グローバル教育
経済協力開発機構(OECD)教育スキル局 就学前・学校教育課長 小原  ベルファリ ゆり氏

自分の目標のために学びを楽しむ教育を

はじめに

世界中の全ての子どもたちに、「学ぶことは楽しい」と知ってほしい、学びを通して「自己実現」をしてほしい。当たり前にも聞こえるようなこの願いこそが、教育分野の国際協力に長年携わってきた私の原動力です。

教育水準の向上は国の経済力などと相関しており、さまざまなマクロレベルのプラス効果があることがわかっています。しかし、単なる学力の向上や「教育の経済効果」という大きな成果ではなく、私は敢えて学ぶことの「楽しさ」や「満足感」というプロセスに、もう一度視点を戻してほしいと思うのです。子どもが生まれながらに持っている「学びへの希求」を大切にしつつ、人間性の創出や自己実現を教育の目標と考えたいと思います。

小原 ベルファリゆり氏

教育の国際比較とは

私が在籍する経済協力開発機構(OECD)は世界最大のシンクタンクとして、教育をはじめさまざまな分野で国際的な調査研究、比較分析、そして政策調整や意見交換などを行っている国際機関です。中でも私が担当する「生徒の学習到達度調査(PISA)」は、3年ごとに世界中の15歳の生徒を対象に国際比較調査を行っています。「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」の3科目の学習到達度を調査し、国別順位を発表します。2015年の調査にはこれまでで最多の世界72ヵ国、54万人もの生徒が参加しました。「国際学力調査」とも呼ばれ、日本の好成績はメディアでも頻繁に取り上げられているのでご存知の方も多いかもしれません。

しかしPISAの本来の目的は、科目ごとの学力レベルを国別に競い合うことではありません。それぞれのスコアの背景にある教育方法、学校制度、生徒たちの学習へのモチベーションや幸福度、先生や保護者の関わり方、いじめや経済格差の状況など、幅広い調査と詳細な分析を行い、成功した事例を分析することです。その一方で低いスコアに相関する要素も調べ、各国の教育政策の改善や、子どもを取り巻く環境の改善につながる提言も行っています。実際にPISAの結果をもとに各国の教育省と協議・連携し、多くの国で教育制度改革を支援しています。

日本の教育の国際評価

PISAの国別ランキングで常に10位以内に入っている日本の教育の成功は、世界的にも評価されています。成功の背景には、全国的におしなべて公教育の水準が高く格差が少ないことや、質の高い教師たちが定期的な人事異動で多くの学校を経験し、蓄積されたノウハウが広く共有されていくことなどが挙げられます。また、日本の先生は授業だけでなく、休み時間や給食の時間、部活動などの時間も生徒と過ごすなど、生徒の成長を全人的に把握している点も評価されています。教授法についても、「詰め込み」などと言われた時期もありましたが、日本の学校では自然観察や道具を使って学ぶ授業も多く、生徒が理解を深める工夫が随所に見られる点は素晴らしいと思います。

その一方で、教師の負担が大きく、自己研鑽をする余裕がないという課題もあります。教師が大学院で学んだり、研究を深めたりすることが一般的な北欧の国々や、教師の学位取得や研修の機会が充実しているシンガポールなどから学ぶべきでしょう。

日本の生徒は学力のスコアが高い点では評価されていますが、他国と比べて「生活への満足度」が低く、また「楽しいから学ぶ」「将来関連した職業につきたいから学ぶ」といった学習動機も低い点が顕著でした。変化が急速に起こるこの時代、私たちは「自ら学び続ける人」を育てなければなりません。学ぶことの意義を生徒自らが見出していなければ、潜在的な力を持っていても十分に伸びない可能性があります。そのためには学習単元と同時に、「これを学ぶと自分の将来にどう役立つか」「世界のためにどう役立てられるか」ということを実感できる学びが必要なのです。学校の成績や受験をくぐり抜けるためだけの勉強ではなく、ぜひ自分が達成したい「目的」と「喜び」のために学び続ける人になってほしいと思います。

経済協力開発機構(OECD)教育スキル局 就学前・学校教育課長  小原  ベルファリ ゆり氏 2017年9月セントーサ島で開かれた国際会議にて

家庭で心がけたいこと

学力の国際調査は学校教育の効果の指標と思われがちですが、PISA 2015では子どもの幸福度の調査を通して、家庭や地域社会が果たす役割が大きいことも指摘しています。実際に、「親が日常的に子どもに声をかけると子どもの満足感が高く、いじめの被害に遭う可能性も低い」という分析結果が出ています。「今日は学校どうだった?」と声をかけることや、食事を一緒にとることが子どもにとって大きな意味を持つことがデータからはっきり見えてきたのです。

「親の関わりが大切」という結論が出た一方で、近年子どもの数が減ってきたアジアでは、関わりすぎる「過干渉」や「過保護」などの課題も顕著に見られます。親の関わりも一定のレベルを超えると子どものストレスになります。また、時間の管理や失敗の経験も、自立に向けた大切な学びの一つです。最近は親が失敗による影響を過大評価してしまい、寛容性が失われているように感じます。失敗を経験させることが子どもの成長につながることを意識して「自分でやらせてみる勇気」も必要でしょう。

そのため、OECDでは幼児期の「遊び」の大切さを強調しています。「遊び」の中で失敗し、立ち直り、もう一度チャレンジしようと勇気を出すような経験を、ぜひ幼いうちにたくさんさせてあげてください。「読み書き」のようにすぐ目に見える学習効果はないかもしれませんが、「遊び」には、感情のマネジメントやコミュニケーション力、リーダーシップなど、人として大切な力を育むチャンスであふれているのですから。

教育への感謝

私自身は日本で育ち、小学校時代からずっと「学校は楽しい場所」「学ぶことは面白い」と思いながら育ちました。しかし高校生の頃、「世界識字年(1990年)」にタイで開催された「万人のための教育世界会議(World Conference on Education for All)」 のニュースを見て、当たり前だと思っていた「楽しい学校での学び」が、多くの子どもにとってはまったく手の届かない経験であることを知り、衝撃を受けました。自分がいかに恵まれていたかを知り、理想的な教育を受けてきた自分がこの状況を改善するためにできることは何かを考えるようになったのです。

丁度その頃、のびのびと学んでいた私にとって大変良い刺激を与えてくださる先生との出会いがありました。民間企業から教師に転身した女性の先生でしたが、地理の授業を通して世界の女性や子どもの置かれた状況を教えてくださり、「自己を実現するには自分の頭で考えて行動しなさい」と、教科書にはない「生き方」について教えてくださいました。

国際関係を学ぶことを決めて進学した大学では、さまざまな機会を捉えて国際交流やボランティア活動で海外に出るようになりました。今思い返すと、インターネットも無い時代にそのような機会を探すプロセス自体が、とても貴重な学びだったと感じます。高校時代に身についた「目標を定めて自ら考えて行動する」実践の始まりでした。

海外で暮らすご家族へのメッセージ

現在、仕事の関係でフランスに在住しており、私自身も2児の母として子育てに悩みながら過ごしています。自分には海外で育った経験はありませんから、日々「子どもの目に、この経験はどう映っているのだろう」と考えています。

海外で暮らす場合、学校の選択はとても重要な岐路となります。大切なのは当事者である子どもと「話し合う」ことではないでしょうか。私自身、受験や留学などのさまざまな場面で親と意見を出し合ったことはとても重要だったと感じています。親としての意見を押し付けるのではなく、落とし所を探して話し合う。どんな選択であれ、こういった対話のプロセスを経て最終的に子ども自身が納得して決めることこそが、親子ともに次のステップで頑張るための土台となるに違いありません。

今年実施するPISA 2018では、新たに「グローバルコンピテンス」の分野が追加されます。「獲得した知識を活用する力」や、「多様な社会でオープンかつ柔軟に関係性を構築する力」などを計測します。教育の目標は自己実現とともに、究極的には「世界中の誰とでも協力でき、平和な世界を築く人」を育てることだと思います。ぜひ親御さんご自身も「オープンかつ柔軟」に、多様な異文化社会での経験をお子さんと一緒に楽しんでいただきたいと思います。

 

※2018年3月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。

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