グローバル教育
味の素株式会社 監査役室/シンガポール味の素株式会社 前社長 吉川 哲彦 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の担当者に聞きました。

「おいしく食べて健康づくり」を創業以来の志とし、100年以上の歴史を刻み事業展開している御社ですが、現在ではアミノ酸事業を核とする食品分野、バイオファイン分野、医薬・健康分野と幅広く商品開発をされています。日本を代表するグローバル企業へと成長される過程において、新たな価値の創造と開拓者精神はどのように実践されてきたのでしょうか。はじめに御社の紹介をお願いします。

東京帝国大学・池田菊苗博士は、人々の食事をおいしくして栄養を改善したいという強い思いをもっており、1908年に昆布の「うま味成分」がグルタミン酸であることを発見しました。その翌年、創業者の鈴木三朗助が「味の素」と名付け調味料として販売に成功し、当社の歴史が始まりました。以来、「うま味」の発見を創業の礎としている味の素グループでは、アミノ酸開発において世界をリードし、世界各地域の文化に根ざしたビジネスを展開しています。当社は、皆さまご存知の「味の素」以外に風味調味料やメニュー調味料、冷凍食品などの食品や医療用アミノ酸、化粧品、サプリメント、介護用食品、医薬品など幅広い商品を取り扱っています。従業員は日本人がおよそ3,000人、全世界で30,000人以上の非日本人が協働しています。

海外進出は早く、創業の翌年には台湾に輸出、1917年にはニューヨーク事務所を開設しました。現在では世界の国と地域で26拠点、販売拠点は130を超えます。シンガポール味の素は80年余りの歴史を持ち、周辺国の市場開拓や原材料の購入・物流拠点となっています。

御社の事業展開は日本国内よりも海外比率の方が高いとお聞きしています。海外展開を促進する上での難しさと、現場での心構えは何でしょうか。

2014年度の総売り上げは1兆66億円で、日本と海外の売上比率は4:6となっています。今、一番力を入れて取り組んでいるのが「人材のグローバル化」です。そこで難しいのは、異動と待遇の問題です。海外の法人で採用した優秀な人材を国外に動かそうとすると辞める人が出ます。また、日本特有の年功序列や採用方法は特殊であるため、良い人材を集めグローバルに動かすためには、日本人も外国人も同じ処遇にするなど改善していく必要があると感じます。

現在、各国の現地法人はごく一部のトップが日本人で、ほとんどは外国や現地のナショナルスタッフです。今後は国籍に関係なく活躍できる場所と機会が更に多くなりますので、優秀なナショナルスタッフがトップに就く機会も増えていくでしょう。

多国籍のスタッフが協働する現場で心がけるべき点は、自分の考えをはっきり示し、「No」と言える勇気を持つことだと思います。それには理由をしっかり説明し、自分の信念を貫き通す意志が求められます。

また、「常識」を持つことも大切だと感じています。よくグローバルスタンダードという言葉を耳にしますが、根底にある「常識」は世界のどこでも大きくは変わらないと思います。「常識」さえあれば、国籍に関係なくお付き合いができるものです。その「常識」を育むのはやはり家庭教育と考えるので、親御さんが日々しっかりお子さまと接し、対話していくことが大切だと思います。

現在の日本食ブームに先駆けこれほどまでに世界展開を成し遂げられた背景には、大変なご苦労があったのではないでしょうか。

2多国籍展開の根底には、当社は新しい事業や新市場開拓に常に挑戦し続けるという「開拓者精神」があり、これからの100年もお客さまに「新しい価値をご提案したい」という強い信念と情熱があります。インドネシアやタイの市場へ営業に行くと、日本人を見た現地の方から「味の素」と声をかけていただけるほど当社の製品は浸透しています。営業は都市部だけではなく、飛行機を乗り継いで山奥までも赴きます。まだ市場開拓されていないだろうと思い小さな集落へ向かうと、そこには先輩の名刺がすでに置いてあり驚くことも多々ありました。

具体的にどのような方法で各国のニーズに合わせた商品開発をするのでしょうか。

当社では、実地調査を徹底し商品を開発します。一般に欧米系の企業は、販売国により味や名前を変えることはしません。しかし当社では似ている商品でも国ごとに商品名やパッケージ・味を変え販売します。例えば、インドネシアで親しまれている「マサコ」という商品があります。「マサコ」はインドネシア語で「Let’s cook」という意味です。日本の「ほんだし」にあたり、チキン風味とビーフ風味の顆粒調味料です。このような調味料は世界で販売していますが、辛みや色を微妙に変えてその国に寄り添った味にし、商品名もその国の方に親しみを持っていただける名前にしているのです。

徹底した実地調査とは、現地の方の日常生活に入り込み行われます。私自身もかつて1年間、インドネシアの色々な家にホームステイをして泊まり歩き、その家の人がどのような食材をどのような流通過程を経て購入するのか、どのように調理し食すのかを調べたことがあります。日本人とナショナルスタッフが一緒になり、「良い商品を安価で提供し豊かな食生活を送ってもらいたい」という共通の思いを持ち、商品開発にあたります。

特に欠かせないのが、ナショナルスタッフからの意見です。日本人にはわからない現地の方の味覚や商品名を決める時の現地語の響きや感覚など多くの意見を聞き、開発を進めていきます。現地の声と味覚を尊重した商品開発、これは当社の変わらないビジネスモデルと言えるでしょう。

このような過程を経た商品が発売されてからしばらくして、再びその地を訪れたときのことは今でも忘れません。大勢の地元のお客さまが、私どもの営業車を見つけ走り寄り購入してくれたのです。人は皆、美味しいものを食べると最高の笑顔になり幸せを感じるものです。万国共通のその笑顔を見ると、命をつなぐ源である「食べる」という行為に彩りを添え、幸せをもたらすことができる食品メーカーで働くことの醍醐味を感じました。

御社が求める人材についてお聞かせください。

採用に関しては、理系・文系をほぼ半分ずつ採用しています。工場などの技術系には理系採用枠がありますが、その他の職種に関して学部は関係ありません。当社の最近の傾向として、理系出身者が事務職に就いていることがあります。事務職でも商品開発時にお客さまと研究・技術陣との橋渡しをする機会が多くあり、理系の話がわからないと仕事に支障をきたす場合があるからです。

採用時には「総合的な人間力」を持っているかどうかに注目します。特にコミュニケーションがしっかり取れることは最も大切な資質です。少し抽象的な言い方ですが、「話をしていて楽しい人」というのはとても大事だと思います。

優語学力に関しては、しっかりした英語力を身につけていることが必須条件です。半年~1年くらいの留学経験を持つ人がたくさんいますから、就活の場面でそれは特筆すべきポイントになりません。それよりも着実な英語を身につけるという意味で、TOEICの点数を上げていくこと、英検では1級か準1級などを取得されるほうが良いと思います。

海外で暮らすご家族へのメッセージをお願いします。

海外での生活経験を持ったお子さまは、大きな潜在能力があると思います。親子ともにご苦労もあると思いますが、何事も「ねばならない」と思わずに定期的に現状を振り返り、もし子どもに無理をさせているようならば方針転換を図ることも重要なポイントではないでしょうか。日本人学校やインター校、現地校など、子どもによって「合う」「合わない」があるでしょう。英語の習得だけにとらわれず、それぞれの学校できちんと勉強をすること、またしっかり日本語と日本のことを勉強することが大切だと感じます。

日本人は人に対して気遣いができ、規律正しく真面目なところが素晴らしいと思います。同時にTPOをわきまえた身のこなしや作法をしっかり身につける必要もあるでしょう。特に世界のビジネスシーンで日本人は年齢より若く見える傾向にあるので、ぜひこの点に気をつけて活躍していただきたいと思います。

シンガポールで暮らすと、アジアの良さがたくさん目に留まることでしょう。電車やバスで自分より弱い立場の人にごく自然に笑顔でさっと席を譲ったり、手を差し伸べたりする点は実に良いことだと思います。ぜひ皆さまの見つけた良い点を、日本へ持ち帰ってください。

- 編集部おすすめ記事 -
渡星前PDF
Kinderland