グローバル教育
株式会社IHI 執行役員・グローバルビジネス統括本部 アジア大洋州統括 菅 泰三氏

歴史ある総合重工業メーカーであり、重工業、インフラ、エネルギー、自動車や航空産業などの分野で社会のニーズに合わせて進化してきた御社は、日本の基幹インフラを担う会社です。東南アジアに展開する上でシンガポールは重要拠点と思いますが、御社の紹介とともに、これまでの歩みを教えてください。

株式会社IHIの歴史は、浦賀沖にペリーの黒船が来航した1853年に石川島(現在の東京都中央区佃島)に設立されたわが国初の近代造船所、石川島造船所にさかのぼります。ここでは日本初の西洋式の軍艦が生まれました。その後160年以上にわたり当社は重工業の一翼として日本の工業化の歴史とともに歩み、船舶から各種陸上機械、さらに航空機、宇宙開発分野にまでものづくりの幅を広げてきました。

株式会社IHI 執行役員・グローバルビジネス統括本部 アジア大洋州統括 菅 泰三氏 株式会社IHI 執行役員・グローバルビジネス統括本部 アジア大洋州統括 菅 泰三氏

中でもエネルギー関連機器の製作ならびにサービスは重要な柱で、アジアでは売上の6割を占めており、各種の発電設備、天然ガスの液化プラントなどを手掛けています。造船から始まった会社ですので海上の製品は長く手掛けてきており、海底からくみ上げた原油を洋上で精製、貯蔵して、タンカーに直接積み出す設備なども作ります。明石海峡大橋や、トルコのボスポラス橋、ベトナムのニャッタン橋などの橋梁も数多く実績があります。自動車産業関連では、ターボチャージャーの生産が累計で5,000万台を超えるなど、燃費の効率化や排ガスのクリーン化に取り組んでいます。

海外事業の歴史としては1959年にブラジルに造船所を開設したのが先駆けで、その後米国、アジア、ヨーロッパにも進出してきました。シンガポールでは1963年に、当地の経済開発庁(EDB)との合弁で「ジュロン造船所」を開設し、多くの日本人技術者が指導にあたりました。その後71年には「ジュロン・エンジニアリング・リミティッド」を設立し、アジアで発電関係をコアとするエンジニアリングビジネスを展開してきました。

早い時期から世界展開をしてきた御社において、人材の活用面ではどのような工夫をされているのでしょうか。

当社グループの従業員数は28,000名強です(連結対象会社数は250社)。海外では、製造現場においては現地の人が圧倒的に多いのですが、事務所や支店では、日本とのやり取りが多い分日本人駐在員の比率が高くなっています。

私たちの仕事は、インフラやエネルギーなどの分野に関わることが多く、その計画や実施段階において、現地政府や他企業との折衝などが必ずあります。その際、グローバルに仕事ができる日本人とともに、優秀な現地従業員の活躍の場が、今後も増えていくのは言うを待ちません。

担当するアジア大洋州地域について言えば、日本人駐在員のポストを、今後はなるべく現地の人に移していきたいと思っています。少し先になるかもしれませんが、私のポジションもその対象になると考えています。仕事ができ、信頼できる人材が各国におり、現地の政府や企業のトップ層、マネジメント層と渡り合う上でも、各国の言葉や文化のベースがあることは大きな利点だからです。

その一方で、現地の人がトップになった場合、「東京本社とのやりとりがスムーズにできるのか」、「アジア大洋州地域を統括して各国のリーダーを率いていけるのか」という心配もあります。しかし私が見てきた限り、それは容易ではありませんが可能だと思います。その点を念頭に、実際、日本語がある程度できる優秀なシンガポール人スタッフを東京の本社に派遣し始めました。「当社はこういう会社だ」「仕事の流儀はこうだ」ということをより理解してもらうことに加え、本社の人たちのことを知ってもらうことが目的です。さらに本社の人たちにとっても、海外のスタッフがどういう考え方や行動をとるのかを知るきっかけになると思います。

東京本社の人が例えば九州支社の人と話をするのと同じように、違和感なくシンガポールにいるシンガポール人の同僚とも話ができるようにしたいものです。人となりを知っていれば話が速いですし、このような人事交流は短期間でも回数を重ねていけば効果が出てくると期待しており、国際化の一場面だと考えます。

「技術」が強みである御社は、高度な技術を持った方が多いと思います。そのような「技術」を育てていくために、社内ではどのような教育や研修をされているのでしょうか。

重工業も自動車産業やその他の製造業と同様に「ものづくり」稼業です。しかし私たちの多くの製品は大量生産ではありません。大きな船や発電所のボイラー、海洋構造物や橋梁の建設などは一つひとつ、異なる仕様の設計と製造の技術が要求されます。ですから他の製造業のように、例えば工場を作ったり、買い取ったらそのまますぐに生産できる、というわけにはいかない側面が多いと言えます。このため、基本的には自社内でさまざまなニーズに対応できるように、各専門分野の人材の高い技術力を磨いておく必要があります。

これらの技術は、昔は先輩から教わり、一緒に仕事をする中で腕を磨き、それが技術の伝承につながってきました。しかし今では国内外で従業員の数も多くなり、必要な技術を必要とする人が受け継ぐことが容易でなくなってきています。このため、2007年から社内のいくつかの工場で「匠制度」を設け、高度な技能を持った従業員を「匠」として認定し、また彼らが後進を育てる「匠道場」という研修の場も始めました。現在会社全体で50名程度の「匠」が認定されています。これは技能的なことだけではなく、「お客さまにきちんとしたものをお渡ししたい」という品質管理の基本的な考え方も伝えるものです。品質に対する考え方は、国内だけでなく各国の現地の従業員にも日々浸透をはかっています。

将来重要となるであろう戦略的技術については専門家を育てる「高度専門家認定制度」を設けています。航空宇宙関連やエネルギー・環境関連の技術などで社会のお役に立つために、企業価値の向上を担う人材の育成に会社全体として力を入れています。

グローバルに仕事をしていく上では、どのような能力が必要だと思われますか。

かつて4つのプロジェクトについて日本とアメリカのベンチャー企業4社と一緒に仕事をしました。その際に、たとえ資金を提供する当社がプロジェクトに送り込む人であっても、彼らは単純に受け入れることはせず、一緒に仕事をするチームのメンバーとして相応しいかどうかを、厳しく見ていたことが強く印象に残っています。送り込まれる出せるキャパシティの持ち主かどうか、という視点です。相手が誰であっても、論理的に折衝ができ、落とし所を探れる力量こそが、世界で渡り合える力だということを、改めて感じました。

気質や文化なのでしょうか、シンガポール人は話をする際にあまり飾らず、直截的に話す傾向があると感じます。ビジネスにおいては効率的で無駄がないですし、何より分りやすいように思います。シンガポール政府の方々と話をしても、日本の3倍くらい速く話が展開する気がします。こういう仕事の進め方、習慣は、一つの無形財産だと思いますし、文化的背景は異なりますが、日本人としても学ぶべき部分があるように思います。

海外に留学したり海外で育った日本人には語学に限らないマルチな強みがあるように思います。当社でもシンガポールで生まれ育った大変有能な日本人スタッフが活躍しています。一方で、日本の本社では専門技術等を日本で学んだ外国人スタッフを採用しています。今後は世界各地で日本人、外国人を問わず、ローカルにもグローバルにも仕事ができる優秀な人材の争奪戦がさらに激化するでしょうし、採用形態や時期なども、より多様化していくのだろうと思います。

海外で子育てしている日本人のご家庭に向けて、メッセージをお願いします。

シンガポールでは、学校や塾などの選択肢が多くて悩む、というような話を聞きます。しかし、学校や習い事の前に、まずは「家庭」の大切さを改めて確認すべきではないかと感じます。塩野七生さんの「ローマ人の物語」や、日経新聞の「私の履歴書」シリーズなどを読んでいてもそういった記述を目にしますが、古代ローマの英雄や現代の各界のリーダーの多くが、親、特に母親の愛情やしつけに対する感謝を後々まで語っています。「家庭」が安心して学べる場所であることこそが子どもが伸びる土台となっているように感じます。それほどまでに大事な役割を担う「母親」「父親」の存在と家庭の環境を今後とも大切に考えていくべきではないかと思います。

また、言うまでもなく友人関係も大切です。私自身は趣味でゴルフをしますが、3~4回に1回は、敢えて全く知らないシンガポール人の組に混ぜてもらってプレーします。ラウンドしながら、思わぬ話題で話が通じ合ったり、ヒントを与えてもらえそうな相手にも出会います。海外ではさまざまな機会をとらえて積極的に人と交わることは、視野を広げることにもつながるように思います。長くつきあえる友人との出会いがあれば、お子さまにも親御さんにも一生の宝となるに違いありません。

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