グローバル教育
ヤマハ・ミュージック・アジア社長 坂部 一聡 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の担当者に聞きました。

東南アジア各国にはそれぞれ独特の音楽文化があり、外国企業としてこの分野への展開は容易でないように感じます。御社はシンガポールで来年創立50周年を迎えるそうですが、現在の事業展開、シンガポール進出のきっかけなどについて教えてください。

ヤマハグループは、1887年に1台のオルガン製作からスタートしました。創業以来、音・音楽を原点とする事業活動を通じて世界の人々とともに新たな感動と豊かな文化を創り続けることを企業理念として取り組んでいます。事業領域は、楽器事業が65%、次いで音響機器が26%、更に半導体などの電子部品事業、コンテンツ事業があります。

現在、国内に24社、海外に51社を展開しており、楽器の販売ベースでは世界シェア1位、世界唯一の総合楽器メーカーとして認知されるようになりました。今では、海外の売り上げが全体の62.9%を占め、うちアジア・オセアニア地域は25.9%と海外全体の約4分の1になります。近年ではピアノなどの製品だけでなく、デジタルコンテンツなども増えていますが、核となっている経営資源は「音」です。「音」からいろいろな事業に広げる経営理念が、当社の強みとなっています。

シンガポール進出は1966年にさかのぼります。店舗と教室をほぼ同時に始めました。教室を展開すれば音楽の裾野が広がり自然に楽器の需要も高まります。生活が豊かになるにつれ、教育や芸術性に根ざす楽器、特にピアノの需要が高まっていきました。シンガポールは当時マレーシアから分離独立した後で、すべの面で上を目指し、音楽教育に対する意識も高まっていました。しかし、指導法や教員の育成がまだ十分でなかったためヤマハのノウハウが必要とされたのだと思います。現在では音楽教室が25カ所、1万4千人以上の方がレッスンに通うほどに成長しました。成人層でギターやドラム等を趣味で楽しむ方もかなり増え、シンガポールにおける音楽文化の普及に多少なりとも貢献できたのではないかと思っています。

楽器や音響製品の販売・レンタルはもちろん、電子楽譜レンタルも展開しており、ソフト事業として成長しています。当地は小学校で70校、中学校ではほぼすべての120校でブラスバンドの部活動が盛んなため、その需要にお応えしています。

その他プロジェクトビジネスも多く、例えば施設や学校のホールの音響を良くしたいという希望があれば、音響機材はもちろん、舞台の上に反響板を設置して心地良い音にするというような総合的な音づくりのお手伝いもしています。

そのようなきめ細やかな対応は御社の企業理念に基づくと思いますが、マネージメントしていくうえで、多国籍の従業員とヤマハらしさを持ち続けるために心がけていることはありますか。

ヤマハグループ全体では約2万名の社員がおり、13,500名が海外で働いています。シンガポールには約500名の従業員がおり、日本人駐在員は4名です。多種多様な人材が集まる会社ですので、価値観を共有することは大切です。ヤマハはM&Aも盛んで、ここ6~7年でも欧米から5社ほど企業を買収しました。全く異なる企業文化を持つ会社を受け入れるという事は、相手の良いところを最大に活かし、ヤマハのDNAと融合して新しいものを創り出していくという大変なことです。そこでグループ全体の価値観共有を図るために「ヤマハフィロソフィー」が定められています。その中に「コーポレートスローガン」、「企業理念」、「ウェイ」という三要素があり、グループ全体が同じベクトルを向くようにという考えのもと、浸透を進めています。特に行動規範の「ウェイ」は10カ国語に翻訳され展開しています。

多国籍・多様性の中で何かを協働して作るとなると「こんなプロセスでは上手くいかない」とか、「その角度は考えなくて良い」など、常識や価値観によって衝突が生じます。現場でのマネージメントで心掛けているのは、議論や意思決定のプロセスを常にオープンにすることです。ビジネスの世界では教科書もなく、AもBもCも時と場所が変わればすべて正解と成り得るため、最終決定にはリーダーシップが必要です。決定自体は地位や権限でできますが、人がついて来ないと意味がありません。リーダーシップは「人を導く力」ですので、人間的な魅力、正しい心、強さ、献身性、経験、スキルを背景に総合的な人間力を持っているかどうかで資質が形成されると感じます。

グローバル展開が広く、また多様な製品やサービスを扱う御社で求められる人材像について教えてください。

ヤマハは事業の幅が広くそれぞれが人の感性に触れる製品やコンテンツが多いため、商品としてきちんと価値を訴求していく仕事になります。それゆえ、スタッフには緻密な仕事と感性が求められます。例えばマーケティングのチームはお客様・代理店のみならず、アーティスト、教育者、行政機関の人と一緒に仕事をすることが多く、誠実かつ大胆、そして多様性が求められます。従って発想や考え方が枠を超え、挑戦できる人がヤマハに必要な人材だと言えるでしょう。

私は入社以来、半分が海外での勤務です。長年の経験から、人材を見る場合「スキル」と「メンタリティー」の両面を考えます。「スキル」は知識や経験値に根ざし、学習や訓練などである程度その人が求めれば高めることができます。「メンタリティー」は、なかなか難しく、常に高いモチベーションを人に持ち続けてもらうための術を必要とします。また、「スキル」の中でもグローバルに働く人には特に「コミュニケーション能力」、「物事のマネージメント力」、「自分で物事を考える力」の3つが重要です。地位や役割が上がっていけばこの3つの重要性の比率は変わりますが、「コミュニケーション能力」はどの立場・役割になっても重要です。海外に出ると宗教や歴史、環境など背景が違う人たちと仕事をします。その違いをフラットに認識して相手を尊重できるかどうかが基本だと思います。その認識をしてはじめて議論ができ、相手の良いところを取り入れ融合や創生という上のステップへ行けると思うのです。コミュニケーション能力が高い人はこれができている人ではないでしょうか。グローバリゼーションが加速していくこれからの時代、企業の中でも社会の中でも、この3つの力が生きる力として重要性を増していると感じます。

その3つの力を育むためには、どのような教育や親御さんのサポートが必要だと思われますか。

一つは学校の勉強をしっかりすることです。学校の科目には物理や倫理・社会など、自分には直接関係ないと思う科目があるでしょう。しかしビジネスをしていると、まったく必要ないと思っていたことが繋がっていると感じることが多々あり、それが解決のヒントになります。また日々ニュースで流れるような話題や問題を楽しみながら関心を持つことは大切だと思います。複雑な課題に直面した時にやがて、自分でソリューションを見つけていく力になるからです。二つ目は体づくりです。体と頭はリンクしていて、若いころしか基礎体力はつけられないと言いますから、中高生はしっかり体を作っておいた方が良いと思います。体力のある人は、やはり仕事でもバイタリティーがあり能力が違います。三つ目は好きなことで一芸を極めることです。「一芸の人は多芸」とも申しますが、一つの分野がある水準まで到達している人は、自分の中で計画・実行・確認をしながら技術を高めるような学習フォーマットが自然に出来ているのです。別の分野に取り組む際にも、このプロセスを自然に行うことで、習得が速いように思います。

入社後、頭角をあらわす人は、自分の好きな分野や興味の範囲など、さまざまな引き出しを持っている人が多いように思います。学生時代に与えられた勉強だけに留まらず遠回りをしたかもしれない人は、考え方がユニークで、人とのネットワークづくりが上手なケースが多いです。親御さんはお子さんが好きなことを見つけられれば、それを自由にとことんさせてあげ、応援するのも大切だと思います。

シンガポール在住の皆さまにメッセージをお願いします。

日本にいると異なる文化を学習することはできても、実際に経験することができません。シンガポールでは学習し、経験することで子どもたちは自然に異文化を理解し、尊重する姿勢が身につきます。これからの時代を担う今の子どもたちには必須の能力ですから、積極的に経験をさせてあげていただきたいです。

好きなことを見つけるためにも、コンサートや観劇、イベントなどにはどんどん連れて行くと良いでしょう。最初は行きたがらなくても行けば必ず何か感想を持ちます。この繰り返しこそ、子どもたちが興味や好奇心を広げていく入口だと思います。

最後に、海外で生活していると子どもが中学生くらいになっても、親子で過ごす時間を多く取ることができます。ぜひ皆さんがストーリーテラーになって、小さなきっかけでも、いろいろとストーリーを聞かせてあげていただきたいです。100話以上話しても興味を示すのは1つあるかどうかという程度かもしれませんが、子どもの好奇心を駆り立て可能性を引き出すために、親もそういう努力をすることは大事だと、私自身の子育てを振り返って思います。ぜひ貴重な親子の時間を充実させてください。

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