グローバル教育
駐シンガポール共和国 日本国特命全権大使 山崎 純氏

日本とシンガポールの発展のために

はじめに

私は外交官であった父の仕事の関係で、小学校低学年はニューヨークの現地校に通いました。当時、現地校にはまだ日本人は少なく、日本という国も子どもたちの間ではあまり知られていなかったため、現地で「東洋の国」と言えば周囲は中国しか思い浮かばないという状況だったことを覚えています。一旦帰国し、高校はワシントン郊外の
現地校に通い卒業しました。当時、学校の歴史の授業ではルネッサンス以降のヨーロッパや独立戦争後のアメリカの歴史を学んでいました。そして「外国との関係がいかにその国の命運を左右しているか」という史実に強烈な印象を受け、父と同じ外交官という職業を目指したのです。

2018年にシンガポールに着任し、一年あまりが過ぎました。東京の外務省でこの地域の担当をしていた20年前の様子と比較しますと、シンガポールは全ての面において目まぐるしい発展を遂げていると実感しています。私は今日までの国際経験を生かし、日本とシンガポールの発展とさらなる友好関係に尽力すべく、日々取り組んでいます。

駐シンガポール共和国 日本国特命全権大使 山崎 純氏

外交官として

私はこれまで、インドネシア、米国のニューヨーク国際連合日本政府代表部(以下、国連代表部)、そしてスウェーデンで海外勤務を経験しました。それぞれの地で、その都度貴重な経験を積み現在に至っています。外交官というと華やかなイメージを抱く方も多いことでしょう。しかし実際には、仕事の大半は地道な交渉や根回しが必要で、粘り強さや人間力が大いに試される厳しい仕事なのです。

過去の体験の中で印象に残っているのは、2011年から3年間ニューヨークの国連代表部の一員として働いていた時のことです。国連代表部とは、日本政府が国際連合に常駐させている代表部です。そこでの主な仕事は、192ヵ国の他の加盟国に対し会議の場で日本の考え方や立場を主張することで、発言者が4、50人いる中で「どのように日本の立場を守るか」「そのために何をするのか」という手腕が常に問われていました。各国の代表者が日本の意見に賛成する、あるいは少なくとも反対しないようにするには、「世論形成」が大切です。事前にいろいろな人と話をしながら考えを聞き、できるだけ多くが賛同できる意見を形成するのです。そうして会議に臨み賛成多数で可決されるよう尽力していました。これは「多数のプレイヤーをどのように自分の方向に向かせるか」という、二国間交渉などとは異なる力学で、上手くいった時の満足感はこの上ないものでした。その一つが、日本政府が提唱した『人間の安全保障』の理念を国際社会に広めることでした。努力が実ってさまざまな国の賛同を得ることができ、我が国を含む25の国からの共同提案として、最終的には国連総会で『人間の安全保障に関する決議』が採択されたのです。

また、2008年から3年間はニューヨークにある国連事務局に出向しました。出向ですので日本政府の職員ではなく、直属の上司は国連事務総長(当時はバン・キムン 氏)です。財務官として国連の予算を編成し、国連総会で了承を経て執行し最後に報告するのが任務でした。国連事務局では、いろいろな国籍の人が業務を遂行しています。職員の多くは一人ひとりがそれぞれの出身国の文化的価値観を持ち合わせているため、その人たちを説得するのは一筋縄ではいきません。当時の経験は、日本の外務省で得た経験とは全く次元が異なるもので、学ぶことが多くありました。

駐シンガポール共和国 日本国特命全権大使 山崎 純氏 米国ニューヨークの国際連合総会議場において、日本政府代表としてステートメントを実施した際の様子

大使として3年間過ごしたスウェーデンでは、任期中に「日本とスウェーデンの外交関係樹立150年」という記念すべき節目を迎えました。国王・王妃両陛下が日本に公式訪問され、日本の天皇皇后両陛下(現、上皇上皇后両陛下)とお会いになりました。また、ノーベル賞の授賞式では、在任期間中に複数の日本人がノーベル賞を受賞されたため、授賞式だけでなく晩餐会にも出席することができ、大変貴重な体験をすることができました。

外交官という仕事の醍醐味は、「国の命運を左右する仕事に関われる」ことだと言えるでしょう。国の行く末を案じ考えていくチームの一員として、その方向性を決めていく過程に参画しているという満足感は、非常に大きいと感じます。私が他国と交渉する際に心がけていることは、誠実であること、つまり「嘘をつかない」というシンプルなことです。事実と異なることを言うと信頼性が失われるだけでなく、立場がぶれ相手に「日本は何を考えているのか」と思われてしまいます。その姿勢は、必ずしも国という立場の時だけではなく、個人としても大切だと疑いません。時には質問に対して漠然とした内容しか答えられないこともありますが、最後まで嘘をつかず一貫性を持って臨むようにしています。

シンガポールと日本、今後の展望

シンガポールはこの10年ほどでインフラが整備され、物理的にもビジネスの面でも飛躍的に発展したと感じます。2016年には「日・シンガポール外交関係樹立50周年」を迎え、現在の日本とシンガポール両国の関係は極めて良好だと言えるでしょう。特にビジネス面では両国が互いに恩恵を受け、理想的な関係であることは周知の事実です。戦後、シンガポールにとって「経済発展」が至上命題であった中、ビジネス面における日本の貢献は非常に大きなものでした。先日、当地の日本商工会議所が50周年を迎えましたが、その祝賀の場にリー・シェンロン首相がお見えになり、シンガポールの発展に日本が果たした役割とその貢献の大きさを改めて称えてくださいました。

今後も両国がアジアの一員として、より一層高め合っていく余地はたくさんあると思います。例えば、シンガポールも現在、日本同様に高齢化の問題が進んでいます。高齢化対策で先陣をきる日本の取り組みは大いに注目されており、その分野のビジネスを一緒に行う可能性もあるでしょう。AIやIOT(Internet of Things モノがインター
ネットを経由して通信すること)なども可能性があると思います。また、シンガポールは政府が率先して先進的な取り組みを行い、研究・開発分野には世界中から優秀な人材が集結しています。今後日本の研究機関や他の組織との協力も、多岐にわたる分野で進む可能性があります。一方で、シンガポールが多民族国家として多様性を維持し
つつ、同時に一つの国家としてのまとまりを維持していくことは継続的な課題です。シンガポール政府は、この課題に対して必要なタイミングで適切な発言や行動をとってきており、学ぶところも多いと感じます。

シンガポール人にとって、日本は旅行先として大変人気が高く、皆が訪れたい国の一つになっていることは喜ばしいことです。国別訪日外国人数でシンガポール人は2018年に44万人来日しており、これは実にシンガポールの人口の一割です。また、在留邦人数も3万7千人※と5年前と比較し6千人ほど増加傾向にあります。このような活発な人の往来は両国の良好な関係を示しており、今後も時代に合わせて形を変えながら発展し続けるに違いありません。

海外で暮らすご家族へのメッセージ

私自身が育った環境や父としての子育てを振り返って思うこと、それは「学習」とは一生をかけて続けるものだということです。海外生活が長くなるにつれ、お子さんが学ぶ言語やカリキュラムの違いなどに不安を抱かれることもあるでしょう。ある時点では日本語も英語もどちらも上手くないという時期があるかもしれません。私自身、古文・漢文などを十分に学ぶ機会が少なく、苦手だった時期がありました。しかし、人生においてその瞬間には「こちらの方が大事」という優先順位があることはやむを得ないことです。その時に学年相応の力を習得していなくても、その後の人生の中で必要に応じてその都度埋めていけば遅すぎることはないのです。

「英語」は、国際社会において共通語となっています。英語を学ぶ際には、ただ話せるようになるだけでなく「明快な文章やスピーチの書き方」も習得されることをおすすめします。英語ではパラグラフの冒頭に一番言いたいこと(結論)を書きますから、文の構成が非常に明瞭です。それに対し日本語は、結論を最後に書くため英語に直訳すると回りくどい言い回しになり、メッセージが的確に伝わらないことがあります。お子さんには、ぜひ英語ならではのTPOに応じた文章力を養い、国際社会で通用する英語力を身につけていただきたいと思います。同時に、日本人である以上、日本語を学ぶことを疎かにしないようにしてください。

最後に、人間の能力は決して1つの物差しで測れないものです。お子さんが持っている能力になかなか気づけなくても辛抱強く見守っていただき、強みや好奇心を見極め伸ばしてあげてください。欠点を指摘せず興味を引き出す「ポジティブ・シンキング」で、お子さんが関心を持つことはある程度やらせてあげることが大切だと思います。これからの時代は日本だけで生きていける世の中ではなく、他国と一緒に繁栄していかなくてはなりません。海外で育ったお子さんは、現地で無意識のうちに日本とは異なる「発想」や「物の考え方」を身につけているものです。帰国後もできるだけそれらを生かしながら能力を伸ばしていくことが、お子さんにとっても、ひいては日本にとっても幸せなことだと思います。ぜひ将来は日本人として、国際社会で活躍してくださることを願ってやみません。

※2020年1月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。

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