シンガポール発海外教育情報誌サイト

専門家の声 Specialist

この人からエール

東日本旅客鉄道株式会社 取締役会長 清野 智 氏

2013.01.10

LINEで送る
Pocket

海外で育つ子どもたちはどのように未来へ向かって歩んでいけばよいのか、親が出来ることとはいったい何なのか。専門家から進路や将来を見据えたアドバイスをいただきます。

はじめに

 私は旧国鉄に入社して以来、40年以上鉄道の仕事に携わってきました。皆さんは鉄道会社は海外とはあまり関係がない業種だと思われるかもしれませんが、私が会長を務めていた国際鉄道連合(UIC)のように、国境をこえた鉄道事業者の連携や交流が活発に行われていることに加え、近年東南アジアや南米等で鉄道を整備しようという計画が数多く立ち上がってきており、海外との関わりは大きく増えています。従って国内を事業基盤とする鉄道会社もこれからはもっと目を外に向け、外から日本を客観的に見る力が必要だと考えています。国内の固定化した視点だけでは、これからの世界において日本は取り残されてしまう可能性があります。

 鉄道会社の海外との関わりや海外展開における課題、若い人たちに期待することをお伝えしたいと思います。

 海外展開に必要な姿勢

 現在「インフラ海外展開」として、日本の新幹線、都市鉄道、上下水道などそれぞれをひとつのトータルシステムとして諸外国に輸出しようという事業が、政府・民間企業が一体となって国家プロジェクトとして推進されています。例えば、フランスや中国と競いながら、日本はアメリカに新幹線を輸出しようとしています。そこで課題となることは何でしょうか。

 私たちは、踏切が全くない新しい旅客専用の線路を造り、そこに高速電車を走らせるという「日本型新幹線」のシステムを提案しています。日本の新幹線が1964年の開業以来ほぼ半世紀の間、死亡事故ゼロということを誇れるのも、この踏切がなく、しかも貨物列車も走らない旅客専用線だということが大きいのです。しかし、アメリカにはアメリカの考え方があります。まず全線を新線とするのはコストがかかります。基本は既存の線路を改良して使いたい。そうすると、貨物列車も走るし、踏切もある。トラックと衝突する可能性があるので、衝撃にある程度までは耐えられるように車両の強度をあげなければならない。その分車体が重くなる。そうするとスピードをあげるためにはより多くのエネルギーが必要であり、線路構造もより強くしなければならない。そうするとコストは?安全性は?

 その国にはその国なりのモノの考え方、伝統や基準があります。そのことを尊重し、そのうえで日本としてどのようにシステムを提案するか、調整するのかという姿勢が大切です。双方の認識のギャップを埋めていく努力が大いに必要になってきます。各々がこれまで積み重ねてきた鉄道技術を踏まえた上で、新たな積み重ねを一緒に行っていかなければなりません。

 ここ数年、アジア各国が都市鉄道の整備や新幹線について、日本に協力を求めてきています。この地域の特徴は、山手線のような都市鉄道の整備がまだ不十分だという点です。そうした現状を踏まえた場合、日本の鉄道技術は、中核都市における鉄道網建設というハード面だけでなく、運行やメンテナンス技術などのコンサルタントというソフト面でも、大いに協力できるのではないかと思っています。ただ鉄道を造るだけではなく、造った後の地道な技術提供が重要で、これから必要な分野となるでしょう。単に鉄道を建設するだけとか、車両を輸出するだけというのではなく、その後のメンテナンスなども視野に入れた「トータルのシステムとしての鉄道の輸出」というものが、これからますます求められてくるものと考えています。

 日本の底力

 2011年3月11日の東日本大震災は、鉄道にも大きな被害をもたらしました。東北新幹線も駅・線路・橋などの損壊から不通となりました。しかしながら、「大動脈の新幹線の復旧が東北、そして日本を元気にしてくれる」という多くの人々の気持ちが大きな支えとなり、地元の皆様はもとより他の鉄道事業者、建設会社、そして様々な分野の専門家の皆様から全面的な協力をいただきました。当事者である我々はもとより、関係する全ての人々が「使命感」「責任感」そして「連帯感」をもって復旧に取り組んだのです。

 余震が続く中、夜通し作業を続け驚くようなスピードで復旧が進み、東京から青森まで全通したのは4月29日、震災からわずか50日目のことでした。これはJR東日本の力だけでは到底成し遂げられなかったことで、鉄道事業者をこえた一人の日本人として、感無量の思いでした。皆さんが一生懸命ご支援くださったからこそ実現できたこの体験を通して、「日本人の結束力」「日本人の底力」を改めて感じました。日本人には、いざとなったらできる力、ここぞというときに力を合わせ困難を克服する精神力と行動力があります。その力を日本、さらには世界の発展という建設的な方向で発揮していかなければなりません。

 技術力においても「日本の底力」を感じます。非常に裾野が広く、鉄道技術も世界に誇れると思っています。技術革新というものはすぐに結果が出るものではありません。表面には現れない長期間にわたる努力や、一見無駄とも思える経験や、過去の多くの失敗があってもあきらめず挑戦し続けることが大切で、それらが積み重なって実るものです。日本の鉄道のスピードや安全性といった技術も、やはりこのような地道な歩みの賜物なのです。日本人が持つ器用さ、几帳面さ、真面目さと日本の基礎教育の充実なども重要な要素であり、こうした日本人の強みが、生産・修繕など全ての分野でハイレベルな対応が可能になっている背景だと感じています。

 これからの発展のために

 若い人たちには積極的に海外に目を向け、未知の分野・事柄にも果敢に挑戦するという気概を大いに持ってほしいと思います。明治時代の人が短期間にどれだけ多くのことに挑んだでしょうか。戦後しばらくの間、日本は諸外国に「追いつき、追い越せ!」と必死に頑張ってきましたが、追いついたら「もうこれでいい」ではいけません。「まぁ、いいか」と現状に安住するのではなく、これからの発展のためにひたむきに努力し続けてほしいと思います。海外に学ぶべきことはたくさんあるはずです。今後は弊社社員も他国への理解をさらに深め、外から日本を見る機会を増やす必要があると考えており、海外の企業への派遣や留学を増やしていくつもりです。また、海外情報拠点の充実を図るため、2013年に、シンガポールに当社の事務所も開設する予定です。

 一方、日本で外国人と一緒に働き、相互理解を深めるということも大切になってくるでしょう。現在、弊社社員の採用は国籍を限定しているわけではありませんが、日本語で採用活動を行っていることもあって、外国籍の社員はごく少数です。今後は外国籍の人も弊社に入社できるということを広く伝え、より多くの人に門をたたいてほしいと思います。そのためには、大学などで留学生を対象とした就職セミナーを開催するなど、学生への積極的なアピールを行っていきます。さらに海外で学ぶ学生への発信も検討していきます。

 外国籍の社員を採用するメリットは何でしょうか。例えば東南アジア出身の留学生を採用した場合、日本で一緒に仕事をすることによって日本のことをわかってもらうと同時に、私たちもその社員の出身国についての理解を深めることができます。日本で働き続けるのか、どこかの時点で出身国に戻るのかは本人次第ですが、仮に帰国するという決断をしたとしても、私たちがそれを受け入れる気持ちを持つことが大切です。母国に戻った場合でも、日本という国の生活を体験した人は、自国で日本の良き理解者になってくれることでしょう。外国籍の社員にはそのようなことを期待しています。

 海外で暮らす皆さまへ

 皆さんは今、日本の良いところも改善すべきところも外から客観的に見ることができる立場にいます。そして日本人とは異なった価値観に基づいた視点が加わることで、新たなイノベーションが生まれることもあるでしょう。さらに、「ああ、やはり日本のここがいいな」と感じ、「ここが足りないな」と気づくこともあるでしょう。その貴重な発見をぜひ日本に持ち帰り、国内にいる私たちに伝えてください。外に出て気づいた「日本の素晴らしさ」をもう一度日本人同士で共有し、将来どうすべきかを提言してほしいのです。これからの日本は、そのような外からの視点・提言を受け入れ議論することで、進むべき道を導き出す必要があります。海外生活で培われた貴重な視点を日本に戻ってきて活かし、この国の発展に寄与していただきたいと思います。

 子育て中の保護者の皆さんへのお願いです。日本の歴史、文化、伝統など「日本人」としての基盤をしっかり身につけさせたうえで、他国の歴史、文化、伝統をも理解することができる子どもを育てていただきたい。「インターナショナル」は文字通り「ナショナル」を前提にしています。優れた国際人の根底には必ず自国、自民族のアイデンティティーがあります。つまり「優れた国際人=優れた日本人」ということです。日本の歴史や文化、そしてそのベースとなる日本語を子どもたちに教えることは極めて大切なことです。

 インター校に通っているお子さんなど、学校で日本について学ぶ機会が少ない場合は、家庭でその知識を補う工夫をしてあげてください。そのためには皆さんも日本の歴史や文化をきちんと理解し、お子さんと語り合えるようになっていただきたいと思います。親子の日々の小さなコミュニケーションがとても大切です。

 外国で育っているお子さんたちには、日本人としての誇りを忘れることなく、さらに異文化を体験しているというアドバンテージを意識して、住んでいる国の文化を深く理解してほしいと思います。現地の友人も大切にしてください。そして外から日本を見たときの感覚を大事に過ごしてください。これからの日本には、皆さんの活躍に期待するステージがますます多くなります。これは止めることのできない時代の流れです。

 日本の将来のために皆さんに期待しております。

 

「この人からエール」バックナンバーはこちら

https://spring-js.com/expert/expert01/yell/

 

清野 智 (せいの さとし) 氏

宮城県出身
1970年 東北大学法学部卒業、日本国有鉄道入社
1987年 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道株式会社入社、東北地域本社総務部長
1992年 同社財務部長
1994年 同社人事部長
2002年 同社代表取締役副社長
2006年 同社代表取締役社長
2012年 現職。国際鉄道連合(UIC)会長(年末任期満了)

LINEで送る
Pocket

PAGE TOP