海外生・帰国生へのヒント
Vol.5 シルク・ドゥ・ソレイユ 宮 海彦氏 ~世界中の人々を魅了する一流パフォーマー~

外へ飛び出すことで得た自分の道

「体操をとったら何も残らない」と言っても過言でないほど、私のすべてが体操と共にあります。体操を始めたのは5歳の時でした。習い事の一つとして通っていただけでしたが、クラブからのすすめもあり6年生のときに競技として本格的に取り組み始めました。中学、高校時代には全国大会や、インターハイにも出場し、良い成績を収めました。しかし大学に進むと体操以外への興味も広がり、これまでの体操一色の生活に疑問を抱くようになりました。「もし誰かがUFOキャッチャーのように私をつまんで言葉も文化も違う場所に落としたら、そこで生きていけるのだろうか」と、自問自答の日々を過ごしました。「ならば確かめよう」と思い立ち、青年海外協力隊で発展途上国に行く決意をしたのです。運よく試験に合格し、パナマ共和国に派遣されることになりました。

現地での任務は体操教育の普及、試合の運営補助、未開地域の学校訪問などでした。子どもたちに教えていたとき、自分のパフォーマンスを見て目を輝かせ、喜んでくれた姿が今でも忘れられません。滞在した2年間は、その後の私の人生観を大きく変える貴重な経験の連続でした。

帰国後は、国際協力に関心を持ち国際機関で働くことを模索していました。まずは十分な英語力を身につけようと渡米し、体操を教えながら英語を習得するべく、2年間サンフランシスコの体操クラブで働きました。仕事は楽しかったのですが、情熱を持って教えても辞めてしまう生徒を前にコーチとしての限界を感じていました。次第に、もう一度自分自身が「演技者」としてチャレンジしたいという気持ちが強くなっていきました。そのときふと、友人の公演で観たシルク・ドゥ・ソレイユの感動を思い出しました。そこなら自分の思いを実現することができるのではないか、と心に浮かんだのです。これが私の新たなチャレンジの始まりでした。幸いにも私の演技・体格がシルク・ドゥ・ソレイユが求めるそれらに合致したため、すぐに契約となりました。

新たな世界での挑戦

シルク・ドゥ・ソレイユでは世界23カ国から集まった個性豊かな一流のパフォーマーたちと共に、人間としての限界に挑みながら、いかにお客さんに喜んでいただけるかという新たな挑戦に励む毎日です。

現在はキャストとしてパフォーマンスをしながら、オープニングアクトのキャプテン兼コーチとしてチームをまとめる立場にいます。キャプテンはチームメイトの体調管理や、練習内容、メンバーのローテーション管理などを担います。世界中から集まった仲間をまとめるため、しっかりコミュニケーションをとりながら率先してチームの良きモデルとなり、有言実行の態度を大切にしています。多国籍の仲間に囲まれながら感じることは、日本人は相手の気持ちや場の雰囲気を察しながら周囲とのバランスをとることが得意だと いうことです。また、 小さいころから整理整頓の習慣があるためでしょうか、物事を順序立て実行する力に長け、大抵の物事に対処できる判断力が備わっているようにも感じます。

今では4カ国語を使えるようになりましたが、積極的に会話をし、難しい発音は独り言のように繰り返すことで習得してきました。語学の維持と日々の出来事を忘れないために日記を書いていることも大いに役立っています。日本を出て以来11年、当初は日本語だけでしたが、次第にスペイン語、英語、フランス語を加え日ごとに言語を変えて4カ国語で書いています。過去の日記を読み返してみると、文法の間違いや誤字脱字があり笑ってしまいますが、とても良い思い出と語学のトレーニングになっています。

学びと出会いが原動力

振り返ると、大学卒業後に日本に留まっていたら今の人生はなかったと思います。世界に出てさまざまな経験を積み、自分と向き合ったからこそ、生きる力が身につき、自分独自の人生を切り拓けたと感じます。学びたい、人として立派になりたいと思うことは、 前進する大きな原動力になります。

「学びは一生終わらない」というのが私の実感です。親御さんには、何かを直接教えるより、子ども自身が「学ぼう」と思えるような環境作りや、学びへの支援をしていただきたいと思います。私自身、今までに出会った素晴らしい人たちに沢山のことを教えていただきました。今度はぜひその恩返しをしたいと思っています。出会いの輪を更に広げ、私と出会った人が「この人に出会えて良かった」と思っていただけるような人間になること、それが今後の私の目標です。

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