グローバル教育
幼児教室「こぐま会」代表 久野 泰可 氏

幼児教育は「土台作り」

はじめに

皆さまは「幼児教育」と聞くと、どのようなイメージを持たれるでしょうか。「早期教育」「英才教育」「お受験」などと関連付け、「うちとは関係ない」と、否定的に捉える方もいらっしゃるかもしれません。45年間にわたり世界中の研究をもとに幼児教育を実践してきた私が、自信を持ってすべての幼児の保護者の皆さまにお伝えしたいことがあります。それは、幼児教育とは「小学校からの学習を支える『考える力』の土台を作ることであり、子どもの日常や遊びの中にこそ学びのチャンスがある」ということです。

久野 泰可氏

「幼児教育の在り方」を追求して

私が大学を卒業した当時、子どもの「学力差」が社会問題になっており、その前年には、SONY創業者の一人である井深大さんが出版した『幼稚園では遅すぎる』という本が一大ブームになっていました。幼児教育への関心が高まり始めていたのです。

日本の学校教育は高均質であったにもかかわらず、なぜそれだけの学力差が生まれてしまったのでしょうか。従来日本では、「知育は小学校から」と考えられていました。しかし実際には、生まれてから6年もの間、異なる家庭環境にいて違った経験をしてきた子どもたちが、入学時に同じスタートラインにいるはずがありません。遊びを中心に過ごし学びの習慣がない子どもも、すでに学ぶ習慣が身についている子どもも、1年生になって突然教科書を渡され机に向かうことになるのです。集中できずに勉強が嫌いになる子もいれば、学習自体が面白いと感じる子もいる。入学前の発達の差がそのまま拡大し学力差が広がってしまうことは実に自然なことなのです。

それでは、小学校入学の時点で学習に必要十分な土台を備えているにはどうしたら良いのでしょうか。大学卒業後に幼児教室の現場に身を置いていた私は、その答えを探る過程で、当時日本では「幼児教育」という分野の研究がほとんどされていないことを知りました。「幼児の間は遊んでいれば良い」という考えが根強くあったことが一因でしょう。小学校で勉強嫌いにならないための正しい「幼児教育」とはどうあるべきか。それを「理論に基づき説得力のある形で世に打ち出したい」という熱い想いを抱きました。

当初は大学院へ行き研究者になることを考えましたが、机上の理論よりも、現場での実践を基に具体的な教育法を提案する方がより説得力を持って周囲に提唱できると思いました。それからというもの、現場に立ちながら世界中の研究論文や実践記録などを読みあさり、次第にモンテッソーリやブルーナ、ピアジェなどの認知心理学者や教育学者らの研究に共感し引き込まれていったのです。私自身も更に実践的な試行錯誤を重ねながら、あるべき「幼児教育の姿」を徐々に形作っていきました。

何を、どう身につけるべきか

現在も、「幼児教育」とは小学1年生や2年生でする教科学習を易しく前倒しして進めてあげること、つまり「読み・書き・計算を教えること」だと、間違った認識をしている人は少なくありません。大人から見ると、読んだり書いたりできることは評価しやすい成果なので、ついやらせたくなるものです。しかし、幼児期に必要なのは「学習の土台」となる「認識能力(考える力)」を身につけることです。そのためには「読み・書き・計算」の前にまず、「聞く力」「話す力」を育まなくてはなりません。「聞く力」があれば、言葉の意味を正しく理解できるだけでなく、頭の中でイメージを膨らませ、深い思考ができるようになります。「話す力」は、自分の考えや気持ちをしっかり整理し表現する上で必要ですから、全ての基本につながります。

ピアジェの実験では、「認識能力(考える力)」は教え込まれて身につくのではなく、物ごとに働きかけ試行錯誤をしてこそ身につくと結論づけています。私は、幼児期の教育の素材は生活や遊びの体験の中にあると提唱しています。ここで、幼児期の学びを支える「3つの教育理念」をお伝えしましょう。

久野 泰可(やすよし)氏

幼児期の学びを支える「3つの教育理念」とは

1 教科前の「基礎教育」の実践
小学校の教科学習を前倒しで進める学習ではなく、「考える力」を育てよう!
2 「事物教育」の実践
具体的な物に触れ、子どもが自ら働きかけながら考えていく工夫をしよう!
3 「対話教育」の実践
言語を通して思考を育てる教育を。親子で「対話する」体験を重ね、自分の考えを言葉で表現できるように導こう!

幼児期の学びは日常生活の中でも十分に行えるものです。教科の前段階としての「基礎力」を身につけることで、その後の広い学習において、その子が持つ力を存分に発揮できるようになります。幼児教育は「基礎力づくり」と考え、これらの実践を日々の中で心がけることをおすすめします。

「小学校受験」の意義とは

よく誤解されることがありますが、私は小学校受験を特別に推奨しているわけではありません。むしろ合格を至上命題として受験に取り組むべきではないと考えています。しかし幼児期の間に、小学校からの学習の土台となる基礎的な「認識能力(考える力)」をきちんと身につけることで、お子さまが持つ力をその後の学習で大いに発揮してほしいと願っているのです。「受験」をあくまでその通過点として一つの指標や動機付けにするのであれば、それは良いことだと思います。

小学校受験を考えている方には、「受験」を特別なことと考えずに「幼児期の子育ての総決算」として捉えることをおすすめします。受験対策が決して「難しいことを早期に覚えさせること」や「早くたくさん過去問題を解くこと」であってはなりません。あくまでも、小学校に入ってから幅広く「学べる子」にするための土台作りなのです。

受験が終わってから保護者の方々とお話をすると、「受験がなかったら、自分の子どもについてこんなに夫婦で話し合うことはなかった」という感想もよく聞きます。結果がどうであれ、保護者の方がお子さまと多くの体験を重ね、親子で向き合った濃密な時間を過ごすことで、そこに必ず子どもの成長があり、親としても大きな成長があるのです。

これからの「幼児教育」

日本は2020年の大学の入試改革を中心に、教育が大きな変革を遂げる過渡期にあります。注目すべきは、知識の量だけを測り偏差値や点数などで数値化できる「認知能力」だけではなく、数値化されない「非認知能力」を養う必要性が問われていることです。「非認知能力」とは、主体的に「自分で考える力」や課題を「頑張り抜く力」、集団の中で積極的に関わっていけるような「コミュニケーション力」のことです。これらの力を育むために、「アクティブラーニング」という双方向で主体的な授業スタイルが多くの学校で取り入れられていることは、皆さまもご存知でしょう。

実際すでに小学受験においても、機械的なトレーニングでできるような問題ではなく、子ども自身に「考えさせる」問題や集団の中で「どう行動するか」を見る行動観察が増えています。少子化で兄弟の数が減り、外遊びの機会も限られている昨今、グループで遊んだり一緒に課題を解決する経験的な学びの機会が少ないお子さまが多く見られます。まずは親子の対話や読み聞かせなどの触れ合いの中で、話を聞いて理解する、自分が感じていることをきちんと言葉で伝えるという、極めて当たり前のことをしっかりできるように導くことが大切です。日常生活でよくあるこれらの機会を将来の知的な学習にどう繋げていけるかは各ご家庭に拠るところも多く、毎日の親子の時間がまさに教科前の「基礎教育」となるのです。

保護者の皆さまへ

子どもは元来、好奇心が旺盛で楽しみながら新しいことを学ぶものです。しかしお子さまによっては、成長の過程でその興味関心が失せ、つまらないと感じてしまうことがあります。その原因の多くは、大人の「評価」に起因すると考えられます。「これができないとダメ」といった厳しい評価や、結果をマルとバツだけで測ってしまうと、学ぶこと自体に楽しみを見出せなくなってしまいます。間違いを見つけたら、ぜひ一息おいて一緒に考えてみましょう。

子どもは日々成長しています。まずは頑張った事実を認めてあげて、一緒に喜んでいただきたいと思います。日常生活や自然の中で新しいことに驚き楽しむ体験こそが、「学びの土台」へとつながっていくのですから。

 

※2017年11月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。

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