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子育て・体験記 Specialist

この人からエール

UWCSEA ドーバーキャンパス校長 Frazer Cairns 氏

2012.04.25

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海外で育つ子どもたちはどのように未来へ向かって歩んでいけばよいのか、親が出来ることとはいったい何なのか。専門家から進路や将来を見据えたアドバイスをいただきます。

多言語教育の変遷

 「言葉の壁」は、海外で子育てをする方々にとって最大の心配ごとの一つと言えます。家庭で話す言葉が「少数派の言語」となる環境にいる子供は、どうやって学ぶことに(そして生きることに)対応しているのでしょうか。家庭で日本語を話すと英語の上達を遅らせたり、最悪の場合子供が混乱し、どちらも第一言語として話せなくなるのではないか、と心配されるご両親が多数いらっしゃいます。「家庭でも英語を話すべきでしょうか。日本語を話すことは間違いなのでしょうか。」という質問もよく聞きます。

 多言語教育は、様々な文化圏で古くから行われていましたが、比較的最近まで多くの専門家が「例外的で有害ですらある」と考えていました。親の「言葉の壁」の心配は、実は専門家のこのような考え方が影響しています。家庭で話す言葉以外の言語で学ぶこと(※)は、いくつかの問題を引き起こす原因として挙げられました。負荷が過大、どちらも不十分なセミリンガルになる、言語的に混乱するといった問題です。多言語教育は基本的によくないことと考えられていたのです。

 この議論は多言語都市シンガポールで非常に重要なテーマです。今日の教育研究者は、多言語教育について幸いかなり異なる見方をしています。二つ以上の言語で学習することは決して有害ではないことを示す研究結果が増えてきました。むしろ流れは反対になり、今や多言語教育は、将来非常に大きなアドバンテージを得ると考えられています。

 

多言語教育からもたらされる力

 複数の言語を話す生徒は、新しい言葉を容易に習得する能力、より高い水準で言語の構造を深く理解する能力(メタ言語意識)、言葉の持つ社会的な役割や実用性についての分析力に優れているようです。更に興味深いのは、単一言語で学習している生徒と比較すると、「ある特殊性」が多言語教育を受けている生徒の成長過程に見られると研究結果は示しています。ジュネーヴ大学のローラン・ガジョ教授によれば、複数言語を習熟する者は、純粋に言葉として理解するだけのレベルを超えて『物事の本質を理解する』力が備わる傾向にあるようです。ガジョの考えでは、何かを学習する際に異なる言語が相互に働き合い融合しながら、独創的で複合的な能力を新しく作り出します。一つの言語で成り立っている半分と、もう一つの言語で成り立っている半分が単に接合するのではなく、個性的で創造的な能力が新たに生み出され、それを活かすことが出来るのです。

 他の研究者は、「M」ファクターという考え~言葉を学び、言葉を操り(management)、言葉を維持する(maintenance)スキルのシナジーが「より幅広い認識力」につながるという考え~を出しています。例えば、同じものを表す言葉はそれぞれ言語によって微妙に異なりますが、その微妙な意味の違いのせめぎ合いをいつも経験している多言語使用者は、より柔軟に物事に臨むことができるという考えです。複数の言葉を話せるようになると、ただ単に他の言語が得意になるだけでなく、創造力が養われて、数学や科学や歴史も得意になるというのです。

(※)例えば、日本人が科学を日本語ではなくフランス語で学ぶこと。

親としての心構え

 多言語で学習することは楽な選択肢ではないですし、すぐに結果が出るものでもないということは指摘しなければならない重要な事実です。多くの子供たちは比較的早く学校で他の言語での基本的なコミュニケーションが取れるようになりますが、各教科の学習で専門用語を習得するにはもう少し時間がかかります。新しい環境に慣れるまで、全般的に成績はほとんどの生徒で低下します。しかしこの低下は、子供にとっての動機、新しい言語での会話の必要性、本人の気持ちなどの要因に左右されますが、通常中期的には修正されます。複数の言語を使う子供は、徐々に年齢相応の進歩を取り戻し、一つの言葉だけを話す友人を上回る進歩を見せることがあります。

 それでは、日本人家庭でも子供に英語で話しかけるべきなのでしょうか。答えはNoです。第二言語で学習している子供にとって、母語を維持することは不可欠だという多数の研究結果があり、第一言語で習得したスキルは第二言語にも応用することができます。日本語できちんと読める子供は、英語で読むときも日本語でのスキルを使うことが出来ます。知らない言葉が出てきても前後の文脈からその言葉の意味を類推できることなどがその例です。このため、子供に母語で良質の本を読むことを勧めると良いでしょう。同様に、文章を書いたり説得力のある議論を論文で展開する能力は、一度第一言語で習得されれば、第二言語にも応用することが出来ます。

仲間たちと

シンガポール在住の皆様へ

 インターナショナルスクールに通う多くの子供たちは、いつか母国に帰りそこで勉強を続けます。母語を嫌ったりおろそかにする生徒は、アイデンティティの喪失や、両親、祖父母、親戚との隔たりに苦しむ可能性があります。母語が途切れないように気を付けることがとても大切です。

 多言語教育は有害だという誤った結論をこれまで広めてきた専門家もいました。子供にバッハを聞かせたり、教室で鉢植え植物を育てても(多言語教育をしても)、必ずしも算数の成績は上がらない(生徒の教育に良い結果をもたらさない)、というような理論です。多言語教育の効果を生み出す要因の大部分についてまだ完全には解明されていないことは事実です。実際、学校の選択、その学校の言語カリキュラムや教え方は、生徒に大きな影響を与えるでしょう。しかし、はっきりしていることは、多言語教育だからこそ得られる将来必須の戦略性の高いスキル、異なる環境でも生きるスキルが存在することです。そして、子供たちがますます複雑で急速に変化する世界に直面する時、言葉の面でこれほど多様化しているシンガポールという都市が素晴らしい機会を与えてくれていることも確かなことなのです。

※本文は2012年4月25日現在の情報です。

「この人からエール」バックナンバーはこちら

https://spring-js.com/expert/expert01/yell/

Frazer Cairns(フレイザー・ケアンズ) 氏

イギリスのヨーク大学卒業後、経営コンサルタント、ジャーナリストを経て、その後13年間にわたり、スイスのジュネーヴインターナショナルスクールに勤務。奉仕活動を重視し、IB ディプロマに必須のCAS(Creativity, Action, Service)のコーディネーターも兼務、奉仕を目的とする旅行を数多く企画。直近は Campus des Nations校長を務める。現在、教育学の分野で博士課程履修中。複数の言語を使用する教育環境の下での言語教育に関心がある。

2011年8月より現職。

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