グローバル教育
Spring 独占取材 <特別企画>世界の15歳

なぜ学ぶ?
友だち・親子の関係は?
理想の学習環境とは?

~PISA国際調査 実施期間OECDの担当者に聞く~
Programme for International Student Assessment

経済協力開発機構(OECD)就学前・学校教育課長
小原ベルファリゆり氏 に聞く

今年9月、シンガポールで開かれた「第三回アジア太平洋地域 教育評価会議」※ で基調講演を行った経済協力開発機構(OECD)就学前・学校教育課長の小原ベルファリゆり氏にSpringが独占取材しました。生徒の国別学力だけでなく、生徒たちの幸福感、いじめ問題、親子や先生との相関関係など、保護者にとって興味深い調査結果についてご紹介します。

※シンガポール校長アカデミー(Academy of Principals)、シンガポール教育省、国立教育研究所(National Institute of Education)の主催。シンガポール国内外から教育評価に関する専門家が500名以上出席。

PISAとは?

Programme for International Student Assessmentの略で、OECD主導で世界中の15歳の生徒を対象に行われる学力到達度調査。3年ごとに実施され、「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」の3分野の学力調査と、生徒・学校への質問調査。実施年ごとに中心分野を設定し重点的に調査を行い、2015年は特に「科学的リテラシー」に重きをおいて調査・分析を行った。

※「リテラシー」とは、単に知識があるだけでなく日々の生活の中で知識や考え方を適切に応用できる能力のこと。

72カ国・地域54万人対象
3分野のスコア トップ10
<特別企画>世界の15歳

最新のPISA(2015年実施)結果より

◎成績だけでない、15歳の国際比較

報道では学習到達度の国別ランキングばかりが注目されがちですが、今回のPISAでは生徒の「幸福感」や「学習環境」、「ICTの活用」などについても調査しました。多くの調査項目の相関関係の分析は現在も進めており、さらに詳細の報告書を発表する予定です。

学習効率が良い国は?

下のグラフは、勉強の時間数と「科学的リテラシー」(以下「科学」)の点数が、どう関係しているかを示しています。

「学習効率が良い国」は、「学習時間1時間に対する科学の点数」で示される◆の位置が高い国です。上から順にフィンランド、ドイツ、スイス、日本などが、学習に費やす時間に対する学習効率が比較的高い国であることが分かりました。

※「学習時間」には学校と学校外の両方での学習時間が含まれます。

学習1時間あたりの科学の点数
<特別企画>世界の15歳

学力別クラス分けのメリットは?

OECDの国々では調査に参加した生徒の46%が、学力別のクラス分けが行われている学校に通っていました。学力別のクラス分けは成績上位のグループにとってはプラスになりますが、下位グループにおいてはそれほどの学習効果は無いことが分かっています。生徒たちは教師からだけでなく、互いに刺激し合うことから得るものが大きいことが伺えます。

ハッピーな生徒はよく学ぶ?

生徒の「生活満足度」(自己評価)と科学の点数がともに高かったのは、フィンランド、オランダ、スイス、エストニアでした。これに対して日本をはじめとする多くの東アジアの国々は、成績は良かったものの生活満足度はOECD平均を大幅に下回っています。この解釈においては、自己肯定感や文化的背景などを加味する必要がありそうです。

生活満足度の平均(10点満点で評価)
<特別企画>世界の15歳

おしゃべりと運動は〇・インターネットは×?

PISA2015では、「生活満足度」との関係がありそうないくつかの項目についても調査分析を行いました。

「生活満足度」が高い生徒の傾向

● 放課後に友だちと会ったり話したりする機会が多い
● 体育の授業などで体を動かす機会が多い
● 教師による適切なサポートがある
● 親による適切なサポートがある

「生活満足度」が低い生徒の傾向

● 成績やテストに対する不安がある
● インターネットの利用時間が長い

ただし、どちらが原因でどちらが結果なのか、この調査では明らかになっていません。例えばインターネットを多く利用するから満足度が低いのか、満足度が低いからインターネットを多く利用するのか、という疑問の解明には、今後さらに詳細な調査が必要です。

いじめ問題と親・教師の役割

調査対象となった世界中の生徒たちの、実に18.7%、つまりほぼ5人に1人が何らかのいじめに合ったことがある、と答えました。いじめは世界中の子どもたちにとって身近な脅威であることが分かります。今回、PISAでは親の支援や教師の態度が、いじめ問題と関連性があるか調査しました。

「学校での困難な問題について親が助けてくれる」と答えた生徒が多い国
→いじめ被害の割合が顕著に低い

「教師が生徒に対して不公平な態度をとる」と答えた生徒が多い国
→いじめ被害の割合が顕著に高い

<特別企画>世界の15歳

遅刻しない生徒は成績が良い?

PISAでは、「調査実施の前の2週間の間に学校を遅刻したか」という質問もしました。驚くことにOECDでは平均して44%の生徒が「遅刻をした」と回答しました。日本やシンガポール、香港、韓国などは遅刻をした生徒の割合は1/4以下で少ない方でした。生徒の回答と科学の成績の関連を分析すると、「2週間以内に少なくとも1回遅刻をした」と答えた生徒たちは、「遅刻を1回もしなかった」と回答した生徒に比べて科学の成績が平均して約25%低いという分析結果が出ました。生活習慣や生活態度の重要性も見逃せません。

親子の時間の大切さ

子どもに対する日常的な親の関わりについても調査しました。その結果、以下の2点が特に「子どもの生活満足度が高い」ことと関係していることが分かりました。

● 親が日ごろから子どもと同じテーブルで食事を一緒にしている
● 親が子どもと話をする時間を日常的にとっている

満足度の高い子どもほど、このような何気ない親子の時間を多く過ごしていたのです。

<特別企画>世界の15歳

「楽しい」から学ぶ?「必要」だから学ぶ?

PISA 2015では、「科学をなぜ学ぶのか?」という動機について調査しました。
ここでは「動機」を以下の2種類に分けています。

内発的な動機:科学を学ぶこと自体が「楽しいから」学ぶ
外発的な動機:「将来、科学関連の職業に就きたいから」「将来のために必要だから」学ぶ

1位に輝いたシンガポールでは「科学の学習が楽しい」と答えた生徒の割合が84%と高かった一方で、2位だった日本では「楽しい」と答えた生徒は50%とOECD平均の62%を下回りました。また、「楽しい」と答える生徒が非常に多いのに成績が振るわない国もあります。必ずしも「楽しい」と感じる内発的動機が成績に結び付くわけではないことが分かりました。

<特別企画>世界の15歳

科学の勉強はできるけど、仕事にはしたくない?

今回、全般的には科学の勉強が「楽しい」と思う生徒が多いほど、科学関連の職業を希望する生徒が多くなる傾向が見られました。しかし、科学の点数が高かった日本やフィンランドでは「将来、科学に関連する職業に就きたい」と考える生徒の割合が20%を切り、OECDの平均である約25%を大幅に下回っていました。「科学の点数は高くても、それを実生活や社会で活かす意思が低い場合、その教育を『成功』と言えるのか」、さまざまな課題を示唆しています。

PISA 2018に向けて

■ 他者と協働して問題解決する力

●21世紀に必要とされる重要な能力に「他者と協働して問題解決を行う力」が挙げられます。具体的には以下の3つが含まれます。
●自分とは異なる背景の他者とコミュニケーションがとれる
●建設的に協働し、課題を理解して仮説が立てられる
●解決方法を精査し、それについて計画を立て実行できる

■ 「グローバル・コンピテンシー(グローバル社会に対応する力)」とは

来年実施する PISA 2018では、「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」に加えて、更にグローバル社会で協働して課題解決に取り組むための「グローバル・コンピテンシー」が追加されます。

あらゆる見通しが不確定な現代の世界では、平和や治安、移民問題、地球環境、家族のあり方、雇用環境、テクノロジーの進化など、さまざまな変化が子どもたちの学習環境に影響を与えていくことでしょう。子どもたちがより良い世界を築く世界市民へと成長するよう、OECDでは子どもを取り巻く環境、学校や家庭、地域のサポートのあり方、そして教育の評価方法も、今後さらに多角的な視点で問うていかなくてはならないと考えています。

グローバル・コンピテンシ-とは

● 他者を尊重する心
● オープンな態度
● グローバルな視野
● 多様性の受容
● グローバルな問題 への理解
● クリティカルシンキングの力

経済協力開発機構(OECD)
就学前・学校教育課長
小原ベルファリゆりさんから一言

<特別企画>世界の15歳

ここ数年、「教育の経済効果」というテーマで「国が豊かになるための教育」「将来稼ぐための教育」などの議論が高まっています。しかし教育は本来、一人ひとりの子どもの基本的な権利であり自己実現のためのプロセスです。自分が到達したい高みを目指して、「学ぶこと自体に対する満足感」や「学ぶプロセスを楽しいと思えること」が、一つの重要な成果であり、指標であるべきではないでしょうか。そして生涯にわたって「自分がこれを学びたいから学ぼう」という姿勢と行動力を持てるように基盤を整えてあげることこそが、お子さんの幸せにつながる教育の在り方でしょう。情報や選択肢が多いこの時代にこそ、保護者の方々や教育関係者には、そのような視点を忘れないでいただきたいと願ってやみません。

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