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海外子育て体験記

高橋 万弥 さん「働きながら子どもの個性を尊重」

2012.11.23

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 長年海外でお子さんを育ててこられた方にご登場いただき、これまでのご苦労や貴重な体験談をうかがいます。
皆さんも「海外で子どもを育てるヒント」を見つけてみませんか。

Q : シンガポールで仕事をしながらお子さんを育てるのは、ご苦労も多いのではないでしょうか。

 私は、子どもの頃から外国に行ってみたいという思いが強く、海外で自分がどこまで通用するか挑戦したいと思っていました。

 シンガポールを選んだ理由は、治安が良いうえにメイドさんを雇う家庭が多く、女性でも子育てしながら働ける環境が整っていたからです。来星当時、長男はまだ4歳で、チャイルドケアに預けながらメイドさんを雇い、私は当地で起業し仕事を始めました。

 普段一緒に過ごせる時間が少ない分、お休みの日は他のことは何もせず子どもと一緒に過ごすように心がけています。仕事でうまくいかないことがあると、子どもに対してどうしても感情的になってしまうことがあり自分を責めることもしばしばです。それでも、異国の地で頑張ることができるのは、子どもの存在が原動力となっているからです。子どもと切り離して自分の生活を考えたことは一度もありません。

Q : 海外で特に悩むのは学校選びだと思いますが、どのようにお子さんに合う学校を選ばれたのでしょうか。

 バイリンガルに育てたいという思いがあったので、長男はインター校に通わせました。お友だちはたくさんできたのですが勉強が得意ではなく、より本人に合う環境を求めて少人数で家庭的な他のインター校へ移しました。

 中学3年の夏に、学校の先生から「感性が豊かなのだから無理に勉強させずにもっと情操を養う方がいいのでは」と薦められました。日本語もきちんと学ばせ、日本の四季や自然の移り変わりを体験させたいと考え、長男だけ帰国して山形にある姉の家から地元の中学に編入しました。幸いその環境が気に入り、本人の希望でそのまま日本の高校に入学しましたが、タバコを吸ったり、問題行動を起こしたりと、学校から呼び出されることが出てきました。私が長男のそばにいるべきではないかと大変悩みました。長男から返事は無くても「いつでもお母さんは見ているよ」と書いた手紙を送り続けたりもしました。最終的にはシンガポールに無理矢理連れ戻すことにしました。本人は反発しましたが、どこかで私の思いを感じていてくれたのかもしれません。その後も長男は日本に帰りたいという思いが強く、自分の力で日本の大学に進学しようと努力しました。その甲斐あって帰国子女枠入試で東京芸術大学へ合格し、現在は2年生に在籍しています。

 次男は集団行動に向くタイプで、本人の希望もあり小学校から日本人学校に通わせました。学校生活が大好きで、将来の選択肢を広げるために中学からインター校に移った今も塾に通い日本の教育も受け続けています。

 長男、次男、それぞれに異なる「個」を大切に、その子に合った環境を探してあげたいと思っています。

Q : お子さんを育てる上で悩むことも多いと聞きました。もっとも心がけていらっしゃることは何ですか。

 私は離婚をしているため、それをめぐり確執があった時期もありました。長男はまだ複雑な思いを抱えて今でも自己の確立に悩んでいるのではないか、と思うことがあります。

 常に心がけていることは、子どもの自尊心や自信を育てながら、その子に一番向いているものを探してあげることです。どうやったら社会の役に立つかを考えながら、子ども自身のアイデンティティーの確立を手助けすることが大切だと思っています。お子さんの教育で悩んだときは、「今の環境が合わなければ別の環境を試してみる」「1、2年遅れてもいい」など、柔軟に考えることも必要だと思います。

 親の役割は、子どもの人生を「盆栽」のように思いのままに変えることではなく、子どもの「添え木」となって支え、導いてあげることだと考えています。

高橋さんから一言

 「子育てに自信がない」というお母さんの話をよく聞きますが、それはきっとどのお母さんも一緒です。「親の背中を見て子は育つ」と信じて、何があってもいつも一生懸命に働いている姿を見せようと心がけています。お母さん自身が素敵で輝いている生き方をしていれば、お子さんもきっとすくすくと成長するはずです。子どもと過ごす時間は大変貴重な時間です。ぜひお子さんとのひとときを楽しんで頂きたいと思います。

※本文は2012年11月23日現在の情報です。

高橋 万弥 さん

【家族構成】 夫、長男(20)、次男(12)

【海外滞在歴】 17年(シンガポール)日本で美術家として活動しながら、デザイン・プロデュースの仕事をしていたが、子どもの頃からの「海外に出て働きたい」という願いを叶えるため、シンガポールで絵画教室を開業。離婚、再婚を経て、仕事をしながら母として子育てを続ける。

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