グローバル教育
キヤノンシンガポール社長兼CEO シンガポール日本商工会議所 会頭 小西謙作氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の担当者に聞きました。

御社は日本の代表的なカメラブランドとして世界中に知られていますが、複合機やプロジェクターなどのオフィス機器、更には医療機器や半導体製造装置など、精密機器の分野を広くカバーしていることも有名です。今日に至るまでの御社の海外進出の沿革と、現在の事業展開について教えてください。

キヤノンはもともと、日本発の高級小型カメラを作ろうと1937年に精機光学株式会社として創業しました。当時、精度の高いカメラといえばヨーロッパのライカなどが主流だった中、当初からこれらのブランドを意識して世界的に認められる質の高い小型カメラの開発と海外進出を目指していました。終戦の翌年には新製品の小型カメラが進駐兵士や来日するバイヤーに好評を博し、1955年には米国にニューヨーク支店を開設しました。62年に中南米、翌年にはヨーロッパに進出し、79年にこのシンガポールの地にアジアの統括拠点が作られました。キヤノンシンガポールは現在、東南アジアと南アジア地域の18ヵ国を管轄しています。

現在、海外での売り上げは全世界の総売り上げの80%にのぼり、日本有数の海外売上比率の高い会社です。近年ではアジアの成長率が目覚ましく、売上率でいうと世界全体の24~25%で、過去15年間、毎年1ポイントずつ伸びてきています。カメラのような商品は生活の必需品とは言えませんから、ひとり当たりのGDPがある程度伸びてからでないと、なかなか市場が広がらないという現実があります。そういう意味ではシンガポールは既に成熟した市場といえますが、インドなどはまだまだ拡大傾向にある市場です。

海外展開を早くから成功させていらっしゃいますが、その過程のでしょうか。

キヤノンの本社はあくまでも日本ですが、東京の本社には、海外における事業について決定したり審査したりすることを目的にした組織がないため、それぞれの現場がある程度自由に決定できる裁量を任されています。製品はグローバルで共通していても、営業や販売はあくまでもローカルの文脈の中で展開していかなければなりません。現会長自身が米国に25年以上駐在した経験を持つこともあり、当社には現場を尊重する文化があるように思います。

現在、全世界でキヤノングループは250社を超え、従業員は20万人近くいます。この内日本人は約7万人です。シンガポールが統括する地域では、約3,500人の従業員がおり、日本人は約50人です。これらの日本人職員は、ほとんどがシンガポールとインドに駐在していて、その他の国々における経営は現地の人に任されています。シンガポールでは私がCEOですが、2人の副社長はシンガポール人とインド人で、すべての幹部が日本人という訳ではありません。

キヤノンとして一番大切にしていることは、商品の「品質」です。各国のお客さまにはそれぞれ異なるニーズがあり、カメラを使う環境も国や地域によって大きく異なります。例えば国によっては多機能なカメラよりも、より頑丈で壊れにくいことが重視されることもあります。あるいは地域によっては簡単に修理できること、そのために部品が標準化されていることが求められます。当社のカメラは基本的に世界共通の仕様で、各国のニーズに合わせて個別の製品開発は行っていませんが、販売は各地のニーズに沿って戦略的に行うことが求められます 。

「品質」と同時にブランドの「イメージ」、そしてそれにつながる「サービスの質」も重要な柱です。アジア地域では特に、マーケティング部門のスローガンとして「Delighting You Always」を掲げ、カスタマー・サービスの質の向上を図る取り組みを行い、日本ブランドとして誇るべききめ細やかなサービスの浸透を図ってきました。

また、どこの国であれ会社を支えるのは、何と言っても「人」です。現地で採用された従業員たちも、キヤノンの精神を理解して頑張ってグローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の方からお話をうかがいました。いる人には長く勤めていただきたいと考えています。毎年勤続表彰をしており、今年シンガポールで35年の表彰を受ける人が10人いました。会社としては、短期的な上昇志向が強い人よりも、キヤノンの考えに共感してチームワークを重んじながら、共通の目標に向かって頑張りたい、という人を求めています。

小西社長ご自身も海外駐在歴が長いですが、海外での事業展開の上で心がけていらっしゃることはありますか。また、グローバルに活躍する人材をどのように採用しているのでしょうか。

国によって当然文化も言語も異なり考え方が違うので、フレキシブルに状況を見極め、自分の心で感じ取ることが大切だと考えます。その上で、自分が伝えたいことや主張をしっかり相手にも伝える必要があります。日本とは異なり、「見ればわかるだろう」「言わなくても伝わるだろう」という姿勢では全く通用しませんから、かなりクリアな形でコミュニケーションをとることを心がけています。

グローバル人材の育成については、基本的にはOJT(On the JobTraining)で、社員をトレイニーのような形で早い時期に数年間、海外に派遣します。研修などで理論を聞くよりも、実際に現場に出て自分の仕事ぶりに対する周囲の反応を感じ取りながら成長していくことが必要だからです。

キヤノンは初期のころから製造業の中でも海外赴任率が高い会社で、入社してくる人も海外志向が強い傾向がありましたが、近年は多様化しています。採用の特長としては理系の新卒採用が文系の約10倍と、圧倒的に多いことです。主要製品であるカメラ、プリンター、複写機などの技術開発には精密工学や光学の高度な知識と技術が必要で、主な研究開発は今も日本中心で行われています。日本では理系離れなどの言葉も聞きますが、まだまだ日本の精密工学のレベルは世界的にも高く、人材の層も厚いと思います。理系の人は基本的に技術開発の他、システムやソフトウェアの部署に就くこともあり、また将来的には経営にも携わるようになりますから、入社後の職種としては多岐にわたっています。

しかし、近年は文系の学部を出ていてもITやソフトウェアの仕事ができたり、また理系の学部を出ていても最初から事務系の職種を希望する人も増えています。以前のように理系だから機械、文系だから法務や事務、という単純な構図ではなくなりボーダーレス化が進んでいると言えるでしょう。

英語の力や海外経験を採用時に問うようなことは特にしていません。まずは問題解決の方法について自分の頭で考えること、そして日本語でも自分の言葉で話せることが何よりも重要です。英語以前に、社会人としての常識をしっかり持ち、伝えたい中身があるか、ということを重視しています。

日本人は一般的に口下手で、会議での発言やプレゼンテーションが得意ではないと言われていて、英語になるとなおさら苦手意識があるかもしれません。しかし、頭の中で言いたいことを整理し、場数を踏んで英語での発信に慣れていくことで必要なレベルまでは改善できると考えています。上の立場にいる者は、若い職員に意識してそのような機会を与え、トレーニングを積ませるようにしています。

シンガポールをはじめ、海外での子育てにおいては迷うほどの選択肢がありますが、ご自身の子育てや人材育成の経験から、メッセージをお願いします。

グローバル教育という流れで英語教育が盛んですが、日本人なら何よりもまず自分の言語としての日本語をきちんと身につけ、その上で特定の科目でもスポーツでも音楽でも、何らかの得意分野を持つことが大切だと考えています。それらを通してさまざまな分野の友人ができ、自分の立ち位置が確立され大きな自信にもつながるでしょう。社会に出て自分とは異なる国や文化の人と関わっていく過程でも、国籍や学歴などよりも、そういった資質や個性が活かされる場面が多々あります。

私自身は入社して4年目のオーストラリア駐在が、はじめての海外経験であり、その後の長い海外経験の幕開けでした。当時印象的だったことは、いろいろなルーツを持つ現地の職員がとても気軽に母国や親戚・友人の国へと出向いていくことでした。多くの日本人にとって、海外は遠い場所で、隔たりがあるという感覚は否めません。しかし、一度外に出てしまえば何とかなることを、読者の皆さんも既に感じていることでしょう。現地の生活や文化に触れることで、自分自身を国際化し広い視野を養うことができると実感します。外国の地から自分の国である日本を違った目線で見つめ、客観的にとらえることこそが、海外生活の大きな収穫ではないでしょうか。

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