グローバル教育
三菱電機 執行役員・アジア代表 兼 三菱電機アジア社長 佐々木 信二氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の方からお話をうかがいました。

「グローバル環境先進企業」を掲げる御社は、冷蔵庫やエアコンといった身近な家電分野に始まり、産業機械、ビルシステム全般、エネルギー、インフラシステム、更には宇宙通信分野まで幅広い事業展開で知られています。成長過程のアジア圏においてビジネスチャンスは無限にあるように感じますが、まずは今日に至るまでのアジア展開に関わる沿革を教えてください。

三菱電機の海外進出は、1921年に神戸で創立後、31年に扇風機やミシンなどを中国や香港といったアジア地域に輸出をしたことに始まります。その後、50年には中国・天津にエレベーターを輸出しました。64年にはタイの現地法人と合弁会社を設立し、家電製品の製造拠点を作りました。その後、着実に海外拠点を増やし、現在、ASEAN地域では9ヵ国に16の販売会社を含めて合計42拠点を展開しています。

 現在、エアコンをはじめとした空調事業やエレベーター事業はアジア地域で高いシェアをいただいています。事業拡大に合わせて、現地に工場を新設することもあります。現地で生産した製品はお客さまに高い支持を得ており、タイで製造した扇風機の1号機を、タイのプミポン国王に献上したこともありました。

 シンガポールは、アジア地域における中核の役割を担っています。アジアで新しい拠点を立ち上げる際は、シンガポールにいるスタッフが現地に赴き、会社の仕組み作りやスタッフの採用、顧客開拓などを行います。インド、インドネシア、ベトナムなどにある販売会社も当初はシンガポールの支店として運営し、その後に独立しました。現在は、シンガポールの支店がミャンマーにあります。

三菱電機 執行役員・アジア代表 兼 三菱電機アジア社長 佐々木 信二氏

御社では国や文化が異なる社員の方が働いています。価値観の共有の仕方を教えてください。

 アジア地域で働く当社グループの社員はおよそ2万名で、そのうち日本人は約300名です。圧倒的に外国人社員が大きな割合を占めています。

 質の高いモノづくりや、丁寧なアフターサービスの考え方は、マニュアルだけで伝えられることではありませんので、一緒に仕事をしながら共有することが重要だと考えています。欧米や中東、中国と比較すると、アジアの国々は日本と非常に近いメンタリティーを持っており、日本の文化が受け入れられやすいと思います。現地社員は非常に真面目で、優秀な人材が多く、日本式の経営を学ぼうとする姿勢が強く見られます。ただし、日本のやり方をそのまま押し付けても上手くいきません。どの拠点も、その国やその会社特有の文化や社風があります。日本本社や他のアジア拠点とは異なる特有の社風ができ、定着しているということが、拠点進出の成功を示しているのかもしれません。

 「短期的な利益を求めず、長く事業を行っていく」という考えも共有しています。ある年度だけ製品がたくさん売れればいいというものではなく、一定の時間をかけて、長く市場に支持される製品を丹念に作る必要があります。また、当社はアフターサービスを非常に大切に考えています。丁寧にサポートし、いろいろなご要望に応え、改善をしていくためには、その市場に長く根付き、事業を行っていくことが大切です。そのためにも品質・安全・コンプライアンスは重要で、現地の社員の皆さんにも遵守してもらっています。三菱電機グループで掲げているコーポレートステートメント「Changes for the Better」のように、常に昨日よりも今日、去年よりも今年、と改善を重ね、少しでも質の高い製品やより良いオペレーションを行うことが重要なのです。

アジアで事業展開をする中で、現地特有の要望があると思います。どのように対応されているのでしょうか。

 製品の使われ方は、文化によって違いがあります。たとえば、シンガポールの地下鉄にあるエスカレーターは分速45メートルで動いています。日本のエスカレーターは分速30メートルですから、シンガポールでは1.5倍の速さで動いているということです。日本人がシンガポールのエスカレーターに乗ると、その速度に驚くこともあるでしょう。これはシンガポール人の時間を重視する考え方から成り立っていると思われます。

 エアコンの選ばれ方にも違いがあります。これまでシンガポールのHDB(公営住宅)では、自分で好きなエアコンを選んで取り付けるというのが主流でした。しかし近年では高級HDBができてきたことにより、建築段階からあらかじめ組み込まれるビルトイン型が多くなっています。

 また、アジア各国では年々中間所得層が増えています。消費者の所得の増加に伴い、より質の良い製品やサービスを求める傾向が高まります。

 当社グループにも、進出先の国と一緒に成長し、消費者のニーズと変化を汲み取ることが求められます。そうした努力を怠ると、お客さまに受け入れられなくなってしまいます。まずは日本からの出向者が、その国の「良き生活者」となり、その国の消費者感覚を身につけることが重要なのです。

海外で育った日本人の人材採用に関して、どのようにお考えでしょうか。また、文系・理系といった専攻による違いや、秋採用についても教えてください。

 海外で育ったお子さまは、ずっと日本で教育を受けてきたお子さまよりも、異なる文化や言語、価値観に触れており、多様な環境で仕事をするための柔軟性やコミュニケーション力などを身につけているので、就職において選択肢の幅がより広いと思います。当社でも海外経験や留学経験がある人材を採用することは、ごく普通に行われています。当社はグループ全体で海外での売り上げを伸ばすことを目指しており、グローバルオペレーションを拡大していくためにも人材の多様性は欠かせません。

 多様な価値観を理解している人は、ビジネスパーソンとして貴重な人材だと思います。仕事をしていると、価値観の違いを感じる場面が多々ありますが、その違いを受け入れられる「異文化リテラシー」を持っているかどうか、またその素地があるかどうかは大切です。そのためには、自分の国への十分な理解が欠かせません。私はこれまでにも大勢の帰国子女の社員と働いてきました。その際、日本の文化や価値観を否定するのではなく、それらをきちんと身につけた上で、異なる文化を受け入れること、根無し草にはならないよう自分の国や文化を愛する人になることの大切さを彼らに伝えてきました。

 当社グループでは各国で「グローバルマネージメント教育」を行っており、1つの国に限らずグローバルに活躍できる人材を育てています。日本の本社でも毎年15名程度の外国人を採用しており、近いうちに多くの外国人社員が経営幹部に名を連ねる日が来ると思います。海外経験のある日本人は、このようにグローバルタレントとしてボーダーレスに働く可能性が高いと思います。

 専攻別の採用数でいえば、製造業である当社グループには、理系出身の方が多く入社しています。しかし、文系・理系という区分よりも、それぞれの社員が「専門性」を持っていることが重要です。また専攻を問わず、ゆくゆくはマネジメントに関わることになりますので、専門性に加えてマネジメントの勉強も必要になります。

 日本本社では、2011年から10月入社制度を始めています。私がいた海外事業部門では、その年の入社社員の半数が4月入社、残り半数が10月入社でした。10月入社の新入社員は、初めの頃は同期社員の人数が少なく寂しいという印象を持っていたようですが、数ヵ月後には同年度の4月に入社した社員たちと強い仲間意識を持つようになりました。人種の幅広さはもちろんのこと、10月入社や経験者採用など、さまざまな方法で、出来るだけ多様な経歴、タレントを持った人材を採用していきたいと考えています。

海外での子育てや教育についてのお考えをお聞かせください。

 日本の従来の教育では、実践的な教育が若干不足しているように思います。たとえばアメリカでは、自分の意見を伝えて、どうして隣の人と意見が異なるのかということを議論する教育がなされていました。社会に出ると日常的にそのようなことが起こります。学問の基礎はしっかりやりながら、答えがいくつもあるような課題やプロジェクトでどう意見をまとめていくかという、応用や実践の時間を多く持つことが必要だと思います。

 英語学習については、より実用的な学習が組み込まれることが望ましいでしょう。さらに英語のみならず、他の言語の習得も視野に入れるべきだと考えます。1つの言語ができると他の言語も習得しやすいと思います。英語、中国語、スペイン語の3つの言語を押さえておけば、世界の80%の市場で仕事が出来るようになります。

 企業が今後、激しい市場環境の変化に耐えながら持続性の高い経営を行うためには、ただ学校の勉強ができる人材ではなく、実践の場で多様な価値観を受け入れられる人材が必要です。異文化リテラシーが高い人になるためにも、まずは基盤となる日本の文化や考え方を身につける必要があります。その最も重要な場となる家庭教育を大切にしながら、さらに海外生活の利点を活かして、お子さまには語学習得や異文化に触れる環境を提供していくと良いと思います。

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