しかし当社の場合は、現地の人の体型に合わせた形、各国の消費者ニーズに合うデザインのものをそれぞれの国で調査し展開することで高い信頼を得ており、日本でも海外マーケットでもこのような強みが成長につながっています。

ものづくりの会社として品質を追求し続けると同時に、商品・ブランドを大切に扱っています。ブランド価値を低下させるような取引先とはビジネスをしないよう努めてきました。価格を不当に下げたり、 販路をやみくもに広げたりすることは短期的な効果は出るかもしれません。しかし、ブランドイメージを損なう例外を作ってしまうと、短期的にはほんの小さなずれが、長期的には大きなギャップに広がりかねないからです。常に例外を作らない対応をすることが大切だと考えています。どこの国でワコールブランドの商品を購入しても安心して着用していただくために、品質とブランドを守ることに関しては非常に厳しく対応しています。すべての部門の社員一人ひとりにブランド意識を徹底させ、他社に勝る水準を常に考えるようにしています。この姿勢は日本でも海外マーケットでも変わりません。

また、ワコールでは店頭における「接客販売」を重視しています。それはインナーウェアという特質上、実際にフィッティングをしてからの購入をおすすめしているからです。フィッティングをして着用感を確かめてもらうことによって他社には真似ができない、ワコールの品質そのものの価値を実感してもらうことにつながります。長年にわたって守り続けてきたこの販売方法から生み出される価値は、とても大きな優位性につながっています。当社のお客さま対応のレベルは高く、クレームをお持ちのお客さまに対しては原因を調査してから誠意ある対応をし、逆にお客さまが望んでいる以上の高品質な対応をすることで、ワコールのファンになってもらえるよう努めています。

日本では女性の管理職比率を上げることが政策になるほど社会が女性の活躍を推進しています。女性の働きについて、また御社が求めている人物像について教えてください。

女性のお客さまが多いということもあり、販売員、デザイナーをはじめ女性が多く活躍しています。現在女性従業員比率は 88%、女性の管理職比率は 13%です。日本の女性管理職比率が 6.6%(厚生労働省 2013)なので、かなり時代の先を行っていると言えましょう。既にイギリスでは女性が社長に就任し、昨年はフィリピンでも女性が社長に就任しました。今後この流れは更に進むと思います。

ワコールは「相互信頼」という社是のもと、社員一人ひとりを信頼することで社員自らが自覚を持ち、チャレンジすることを恐れない自由闊達な社風です。日本企業の良さでもある協調性、チームワークを重んじる会社でもあり、少数のスター社員を育てていくという風潮ではありません。ワコールが求める人材像としては「許容度が広い人」、「了見の広い人」です。特にグローバルで働く場合、チームプレーで 不可欠な「他者との違いを許容できる人」であることも大切だと言えるでしょう。

シンガポールでの事業展開やマネジメントについてお聞かせください。

シンガポールには 36 年前、つまりシンガポールが建国されて 14 年目に進出したことになります。合弁ではなく独自出資で進出したのはシンガポールが初めてです。1979 年当時は当地におけるワコールブランドの知名度はゼロだったため、売り場獲得のためにテスト販売で実績を作り、売り場を増やしてきました。日系百貨店の「日本のブランドを大切にしたい」、 「日本の品ぞろえを厚くしたい」というニーズ に合致したこともあり、徐々に拡大することができました。現在では 販売員含め、従業員数は 80 名を抱えるまでになりました。シンガポールでの企画、生産ではなく、日本、台湾、中国、タイ、インドネシア から商品を仕入れて、シンガポール国内で販売する事業内容となっています。日本人は私のみで、現地のスタッフが各業務に就いています。

シンガポールでは、販売員は自分たち売り手とお客さまが「対等」であるという認識を持っているように感じます。接客サービスにおいては、日本の丁寧な対応が優れていると言わざるをえません。現地の販売スタッフにも、研修を通して「お客さまに最高のサービスを提供する」という姿勢で対応するよう伝えています。また定期的にワコールブランドの価値を理解し、ワコールに対するロイヤルティを高めるために日本の本社訪問や人間科学研究所 ※ での研修を実施しています。

シンガポールで感じるのは、概して意思決定に対してスピード感があることです。日本の倍ぐらいの速さではないでしょうか。また失敗やリスクを恐れずに、「まずはやってみよう」というチャレンジ精神が旺盛で、日本人からみれば一見軽率に見えますが、そのフットワークの軽さは日本人が見習えることだと感じます。

※人間科学研究所:女性のからだを科学的に研究してものづくりに生かすため、50 年にわた りさまざまな基礎研究を続けている社内の R&D 部門。40,000 人の女性の体形データを収集し 分析している。

シンガポール在住の日本人の皆さまにアドバイスをお願いします。

シンガポールという多文化・多民族の国での生活は、先ほど述べた「許容度」を広げる絶好の機会だと思います。体力、お金、時間がある限り、日本ではできない多くの体験をすると良いでしょう。そのためにも、親御さん自らが日本人以外の友だちを作っていくことも大切だと思います。

子育てにおいては、日本人としてのモラルや行動規範は各家庭でしっかり教えた方が良いと思っています。震災時の被災者の行動は世界から賞賛されたように、日本人としてのプリンシパル、モラルは世界に十分通用します。対人感度、忍耐強さ、他者への敬意などです。まずは日本人としての価値観をしっかりと身につけることが世界に羽ばたく最初の一歩だと思います。

また子どもたちには少々失敗するとわかっていても、大けがや人様に迷惑をかけるようなことでない限り、何でも挑戦させたほうが良いと思っています。人は失敗から学び成長していくと思います。異国の地では新しいことに挑戦できる機会や環境がたくさんあります。是非ご自身とお子さまの成長のため、失敗を恐れず新しいことにチャレンジして、許容度を広げる機会を多く持っていただきたいと思います。

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