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この人からエール

テマセク生命科学研究所・上級主任研究者 シンガポール国立大学生物学科・併任准教授 (現:大阪大学大学院生命機能研究科 教授)甲斐 歳恵 氏

2012.06.25

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海外で育つ子どもたちはどのように未来へ向かって歩んでいけばよいのか、親が出来ることとはいったい何なのか。専門家から進路や将来を見据えたアドバイスをいただきます。

はじめに

私は、数多くある職業の中でも、研究者はもっとも世界のグローバリゼーションにさらされている職業の一つではないかと思っています。なぜなら、研究成果を世界に発表することを常に求められるからです。どこで研究していても競争相手は世界中にいるので、必然的に使用言語は英語であり、国籍・人種・性別・学歴を問わず、業績さえ認められれば、世界のどこにいてもポジションを見つけることができるのです。

私が実際に研究現場で見てきた、シンガポール、米国、そして日本の教育環境を比較しながら、それらが日本人の学生達にどのような意味をもたらすかお話ししていきたいと思います。

テマセク生命科学研究所・上級主任研究者 シンガポール国立大学生物学科・併任准教授 (現:大阪大学大学院生命機能研究科 教授)甲斐 歳恵 氏

シンガポールをとりまく教育環境

資源を持たないシンガポールは、科学立国として、この国際社会を生き抜こうとしています。そのための国家戦略として、教育に重点的に予算を割いています。大学や研究所の設備や研究内容は、欧米にひけをとらない水準で、世界中からトップレベルの研究者がその研究環境を求めて、この国に流入しています。実際に、私が目の当たりにして驚いたのは、シンガポール国立大や南洋工科大の学生はもちろんのこと、17~18歳の若い高等専門学校生(ポリテクニク)の理解力やライティング・プレゼンテーション能力、実質的な研究能力の高さです。ポリテクニクでも日本の大学よりも立派な実習設備が整っており、実習内容は日本の大学と同程度、あるいはより高いレベルでした。こうした高校までの「マス教育」のレベルは、シンガポールは間違いなく世界のトップレベルと言えるでしょう。

しかし、シンガポールの教育が100%成功しているかと聞かれると、やはり多少の弊害があると言わざるをえません。近年、改善が見られるものの、小学校からのテストによる選抜や詰め込み教育には課題があります。シンガポール国立大でファーストクラス・オナー (※1) を取るようなトップレベルの地元の優等生達が、必ずしも、鋭い観察眼を持ち、実験による仮説の検証能力を備えた、優秀な研究者の卵だとは限らないからです。

この国では功利主義が幅を利かせていますが、目先の収益を優先した応用研究だけを重視すると、科学技術は必ず先細りしてしまいます。先進国の一員として、人類の科学レベルの向上に貢献するためにも、利益だけを優先した政策を採り続けるのは、かえって国益を損なう可能性もあるのです。そのような中、基礎研究にも注力すべく、私の所属するテマセク生命科学研究所(以下TLL)は、シンガポールの投資企業、テマセクホールディングズが出資し、2002年に設立されました。TLLはシンガポール国立大・南洋工科大と提携している研究所でもあります。

同研究所の博士課程には、世界中から年間でおよそ100~150の応募書類が届きますが、私がシンガポールに来て6年、日本人の応募書類を見たのは、たったの一度だけです。 多少の日本人は大学院からアメリカなどに留学していますが、それにしても、海外の大学院に進学する日本人は少なすぎます。日本の大学院の採用基準が世界の応募基準とは異なるので、応募を両立するのは難しいという実質的な理由もあります。でも、シンガポールの大学院・研究所といった高度な教育機関ではそれぞれ、進学志望者を対象にオープンハウスを開催したり、博士課程での経済的支援も充実していますので、日本人学生も今後は日本以外での高等教育にもっと目を向けるべきでしょう。

(※1)オナー制度 英国の大学およびそれに準ずる各国の大学で採用されるオナー制度では、通常の学士は3年間で卒業し、ファーストクラス・オナーおよびセカンドクラス・オナーの生徒のみが4年目に在籍を許される。

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