グローバル教育
宇宙航空研究開発機構 宇宙飛行士 星出 彰彦 氏

 私は昨年11月に国際宇宙ステーション長期滞在から帰還し、現在 はアメリカのヒューストンにあるNASA(アメリカ航空宇宙局)で訓練 を続けながら技術業務に従事しています。宇宙に行くまでの道のりは決して平たんではありませんでしたが、あきらめず最後まで夢を追い続けたことが、今日の自分につながっていると感じています。


写真:JAXA/GCTC

アメリカ、日本、そしてシンガポールへ

私が漠然と「宇宙に行ってみたい」と思うようになったのは、幼少 期のことでした。3才からアメリカで暮らしていたため、ケネディ宇 宙センターやスミソニアン博物館を訪れる機会があったことは、「宇 宙」という存在をより身近に感じさせてくれたと思います。

 小学2年で帰国し、宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999を見て更に「宇 宙」への興味が深まりました。小学校の作文には「宇宙飛行士になり たい」と書いていたようです。中学からはつくば市にある茗渓学園で 寮生活を送りました。高校生の時に毛利衛さん、向井千秋さん、土井 隆雄さんの3人が初の日本人宇宙飛行士に選ばれ、その後宇宙飛行士を職業として意識するようになりました。具体的に宇宙飛行士になるためには何をしたら良いかは分かりませんでしたが、「国際感覚」と「英語力」は必要になるだろうと思いました。それが後に留学する大きなきっかけとなったのです。

 留学期間が2年間と長く、多国籍の学生がいる点に魅力を感じ、世 界中にあるUnited World College( 以下UWC)に派遣してもらうべく、 奨学生の試験を受けました。そしてシンガポールのUWCへ留学しました。

 シンガポールでは、いろいろと新しい経験をすることができ、またそこでできた友人は一生の財産となりました。異なる文化の友人たちと寮生活を送りさまざまな経験を共有したことで、一人の人間として相手を見ることができ、国籍や国民性などを意識しなくなったと思います。現在15カ国が参加している国際宇宙ステーション計画ですが、そこで仕事をする上でも、シンガポール時代の経験が役立っているのではないでしょうか。

壁を乗り越える

 人生にはさまざまな壁があります。私もここまでいくつもの壁を乗り越えてきました。

 シンガポールでは「言葉の壁」にぶつかりました。帰国子女として 英語に多少の自信はありましたが、実際に行ってみるとスラングもあり、しゃべりも早く、また多様な国籍ゆえに訛りもさまざまで、思うように聞き取ることができません。授業は全て英語で行われ、何とかなるだろうと思っていた数学でさえ問題が理解できず、必死で勉強しました。3 ヶ月が経った頃、気がつくと授業にも何とかついていけるようになっていました。その後は学校の活動にも積極的に参加し、友 人と遊びに出かけることもできるようになりました。

 宇宙飛行士になるときの選抜試験も「壁」のひとつでした。3度目の チャレンジでようやく試験に合格し、候補者になりました。好きなこ とだから挑戦し続けることができたのだと思います。「あきらめなければ必ず実現する」というほど甘くないのかもしれませんが、もし途 中であきらめていたら、そこで確実に道は閉ざされていました。

船外活動の準備中
写真 : JAXA/NASA

 宇宙飛行士の「訓練」にも壁はありました。宇宙遊泳をするときは、 歩くのではなく、手で手すりなどを伝って動きます。手で何かを操作 するときは手すりにつかまりながら片手で行い、両手で操作する必要 があるときは、足場に足を入れて両手を解放します。この「足場に足 を入れる」ことが私は上手くできず、他の飛行士が5分とかからない ところを30分かかってもできないなど、当初は苦手にしていました。 しかし何年も訓練を積む中で、ある時ふと「こういうことだったんだ」 とコツをつかむことができました。それが克服できていなければ、昨 年国際宇宙ステーションで、3回の船外活動を無事に成功させることはできなかったでしょう。  宇宙飛行までの道のりは長いですが、新しい何かを知り、できるようになる時の喜びは大きい。だから困難なことでも前向きに楽しみながら取り組み、楽観的に「どうやって乗り越えようか」と考える。こ れは、宇宙飛行士に共通することかもしれません。

「 チームワーク」の大切さ

宇宙での仕事は、一人でできる仕事ではありません。ロケットなどの開発者、訓練や健康管理の担当者、地上で指示を出し見守る管制官 などを含む、大きなチームの一員として仕事をします。国際宇宙ステーション計画という一つの大きなプロジェクトの中で、国の利害や文化 的背景など色々な違いを乗り越え、共通の目標に向かってお互い助け合います。その際、重要な鍵となるのが「チームワーク」です。

 「チームワーク」で大切なことのひとつは、自分の意見がもし通らなかったときでも最終決定をサポートする姿勢だと思います。仕事に は100%の正解があるわけでもなく、一つしか正解がないわけでもありません。そのためいろいろな意見を率直に言い合い、議論の末に決 定されたことには従って、前進することが大切でしょう。「リーダー シップ」に対して「フォロワーシップ」という言葉を私たちは使いますが、決定事項に従ってチームに貢献するフォロワーとしての姿勢も、「チームワーク」の中では非常に重要なのです。「リーダーシップ」と 「フォロワーシップ」は、局面に応じて使い分けてもいます。例えば、スペースシャトルにはトップのコマンダーがいますが、搭乗している 宇宙飛行士は常にフォロワーではなく、船外活動やロボットアームの操作など、作業に応じてリーダーになる場合もあります。フォロワー とリーダーの両方のバランスをとりながら、状況に応じて必要なことを実行していくことが大切なのです。

国際宇宙ステーションにて
写真 : JAXA/NASA

 チームワークを保つためにもう一つ大切なことは、「楽しくやる」という姿勢でしょう。チームが楽しく仕事をすることで良い循環が生まれることを、これまでのミッションで見てきました。宇宙で楽しく仕 事をしていると、地上のチームも楽しく対応でき、そのお陰でまた宇 宙のチームも楽しくミッションを遂行できます。より良いスパイラル に入っていき、チームワークが強まるのです。

続いていく夢

 「宇宙に行きたい」という夢は長い年月を経てようやく実現しましたが、夢がそれで終わったわけではありません。一つの夢が実現するとまた次の夢が出てきて、限りなく続いていくものだと感じています。

 私の長期的な夢は、「いつか多くの人に宇宙に行ってほしい」ということです。今は限られた人しか行けませんが、技術の進歩により宇宙 空間は、月面着陸を目指したアポロ計画当時のように特殊な環境ではなくなってきています。もちろん宇宙空間にはそれなりの危険がありますが、国際宇宙ステーションの中では普通に食事をして、普通に寝て、普通にトイレにも行き運動もする、日常生活の延長であるという 感覚がありました。飛行機に乗ることもかつては非日常でしたが、今 は誰でも飛行機で各地に出かけ日常化していることと似ています。宇 宙に出かけることも、今後日常の一部になっていってほしいと願って います。

海外で暮らすご家族へのメッセージ

海外にいるいないに関わらず、挫折を経験することは多々あります。 私自身も、受験や訓練で失敗をしたり、試合に負けたり失恋をしたり、とこれまで思い通りにいかないこともたくさんありました。そのとき は深刻に感じましたが、振り返ってみると、そういう経験を経て結果的に良い方向に進んだのではないかと思います。皆さんも、壁を乗り 越える姿勢を大切にしてください。また、色々なことに興味を持って、日本では経験できないことをたくさん経験してください。英語で苦労 すること、異なる文化に触れること、さまざまなバックグラウンドを 持つ友達に出会うこと、など海外にいるプラスの面を存分に生かして ほしいと思います。「宇宙飛行士になりたい」というお子さんは、ぜひ好きなことにチャレンジしてください。宇宙飛行士のバックグラウンドはさまざまですが、それぞれの分野で努力したことが実を結び、そ れが基礎となって皆活躍しています。

 保護者の方には、お子さんたちがやりたいことをサポートし、応援していただきたいと思います。やりたいことがなかなか見つからない お子さんには、経験する場を提供し、触れてもらう機会を与えてあげるのも一案かもしれません。

 宇宙から地球を見たとき、「ものすごく色々な表情を見せてくれる 星だな」と思いました。地球は青いだけでなくさまざまな色を帯びています。砂漠の赤、海の青、真っ暗な夜と街の灯りの赤、日の出日の入りの色の変化など、ずっと見ていても飽きない星でした。何も考え ず眺めているだけで非常に幸せな時間が流れていきました。いつか皆 さんにも宇宙からこの星を見ていただきたい、その夢のために私も頑 張りたいと思います。

 

※2013年9月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。

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