海外子育て・体験記・生活情報
前駐シンガポール共和国日本国特命全権大使 夫人 鈴木隆子さん 「その時の決断を信じて」

長年海外でお子さんを育ててこられた方にご登場いただき、これまでのご苦労や貴重な体験談をうかがいます。
皆さんも「海外で子どもを育てるヒント」を見つけてみませんか。

息子たちが成人してから何年も経っている私にとりまして子育ては もう随分前の話になりますが、現在子育てをしていらっしゃる保護者 の皆さまの、少しでもご参考になれば嬉しく思います。

Q : これまでの海外駐在を振り返られていかがですか。

 家族で最初に赴任したのはマレーシアです。当時息子たちは7歳・4歳・1歳で、長男は日本人学校、次男はローカルの幼稚園に通っていました。まだ子供が小さかったので特に教育上の悩みはありませんでしたが、当時は日本人会婦人部の役員などを務めており多忙だったため、子育てとの両立は大変でした。しかし、子どもたちにとって初めての海外生活でしたので、なるべく楽しく過ごせるように心がけていました。

 1998年から4年間、スイスのジュネーブに駐在しました。当時長男は高校1年生、次男は中学校1年生、三男は小学校4年生でした。中学生までは一緒に連れて行こうと決めていたので、次男・三男については迷いませんでした。しかし長男については、一緒に連れて行くかどうかについて外務省内の「子女教育相談室」に相談したり、本人とも時間をかけて何度も話し合いました。

Q : お母さまとしてお子さまをどのように支えましたか。

 ジュネーブは国連の欧州本部があるため、たくさんの国際機関があります。国際公務員や外交官の子弟が通うインター校は歴史が古く、学校には100カ国以上の子どもたちが一緒に学んでおり、英語はできて当たり前でした。日本人も学校全体で5 ~ 6世帯しかいなく、英語 一色の生活でした。

 外国語を学び始めた子どもに対しては、「一年は目をつぶり辛抱強く待つべき」と聞いたことがあります。なるほどはじめから良い成績を期待するのは無理だと考え、それについては何も言いませんでした。「あなたならできる」と、息子たちを信頼し見守り続けました。

Q : ご長男はわずか2年9カ月でIBディプロマを取得されたそ うですね。

 スイスへの駐在が決まった時高校1年生だった長男は、一緒に行くか日本に残り寮生活を送るか、という選択で大変迷いました。ジュネーブには当時日本人学校はなく、インター校はIB(国際バカロレア)教育が主流でした。それまで特別な英語の教育を受けたことはなく、日本の英語教育のみでしたので、いきなりインター校に入り、しかもIBのディプロマを目指すなどリスクが高すぎると言われていました。試験まで残された時間はわずか2年9カ月でしたから、その短い間でディプロマを取得できるまでの力を付けることは、大きなかけでした。

 ところが長男は、「英語を勉強したいから一緒に行く」とあっさり言ったのです。大変驚きましたが、本人の希望であれば結果はどうなっても連れて行こうということになりました。

 1998年当時、IBは日本ではあまり知られていませんでした。学校で父兄を集めてIBの説明会があり、そこでやっと理解できたほどです。求められるものがあまりにも高く、科目で成績がとれてもエッセイ、ボランティアなども必修と知り、その大変さを実感しました。

 短い期間ながらもできる限りの準備をしようと、友だちのお母さま(イギリス人)に英語の個人授業をお願いしましたが、それ以外は「学校の勉強をしっかりやる」ことに専念するしかありませんでした。16歳でしたから、本来であれば新しい環境に入ることはとても難しかっ たと思います。しかし、息子は自分で行きたいと希望したせいか、弱音を吐くことはありませんでした。幸い長男は無事IBディプロマを取得し、日本の大学に合格することができました。

Q : 外交官のご一家として英語の必要性を強く感じていらした のではないかと思いますが、あえて日本語の学習を重視され たそうですね。

 日本にいた時は特別な英語教育など全くせず、自然体でいました。英語学習も含めて、将来のことはあまり考えず、むしろ日本語をきちんと学ばせなくてはと思い、子どもが小さい頃は本の読み聞かせをし、大きくなってからは子どもが望む限りの本を与えていました。

 我が家には「今目の前にあることを一生懸命やるべきだ」という考え方がありました。夫も帰国子女なので、英語の大切さはじゅうぶん分かっていたと思います。しかし、一つの言葉でしっかりと論理的思考ができることはとても大切で、外国語を学ぶときにも習得の速さがまったく違うだろうと信じていました。母語の学習をおろそかにしていると、主軸がないため深く思考することができなくなると思ったのです。

 実際に息子たちがTOEFLを受けた際、長く海外に暮らしていた方より高得点を収めました。それはきっと日本語という母語をしっかり確立したことがプラスになったのではないかと思っています。

Q : 海外生活で心がけたことは、どんなことですか。

 主人の仕事柄、自宅にお客さまをお招きする機会が多かったので、親しい友人の時などは子どもたちも交えて交際していました。親が外国の人と交流する姿を見ると、子どもは自然と外国人へのバリアをなくすような気がします。

 海外で長期間暮らす子どもたちは、いったい自分は何人なのか、と「根なし草」のような気持ちになり、自分のアイデンティティーに自信が持てなくなることもあると聞きます。そうなると、いろいろな面に影響がでるものです。子どもたちが家族はみな「味方」であり、日本には自分の「家」があると思えれば、外で少々辛いことがあっても乗り越えられるものだと信じ、あたたかい家庭にするよう心がけていました。

 子どもが小さい頃は日々の生活で注意をしたり、ある程度の方向性を示してあげることも大切でしょう。しかし大きくなるにつれ、まず本人がどうしたいかという意思を尊重し、その方向でバックアップすることが必要だと感じました。親が先頭に立って子どもを引率する時期もあれば、子どもに先に行かせて親は後ろから見守ることが大切な時期もあるように思います。

Q : 海外で暮らすご家族へのメッセージ

 「国際人」「グローバル人材」という言葉をよく聞きますが、大切なことは人としての中身でしょう。語学はコミュニケーションの手段でしかないですから、きちんとした知識を持ち、自分の意見を語れる素養を育むことだと思います。

 最後に私がこれまでの海外経験で痛感したことは、「親自身が外国の生活を楽しめば、子どもも『楽しい』と思える」ということです。ふと立ち止まることの多い海外生活ですが、時には「何とかなる」という気持ちを持って、そこでの生活を楽しむことが一番大切なことだ と思います。

?

鈴木さんから一言

?海外で生活をする場合、実に多くの選択肢に出会うものです。親はその度に我が子にとって最良のことは何かを考え決断しますが、後から振り返ると後悔してしまうこともあるかもしれません。しかし、その時は子どもたちにとって何が最良の道かを熟慮して判断したはずです。あまり悩まず、その決断に自信を持って進んでいただきたいと思います。どんな選択をしても主軸がしっかりしていれば、良い結果につながるに違いありません。

- 編集部おすすめ記事 -
渡星前PDF
Kinderland