グローバル教育
NYK Group South Asia Pte Ltd 会長 三好邦彦 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の担当者に聞きました。

世界の船が通過する海のハブであるシンガポールにおいて御社の役割は大きいと思います。歴史と今後の成長戦略についてお聞かせください。

弊社は1885年に日本郵船会社として創業し、日本で最も古い歴史をもつ海運会社です。国際的な海上輸送事業を中心とした総合物流事業を展開し、港ごとに事務所を構えており、現在は全世界37カ国に5万人のスタッフがいます。

社名の通りもちろん船会社ですが、陸・海・空のグローバルネットワークを構築し、さまざまな物流ニーズに応えています。120年以上の歴史によって培われた技術やノウハウと、世界最大級の物流ネットワークを駆使することで、最適な輸送を実現し、多くの企業の成長を支える力となっています。

シンガポールに進出したのは1893年、今から100年以上前のことです。1920年に駐在事務所ができました。途中、戦争があり船も海軍にとられ事務所も閉鎖しましたが、1951年に再開し1983年に現地法人となりました。ローカルスタッフ(ナショナルスタッフ)も含め約1,000人のスタッフが在籍し、そのうち日本人が約1割です。

「More Than Shipping 2013~アジアの成長を世界へ繋ぐ~」を中期経営計画として掲げ、成長が見込めるアジアを舞台に「従来型の海運業プラスα」の戦略で共に成長する目標です。

世界経済において生産全般が新興国へシフトされているため、今やアジア諸国は日本と肩を並べる輸出国となりました。資源・エネルギーの輸入が急増し、多数の海運会社が各国に設立され輸送のサービスが画一化(コモディティー化)してしまいました。同時に、コンテナ船事業を中心に価格の低下が顕著となっています。

この状況から脱するために「付加価値戦略」を掲げています。付加価値の高い分野に極力集中する一方で、船での差別化が難しい部門は、ターミナル、通関、倉庫、配送など「船プラスα」のサービスを提供し、差別化を図る戦略です。

コンテナ船の本社機能をシンガポールに移されたとうかがいました。なぜシンガポールなのでしょうか。

弊社は2年前に東京・アメリカ・欧州にあったコンテナ船の本社機能をシンガポールに完全移行しました。コンテナの事業は衣類など消費材系を扱うことが多いため、買い付け先は日本よりも中国や東南アジアが中心となっています。日本のお客様はおよそ10%にすぎず、日本を軸にビジネスを拡大していくには限界を感じています。日本は地理的に極東ですので、一番端にあるということは、海運には不利なのです。

また、優秀な人材がシンガポールに集まっているのも大きな魅力の一つです。シンガポールは環境が良く、政治も安定していると感じます。海運には大変力を入れており、優遇措置を設けるなど誘致も積極的です。

シンガポールにありながら日本の企業としてのアイデンティティーをどう保持されているのでしょうか。また外国人スタッフの採用についてはどうお考えですか。

日本のアイデンティティーの保持は難しい問題ですが、そもそも保持すべきか否かという問題もあります。弊社は製造業と違い、日本人としてのきめ細やかさは持っていたいと思う一方で、実際はあまり必要でない場面もあります。ものづくりのように高性能な生産を求められているわけではなく、むしろ製品がたくさん出来上がった場所に船を送るのが仕事です。そのため日本人のアイデンティティー保持に強くこだわる必要はあまりないとも言えます。

そして、これからは中国、インド、アフリカが主戦場になるでしょう。船は線路が引かれているわけではないので、すぐに鞍替えをする柔軟な発想が必要なのです。そのため外国人の採用はますます増えるでしょう。本社機能が移転し定期船の仕事はもはや日本にはありませんので、私の世代は日本に帰るところがありません(笑)。

外国人スタッフの採用はとても大切だと考えています。現在もシンガポールのオフィスには15~16カ国の国籍のスタッフがいます。CEOはイギリス人でその下にはアメリカ人やオーストラリア人の管理職もいます。本社の外国人役員は今まで3人(現在は1人)でその後はまだ増えておりません。

多国籍のスタッフと一緒に働くときに気をつけなければならないことは「公平感」だと思います。スタッフに「自分は公平に扱われている」と感じてもらうことが大切です。

「人を育てていく」プログラムがとても充実しているそうですね。

本社採用の社員は2012年3月現在で約1,600名です。女性の採用は毎年総合職で数名、海上職は2~3人です。日本郵船グループが世界のリーディングカンパニーとして成長していくには高い専門性と広い視野を備えた人材の育成が不可欠です。そこで世界最高水準の船員教育をグローバル規模で実施し、船員の知識・技術向上のための短期海外語学研修や通信教育、MBA留学等さまざまなプログラムを用意しています。

最近は船の数が急増しているので、商船大学などで専門の勉強をした人だけでは船員の数が足りなくなりました。そこで2006年から一般の4年制大学卒業者を対象に、海上職の自社養成コースを設け育成をしています。2年~2年半の専門教育と乗船訓練を行い、ライセンスを取得し、将来は「船長」または「機関長」を目指すものです。

多くの職場を経験できるジョブローテーションも特徴の一つです。弊社のような総合物流事業では、広い知識をもった人材が必要になります。そのため平均3~4年で部署を異動するジョブローテーションにより、十分なスキルと社内外のネットワークが身につくように育成します。

御社の求める人材についてお聞かせください。

NYKグループ・バリューとして「誠意:相手を尊重して相手のことをよく考える気持ち。まごころ。思いやり。」「創意:現状に満足せず、より良いものにするために知恵を絞ろうという気持ち」「熱意:困難なものに対して、継続して、達成するまでやり遂げるという熱い思い」があります。

国内外のグループ各社が人材に求める要素としては、まず包容力と柔軟性を掲げています。古くから異文化・多様性を受け入れる素地が求められ、自分と他者の違いを尊重することが必須だと考えられてきました。第二に明確なリーダーシップが必要です。革新的であり、コミュニケーション力にすぐれた人材こそがチームを統率できると考えています。第三に現場に立脚した強いマネジメント力が重要です。個性豊かで、異能の集まるスタッフをまとめあげる力は、海運業ではなくてはならない要素です。

また、国際物流という厳しいビジネスの場において業務を遂行するには、高いレベルの対応力が求められます。常に自分自身で成長していく「自発性」が大切だと考えています。そのため、以前からいわゆる面接のハウツー本に出てくるような「型にはまった人」は採らない傾向があります。

語学に関しては特に条件は出していません。昔から船のオペレーションは英語でおこなわれています。入社を希望する人の多くは「外国に行きたい」という志望動機を持っているので、ある程度英語ができる人が集まっているように思います。

日本人社員の長所としては、全体を見て考えられるという点があげられます。自分には直接利益にならなくても、会社のため、チームのため、社会のために行動することができます。全体を俯瞰する発想で短期的でなく中長期的に考えることができます。会社の戦略を立て、経営する上で不可欠な要素です。短所としては、日本人は特に意思決定が遅いと思います。また仕事の進め方としても、ゆっくり残業するというような働き方は変えなければなりません。グレーの部分を作らないことはガバナンスとして重要で、この点はメリハリのある行動でえりを正して実行し、外国人の長所である人の意見に左右されないところは見習うべきだと思います。日本人の長所と短所はそれぞれコインの裏表と同じでそのバランスは難しいですが、日本人学生には日本人の長所もやはり備えていてほしいと思います。

現在は指定校などもなく、文系理系も問いません。毎年35人くらい採用する中で、理系が5~8名くらい、他に技術職を2~3名、そして海上職が20~30名です。

御社はフィリピンに商船大学を設立し、地元でも卓越した成績で優秀な船員を輩出されているとうかがいました。また、御社としての環境問題の取り組みについても具体的にお聞かせください。

創業120周年記念事業の一環としてマニラ近郊に幹部船員の養成を目的とした商船大学の運営に参画しています。海運需要の高まりを受け、船長などの役割を担える外国人幹部船員の人材獲得競争が激しくなり、幹部船員の確保とその質の向上が急務になりました。そのため、従来の「船員を対象とする訓練」から、「学生を対象とする船員育成」にまで踏み込み、優秀な人材を囲い込む狙いがあります。

なぜフィリピンかというと、フィリピン人はまじめで出稼ぎにも慣れています。英語圏で職種としても人気があるためエリートも集めやすいのです。かつては全員日本人という船もありましたが、現在は日本人船員1人の給料がフィリピン人6人に相当するほど賃金に違いがあるため、最近は日本人が1人も乗ってない船がほとんどです。

環境問題への取り組みも評価されています。船が出すCO2排出量については国際的にも問題になっていますが、対応にはばらつきがあります。弊社は早くから環境問題への取り組みを企業の社会的責任とし、持続可能なものとするために社員の意識も高いです。実際には世界中の港でそのためのインフラを整備しなければならないというハードルはありますが、2050年を目途にクリーンエネルギーに変えることを目標にしています。世界の業界全体で取り組んでいきたい重要なテーマです。

「親子3代で帰国子女」という三好さんご自身のご経験をふまえ、シンガポールにいるご家族にメッセージをお願いします。

2人の子どもが幼少の頃はイギリス、ドイツ、アメリカとほとんど海外に暮らしていましたが、どこにいても現地の生活を楽しむ楽観的な性格のせいか、あまり心配したことはありませんでした。私の経験上、異文化を楽しむことのできる肩肘張らない親御さんの元では、お子さんが素直に育っているように思います。「インター校に行くべき」など無理強いすることなく、お子さんの様子を見ながら幅を持って接していけば良いのではないのでしょうか。時には気楽にかまえて、ただお子さんのことをよく観察することも大切だと感じます。特に奥さん自身が海外での生活を謳歌出来ている方が、お子さんにもご主人にも良い影響が出るように思います。

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