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この人からエール

駐シンガポール共和国日本国特命全権大使 鈴木 庸一 氏

2012.09.25

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海外で育つ子どもたちはどのように未来へ向かって歩んでいけばよいのか、親が出来ることとはいったい何なのか。専門家から進路や将来を見据えたアドバイスをいただきます。

はじめに

 『Spring』が創刊1周年を迎えられたことをお祝いいたしますとともに、今後の益々のご発展を心からお祈りいたします。

 「シンガポールで暮らすファミリーに送る本格的教育マガジン」という謳い文句で2011年にデビューされてからのこの1年の間には、さまざまなご苦労があったとお察しします。

 シンガポール在留邦人向けのフリーペーパーが数種類ある中、はじめて教育問題に特化した内容のフリーペーパーとされたことは画期的である半面、それがゆえに、運営面で他のフリーペーパーとは異なる試行錯誤を続けられていると思いますが、この1周年をひとつの契機として、更に誌面が充実したものになることを期待いたします。

 海外における子育て、特にシンガポールで子育てをすることのメリットについては、既刊の『Spring』において、実際の教育現場に携わっていらっしゃる方々から専門的な詳しい話が掲載されています。

 私のように子育て時代を過ごしたのがずいぶん昔であり、しかもほとんど妻に任せきりで、子どもは私の背中を見て育ってくれていたなら幸いだとしか言えない者が、現在海外で子育てに奮闘していらっしゃる保護者の皆さんに対して何かものを申し上げるのもおこがましいと思いますが、私自身も帰国子女の走りとしてそれなりに苦労した経験と、次に親として自分の子どもたちを海外で育てた経験、シンガポールに来てからの2年弱の間に見聞きしたことを踏まえて、個人的な雑感を書いてみたいと思います。多少なりともご参考になれば幸甚です。

シンガポールの国民性と今後

 申し上げるまでもなく、シンガポールは我々日本人にとっては世界でもっとも暮らしやすい国の一つと言えます。良好な生活環境だけではなく、約518万人(2011年6月現在)の人口のうち、約3割が外国籍であるということや、シンガポール国民・永住者でも、中華系、マレー系、インド系、ユーラシア系、その他と様々な人種が混ざり合った多民族都市国家であり、国民の一体感を醸成するため多様な言語、宗教、生活習慣を積極的に取り入れようとする姿勢が、シンガポールを国際的で開放的なところにしています。シンガポール国民としての固有のアイデンティティーの形成にこの国の為政者たちは苦労しているという話も聞きますが、今日の世界を見ると、どこの国にも国際経験を積んで、国を超えた共通の価値観や感覚を持つ人が増えてきています。大きな国では、そのような人たちは比較的少数派ですが、シンガポールの場合は国民のかなりの割合がそのような国際感覚をもっていることがシンガポール人の一つのアイデンティティーなのではないかと思います。それ故にシンガポールが住みやすいと感じる外国人が多いのではないでしょうか。

 そのシンガポールにおいても昨年5月の総選挙で、国民の多くがまずシンガポール国民を大切にしてくれという声をあげました。シンガポール政府は、そのような声に応える形でいくつか施策を取っています。今の国際社会が依然として国家を基本単位として成り立ち、国家がまず自分の国民の利益を守ることを前提としている以上、人も企業も国境を越えて活動する中、自国民と外国人の利害をどう調整するかは各国政府の直面する大きな課題ですが、国を開放して国際化を続けていかない限り経済の発展はないという現実から目をそむけた対応はどの国も取れないと思います。

父として

 皆さんのお子さんは、日本人学校、インターナショナル・スクール、現地校と、通っておられる学校はそれぞれのお考えやご事情でさまざまだと思います。

 私の場合は、3人の子どもがそれぞれ高校1年、中学1年、小学校4年の時にジュネーブに赴任致しました。英語も、ましてやフランス語も3人ともまともに喋れませんでしたが、インターナショナル・スクールに入れました。日本人学校は補習校しかなく、フランス語ができないので現地校に入れるわけにもいかず、選択肢が限られていたといえばそれまでです。余り教育熱心ではない父親でしたが、この時ばかりは学校選びから、入学、そして授業についていけるようにするため、頭を痛めました。

 今日、各国の異なる学校制度の間を行き来せざるを得ない子どもたちが不利にならないようにするために、いろいろな制度が整いつつあると思います。私が帰国子女として日本の学校に編入された時代とは隔世の感があります。私の上の2人の子どもは国際バカロレア(以下、IB)をとって高校を卒業しました。反省を込めて言うと、当時はIBの情報も少なく、私も妻も子どもと一緒にIBとはどのような制度か、日々学びながら対応したので、手さぐりで情報不足だったと感じます。新しい学校、違った環境で、先生や子どもの同級生の保護者の方々との人間関係も作らねばならず、情報を得るのは容易ではありませんでした。特に高校1年で編入し卒業までの時間が少なかった上の子どもには適切な指導をしてやれず、本人は苦労をしたと思います。その苦労は無駄ではなかったはずだと勝手に思っていますが、親として情報収集にもっと意を用いてやれなかったかと反省しています。

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