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日本人学校英語教育への取り組み

シンガポール日本人学校50年の歴史

2016.06.25

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シンガポール日本人学校創立50周年記念
変わる学校、変わる教育、次の50年に向けて

文部科学省の学習指導要領の柱は、「生きる力」を育むこと。海外にある我々日本人学校は、グローバルという言葉が実感できる環境にあり、「生きる力」はまさに「海外でも通じる生きる力」として、その育成が期待されています。従来の教育に加えて、当地の環境を活かしたグローバル教育の強化を次の50年に向けて実施していきます。

先般、文科省は在外教育施設グローバル人材育成強化戦略を打出しました。その中にある提言には、本校が20年前から取組んでいるイマージョン教育、或いは構想しているグローバル人材育成の先進的なカリキュラムなどがありました。ようやく本校に追い風が吹いてきた、という状況になっています。これからのグローバル社会に向けて、シンガポール日本人学校は緩やかに、そして大きく変わっていきます。

シンガポール日本人学校50年の歴史

シンガポール日本人学校50年の歴史

【1966年~ダルベイエステート時代】
1966年9月、校舎は小さな民家を改造して児童27名、教員3名でスタート。1つの教室で2学年が一緒に勉強し、先生は同時に2つの学年を教えるスーパーマンのような存在でした。

【1968年~スイスコテージ時代】
児童数が爆発的に増え、小さい校舎では間に合わなくなりました。そのため、1968年スイスコテージの新校舎に移転し、1970年には中学部も開校しました。

【1971年~ウェストコースト時代】
1971年ウェストコーストに学校移転。校舎や校庭が一気に広くなり、今まで無かった家庭科室や図書室などの特別教室ができました。周囲にはカンポンと呼ばれる集落があり、のどかな環境で子どもたちはマレー語の歌も習っていました。

【1976年~クレメンティ時代】
1976年クレメンティに新校舎完成。ようやく体育館、プール、運動場がある日本の一般的な学校になりました。現在のクレメンティ校は増改築を重ねて迷路のような校舎です。

【3校時代】
1995年チャンギに新校舎が完成。アジア通貨危機で児童が激減するも、小学部クレメンティ校・チャンギ校・中学部の3校体制となりました。今はスクールバスの台数が多く、バス委員さんのご苦労も偲ばれるほどの生徒数となっています。

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