グローバル教育
シンガポール髙島屋 前社長 安田 洋子 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の担当者に聞きました。

日本では長期にわたるデフレで、百貨店売り上げが低迷した時期が長くありました。東南アジアは、高い経済成長を続けながらも、シンガポールでは小売業の競争相手が多く、決して簡単に業績を伸ばせる環境ではなかったと思います。そのような中、右肩上がりで業績を伸ばし続けている御社は驚異的な存在だと感じます。まずは御社の紹介をお願いします。

当社は1993年に開業して以来、20年以上が経過しました。現地のランドマークとして親しまれ、メインストリートであるオーチャードのこの場所で現在も業績が伸び続けているという意味では、シンガポールの皆様にご愛顧いただいていることを実感しています。シンガポールの皆様から支持を受けなければここまでの歩みはなかったでしょう。

髙島屋としての創業は1831年にさかのぼります。以来180年以上にわたり、おかげさまで日本を代表する百貨店として存在しており、皆様には特にバラの花の包装紙で親しまれています。現在は国内に19店舗、海外はシンガポール、台北、上海の3店舗に加え、2016年夏にはベトナム、2017年にはバンコクに出店の予定で、アジアで5店舗を展開していきます。

シンガポールでのマネージメントで工夫されている点について教えてください。

現在は約400名の従業員がおり、その中で日本からの出向者は10名ほどです。日本の百貨店でありながら、お客様は多民族国家シンガポールらしく多種多様です。ここシンガポール市場で、いかに売り上げを伸ばすかが常に大きな課題となっています。そのため、基本的に「現地の人材を活用する」ことを心がけています。

当社にはシンガポール進出以来20年近く勤続しているローカルスタッフがたくさんいます。シンガポールはご存知の通り転職社会ですが、その中で当社の定着率は群を抜いていると言えるでしょう。そのスタッフが現在マネージャークラスで活躍し、現場をけん引してくれているのが強みだと思っています。新ブランドを導入するときなどの「節目」には、必ず日本人の目で厳しくチェックをしていますが、ローカルスタッフもしっかり日本人の考え方を理解してビジネスを行っており、「あうんの呼吸」で仕事ができてきていると感じます。

実際に日々の現場では、広告の仕方や包装の仕方に至るまで、現地スタッフにしかわからない感覚は多いものです。例えば、日本で当社員が基本として習う包装では、途中をテープで止めることをせず、折目正しく包んだ上で最後に小さくテープで止めることが高い美意識とされています。しかし現地では異なり、両面テープで隙間が空かないようぴったり貼り付けている方が良いという包装の仕方です。日本の包装の仕方を知っている方が見れば、違和感があるかもしれません。どちらが良いかという議論の過程では、後者の包装の仕方はタカシマヤ流ではないかもしれません。しかしながら、日本の私たちから見るとタカシマヤ流ではないと思うことも、日本人である我々の既成概念だけにとらわれても意味がありません。ローカルスタッフが「この方がシンガポールでは受け入れられる」と考えれば、それに従うこともあります。そのまま日本のやり方を押し付けたりするのではなく、現地に根付かせることを優先させることもあるからです。

日本の百貨店業界の売り上げが伸び悩んでいる時期でも、御社は業績を伸ばし続けていました。その秘訣とは何でしょうか。

22015年2月期(2014年度)の営業収益は6億5,600万Sドル(550億円)、前年比+2.6%でした。シンガポールにマリーナベイサンズをはじめ、新たな観光スポットが出来たことによる観光客の増加という大きな恩恵も受けていますが、独自の経営ノウハウとマネジメント力により、この業績を支えてきたと自負しています。ここ数年でも当地には次々とショッピングモールができており、既存の店舗が前年の売り上げを上回るのは決して簡単なことではありません。

当社のお客様構成は約7割が国内の居住者、約3割は旅行者です。特に多いのはインドネシアから訪れる旅行者、そして近隣諸国の一部の富裕層のお客様です。また、当社の商品別売り上げ構成の特徴として、全体売り上げに対し婦人服の売り上げ比率が日本と比較すると低いことがあげられ、そこに大きな違いがあります。そもそもシンガポールのお客様は衣料品にあまりお金をかけませんし、シンガポールは赤道直下の国ですので、冬服や単価の高いコートなどは売れません。そのため衣料品の品ぞろえは極力抑え、その代わりにニーズの高いバッグや靴、下着などの雑貨を充実させるようにしています。開店当初は日本の流通ビジネスの考え方をある程度踏襲していましたが、変化が早いシンガポール人のライフスタイルに合うよう見直しを重ね、お客様の声を聴きながら、一歩ずつ常に進み続けようと前向きに努めてきました。

また、当社は、シンガポールのお客様にとって一番身近で日本を紹介する立ち位置にいると思います。日本には素晴らしいコンテンツがたくさんあるため、日本の企業であることが当社のアイデンティティーの一つであると言えるでしょう。前述の包装の仕方にせよ、また食材の楽しみ方にせよ、現地ならではのアレンジを加えることで受け入れていただけることは多々あります。日本流を原点としながらも、現地のお客様に受け入れられてこその店舗ですので「日本流の押しつけ」ではなく、例えば、商品面においては、商品自体の核心を維持しながら、いかにシンガポールのお客様に受け入れられるようにアレンジしていくか、そしてその商品をお客様にご紹介してどのように受け入れられるのかをきちんと見届けたいと考えます。さらには、その結果を踏まえ修正を加えていく、そのようなサイクルが重要であると考えています。

核になるスタッフさんとは御社の理念を共有出来ているとお聞きしました。そこに至るまでのプロセスや研修について教えてください。

まずは在任25年の副店長の話を聞いたり、実際の現場から直に学んだりしたことが多いでしょう。大切にしていることは、現場で起こっていることに対してきちんと意見を言い合うことです。あの時言っていたのはこういうことだったのだと、最後には彼らが肌で感じ納得できることが大切なのです。それには、いかにコミュニケーションするかということが第一だと思います。

企業理念はルールブックで確認しあったりもしています。従業員は約400名ですが、お取引先の販売員も加わるので実際には1万名ほどのスタッフが出入りをしています。その全ての方々にサービスレベルをアップしていただくために「タカシマヤアンバサダー」というサービスリーダー的な人を各販売部門から1~3名、合計20名選び、まず彼らに「Customercomesfirst」という髙島屋の理念を理解してもらいます。そして実際にいろいろなケーススタディーを伴いながら現場で勉強し、共有します。それを毎朝、朝礼の10分ぐらいの間に、部門なども関係なくチームを組んで行います。

優れたサービスを提供し、お客様からお褒めの言葉をいただけたスタッフを対象に「サービススタッフ褒賞」があります。2年に一度、日本の髙島屋をまわり、観光も含めて日本ツアーを行っています。このような体験を通して、日本企業としてのアイデンティティーを肌で感じてもらいながら現場の士気を更に高めてもらえるよう導いています。

御社が求める人材についてはいかがでしょうか。

百貨店も苦しい時代が続いていますので、日本での採用はこの10年間は多くても80名くらい、髙島屋グループとして100名ほどです。現在は従業員の約半分が女性です。海外人材としても資質として大切なのは単に語学力があるだけではなく、実際に使える「コミュニケーション力」でしょう。以前人事部長をしていましたが、面接に来られる学生さんは本当にみんなまじめで頭も良く、きちんとしていました。まるで非の打ち所がない人たちが多い印象です。しかし逆にいえば個性を感じにくいのです。

髙島屋のスローガンに「変わらないのに新しい」とあります。心のこもったサービスなど「変えてはならないもの」と、お客様に喜んでいただくために「変えるべきもの」を明確にし、進化してゆく姿を表しています。企業として変わらない理念を持ちつつも、変わらなければ生き残っていけないからです。そのためには、やはり柔軟な発想と自分の考えをしっかり持った個性的な人材が必要です。

海外で暮らすご家族へのメッセージをお願いします。

近ごろの若い方には真面目な方が多いと言いました。真面目というのは、裏を返せば面白みに欠けるということにもなります。皆様のご子息には海外での多様な文化に触れ、是非「多面性を持つ人、多様性を理解できる人」になっていただきたいと思います。そのためには人と違う経験をして良い意味で固定概念を覆すような意外性を自分の中に持つことが大切でしょう。自分のトレードマークになる何かを見つける、そんなことができれば良いのではないでしょうか。

また「自分で考え、やりきれる人」というのが企業にとって重要になっていると思います。お子さまが壁にぶつかったとしても、まずは「どうすればいいんだろう」と自分で考える。そして最後は自分で考えてやりきる行動力が、社会でも仕事でも求められていると思います。

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