全寮制で挑む「全人教育」
はじめに
本校は、2006年にトヨタ自動車・JR東海・中部電力など、名だたる企業80社を超える協力を得て設立されました。当時、銀行員として7年目を迎え教育の世界とは無縁であった私が、30を過ぎてから教員免許を取得し転身したきっかけは、「将来の日本を牽引する人材の育成」という本校開校の目標に大いに魅了されたからです。そこで学校立ち上げの準備から関わり、ハウス(寮)の設計からルール作りに至るまで任され、初代ハウスマスター(寮の監督)として赴任しました。
私は、大学時代にアメリカンフットボール部に所属していました。当時の監督からはアメフトだけではなく、「人を育てる」という全人的な教えをいただき、その指導者としての姿勢に大きな影響を受けました。フットボールを通じて「人間力」の大切さや諦めない心など、今の自分の礎ともなっている教育の哲学を学んだ私は、その恩返しをしたいという気持ちを常に心のどこかに抱えていたのです。
この度、校長に就任し、開校以来受け継がれた独自の教育方針に加え、時代のニーズに即した新たな取り組みを行いながら「世界で通用するリーダーの育成」のために日々邁進しています。開校以来15年が経ち、卒業生の国際社会での活躍に触れるにつれ、本校が目指している「リーダーの育成」に大きな手応えを感じています。
なぜ、海陽学園なのか
開校の計画が始まったのは1990年代の終わり、いわゆるバブル崩壊の頃でした。景気が非常に悪く先行きが不透明な中で、これからの日本には「国際社会で活躍できるリーダー」の育成が急務である、と誰もが感じたものです。そして、そのような人材を既存の教育機関で育成できるだろうか、という問いに対し明確な解はありませんでした。それならば新しい学校を立ち上げ「日本を牽引する人材の育成」に貢献しようではないか、と動き出したのです。
海外のリーダー養成校の多くは「全寮制」です。それは決して偶然ではなく、何十年、何百年という伝統の中で脈々と築き上げられてきた教育スタイルであり、寮は国の核となるリーダーを育てる重要な教育の場であるのです。「人材の育成」を理念に掲げるに当たり、本校も全寮制の学校を模範としました。イギリスのイートン校をモデルとして、創設までに何度も視察に赴き熟慮しました。
本校の代名詞でもあるハウス(寮)には、世界で唯一と言える制度が導入されています。それは、企業から派遣される「フロアマスター」です。一般に寮のスタッフは学校の職員や民間業者が請け負うことが多いですが、本校の場合は、日本を代表する企業から派遣される若手社員が担っています。つい先日まで社会の最前線で働いていた人から日々刺激を受け、寝食をともにすることで受ける刺激やメリットの大きさは計り知れません。このシステムこそ、海陽学園たる強みなのです。
今後の「新たな取り組み」とは
少子化で一人っ子が多い現代では、寮に住まうという利点を理解していただきにくいことも事実です。本校はこれまで「全寮制」であるイメージばかりが先行していましたが、今後は、寮生活がいかに「人材育成」にふさわしいかという点を見える化していきたいと考えています。実際に卒業生からは、異口同音にハウスの経験がいかに社会で生きているかという声が聞かれます。「国際性も磨ける理想的な環境で、後に商社の仕事でも大いに生かされた」「ハウスマスターやフロアマスターから人生の指針を受けたことで、己を知り将来について考え最後までやりきる精神力が鍛えられた」「仲間と夜更けまで意見交換をした経験から、弁の立つ欧米人に対しても物怖じせず自分の主張ができるようになった」など多岐にわたります。学力が数値化し易い一方で、「社会で活躍できる力」は計りにくいものです。対人能力や問題解決能力、自己管理能力が寮生活で育まれているため、今後は本校の人材育成の成果を見える化し、卒業生の社会での活躍を示していきたいと考えています。
また、アジアだけでなく欧米にも提携校を多く作ることによって、寮に帰れば多国籍の生徒がいる、つまり国内にいながら留学体験をしているような環境を整えたいとも考えています。そして、世界のボーディングスクールのように「アート」への造詣を深め、演劇や音楽、美術系など芸術に関心を持ちリベラルアーツにも通じる素地を築くことで、真のグローバルリーダーの資質を培えるよう導いていきます。
「教育」は、効果が出るまでには時間を要するものです。本校の日々の生活の中でも「いつかわかるかもしれないから聞いておいて」という声がけも少なくありません。特にフロアマスターとの他愛もない会話の中に、「社会に出たらわかるよ」「働いてみればわかるよ」という事例が溢れています。それはまさに将来に向けての種まきであり、まだ芽が出ていない無限の可能性に思いを馳せることに他なりません。これこそが全寮制である本校の醍醐味であると言えるでしょう。生徒と関わる中で私が最も嬉しいと感じる瞬間は、「先生があの時言ったことが何となくわかってきました」という生徒の言葉を聞く時、つまり、生徒の視点が変化していく過程を垣間見た時なのです。
「全人教育」を掲げる本校にとって、生徒一人ひとりの強みを測る「物差し」は、実にさまざまです。勉強ができても部屋はなかなか片付かない生徒がいる一方で、勉強は苦手だが整理整頓は完璧で周囲に刺激を与える生徒もいます。それぞれが得意の分野で負けまいと思い、高め合い磨き合う機会は無限です。今後も生徒が持つ強みや意思を尊重しながら「大学で何がやりたいか」、さらにはその先も見越した指導をしていきます。
唯一無二の「寮生活」
本校が誇る「全人教育」を支えているのは言うまでもなく日々の寮生活です。寮生活のメリットはと聞かれれば、迷わずこの2つであると答えます。それは「徹底して学習に専念できる」こと、そして共同生活を通じて「自分とは異なる価値観に触れる」ことです。
現在のコロナ禍では、全生徒が通学せず校外への移動がない寮生活は、感染防止の面においてより安全な環境であると言えます。そして、通学に時間がかからない分、その時間を学習や部活動に充てることができます。本校の進学実績が、日本国内外を問わず躍進している理由もそこにあると疑いません。もちろん、寮で行われている生徒同士の「教え合い」も、互いに切磋琢磨し理解を深めながら学力向上に貢献しています。まさに生徒たちが、日常生活の中で自然に学力・人間力を伸ばすことができているのです。
本校のハウスは全12棟あり、1棟につき約60名、フロアごとに20名の生徒が寝食をともにしています。その中で、帰国生の割合は約4%ほどです。ハウスは正に社会の縮図そのものであり、生徒一人ひとりが「人は違って当たり前」という多様性に当事者として直面しています。お子さんが何かやりたいことを見つけた場合、家庭であれば両親を説得するだけで済むでしょう。しかしハウスでは、全国から集まった価値観やバックグラウンドが全く異なる60名を説得しなければならないのです。当然、自分の意見をはっきり正確に伝えなければ誰も賛同はしてくれません。
互いの「良さ」を認めつつ、自らを律し仲間のために尽くす。寮生活では日々そのような素養が育まれ、社会性や協調性はもちろん、コミュニケーション能力やリーダーシップが培われるリーダー育成には抜群の環境と言えるでしょう。こうして「将来の日本を牽引する人材」が、確実に育成されているのです。
海外で暮らすご家庭へのメッセージ
海外で生活している皆さんは、日本で暮らしている人が経験できない貴重な体験をたくさんされていることでしょう。滞在期間には、思う存分それらの体験を味わってください。帰国生は、考え方が尖っていたり笑うツボが違っていたりと、良い意味で「ユニークな子」が多いと感じます。海外での経験は、どんな些細なことでも必ずや役に立つと確信しています。帰国後は、どうか海外で得た知見を日本に適応させようとせず、むしろ、日本を変えていくくらいの気概を持ってあらゆることに挑んでいただきたいと思います。
経験が豊富という点では、全寮制で全国から生徒が集まってくる本校の環境も似たところがあります。「実体験」とそれを膨らませる「創造的体験」を特に重視しているため、受験や就職の面接で話す内容にはこと欠かず、生徒のほぼ全員があらゆる面接で成功している実績は誇らしいと自負しています。海外生の皆さんにふさわしい、世界の多様な価値観を理解し相互に敬意を払うことのできる土壌は、ここに十分備わっています。将来、国際社会で活躍するための力を極めようとする皆さんを、心からお待ちしています。