グローバル教育
三菱商事株式会社 シンガポール支店<br/>HRDセンターアジア分室 室長 松田豊弘 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の人事担当者に聞きました。

商社はグローバル・ビジネスの最先端を行く業界だと思います。すでにグローバル化が徹底している商社でも社内のグローバル化に人事の面からどのように配慮されているのでしょうか。

いえ、ビジネスモデルが極めて多様化しているので、会社のすべてのビジネスがグローバル化しているわけではありません。むしろ、「日本発のビジネス」が主流なので、まだ道半ばというのが現状です。人材についても、東京本社では外国人というか「非日本人」はまだまだ少数で、漸増してはいますが、グローバル化はこれからです。このような状況の中、私は駐在員の研修に長く携わってきました。弊社の社員でも大学卒業後、入社して10 年くらい日本の本社にいると日本人だけに囲まれて「普通の人」になってしまうケースも多かったので、それを変えようという試みを2000 年からやっています。例を挙げれば、新人教育にグローバルな視点を入れるということですが、単に英語研修だけでは真のグローバルにならないので、簡単なケーススタディを入れるなど試行錯誤しました。未だ業務経験がない人が研修を受けるので、なかなか理解促進が容易ではなかったです。赴任前研修は20 年以上継続していますが、5 年前から赴任「後」研修も鋭意やっており、アジアパシフィックでは、毎年25 名程度がシンガポールで集合研修します。

具体的にはどのような研修ですか。

若い人がどんどん海外駐在する時代になっていますが、日本在勤時に「マネージャー」としての修行が十分かというと必ずしもそうではありません。アジアでのビジネスは増えており駐在員が更に必要な状況ですが、一方、本社での管理職としての経験もない、未熟な駐在員が海外に行くとなると現地の優秀なスタッフから不満が出るケースもあり、それはとても恥ずかしいことです。実際、駐在してからの実務研修だけでは追いつかないので、駐在後のケーススタディを中核としたマネジメント研修をここ3年間新たな内容と形式で実施しています。人事スキルをつけるためだけではなく、グローバルマネージャーに近づくというセミナーです。同時にアクションラーニングとプレゼンテーションを重視しており、実務と研修から「グローバル人財(人材と区別し、特別に育てる必要がある)を観る視点」を養います。ロールプレイイング、グループディスカッション、英語でのプレゼンなど手法も多様です。現在の課題は、日本語はあまりできないが英語ベースで優秀な人をどう採用して活用していくかといった点です。

今後現地採用の優秀な外国人は、出世して本社の役員になるのでしょうか?

外国人も優秀であれば、日本に逆駐在している間に正社員になるケースは、2000 年以降一定数出てきました。能力があれば雇用ステイタスは変わります。ただそれは100 人単位でないとインパクトがないと思うので、今後優秀な非日本人を組織として多数採る方向性に会社が変わると思います。その中で、より多くのグローバル人財が輩出されることを期待しています。

すなわち、日本人が英語を話し、非日本人が日本語を話すことで1+1=3 にする。各国事情を知っている外国人と駐在員の日本人を掛け合わせればグローカル(グローバル+ローカル)・インテリジェンスになりますが、高度な言語能力は不可欠です。そこでは、突然英語になったり日本語になったりする。バイリンガルの環境の中で、日本人も非日本人も相互に啓発し合って大活躍するというのが、私のイメージです。その中でどのような日本人が求められているかというと、「バイリンガル」「バイカルチャー」以上となります。このような環境の中で、役員は長期的にマルチナショナルになってゆくでしょう。

教育という視点からいかがでしょうか。

人の基幹となる「価値観」と「言動」および「行動」(= 個人の全人格)がどう形成されるかが大変重要だと思います。アイデンティティーの確立でしょうか。日本語教育が不十分で、マザー言語が確立していない中で英語を勉強すると語学的にもカルチャー的にも中途半端になってしまいあまり好ましくありません。意識的にマザー言語を決めないといけない。そして、専門性が重要です。英語ができるというだけでなく、専門領域の深い知識と実行力が重要です。

私の子供は90 年代にジャカルタで日本人学校にいましたが、校則がなかったことに感動しました。校則がないということは、皆が自律しているということが前提となっているからです。結果的に自律した人間に育ったと感じ、海外生活がものすごくプラスになったと思います。また、バイリンガル、バイカルチャーに加え「戦略」という視点を教育のカリキュラムに入れて、社会の発展に求められる素養を育んでほしいです。

戦略思考は学生では将来への「志」と考えます。こうなりたい、こうしてみたい。そしてそのためには「今」何をするべきかを考えることはとても戦略的です。

5 年後10 年後自分はどうなっているのかを日本の学生はあまり考えず、就職活動ばかり考えている現状があるのではないでしょうか。何になりたいのかがまずあって、学問はそのための手段です。目標を達成するために「戦略」と「戦術」を構築する必要があります。医者になるなら生物学が必要と言うように自分なりに考え建設的に自己構築した人が着実に目標に到達します。一つ一つ自分の引き出しを作って行くことが必要で、その工程がなく与えられるのを待っているとそれなりの結果にしかなりません。積み木を重ねるように人生の基盤を築くことが必要と考えます。

学校なら偏差値、会社なら世間の評判といった価値観が続いてきました。グローバル化時代では何を基本に教育を考えたらよいでしょうか。目標自体が設定しにくい時代だと思います。

最終的には「どういう人間になりたいのか」を真剣に突き詰めることが重要でないでしょうか。例えばわが社も震災後100 億円の基金を設立し、千人のボランティアも派遣しました。皆、喜んで行ってくれたことに深い感動を覚えました。社会的人間としての美徳・総合力が見直され、会社もそれらを重視していると思います。

人が辞める理由も具体例から研究してきました。理由は大きく3 つのファクターがあって、それは ① 待遇 ②人(仲間) ③ 仕事内容。この3 要素が揃っていれば辞めない傾向にあります。優秀な人材はこの3 点を全て追求します。尤も、3 要素の全てを充たす事は難しいことですが。まず自分のやりたい仕事やその目的を真剣に突き詰めた人は、強い土台を持っていると感じます。

私の立場では社員個々人の仕事のやりがいも常に確認します。今やお役所でも学歴重視から変わりつつありますが、人材を見る側の物差しから言えば、IQ だけが高い学生より、バイリンガル・バイカルチャーを体感しつつ、グローバル社会に対する自分としての確かな「目的」「やりがい」を持って常に自分を磨いている人材が必要と言えます。

時代のスピードがかなり早く、「この人は確実に優秀」というのがありません。変化に対して志を持ちながら自分が変化することは必要ですね。

未来を見ながら変化する必要があり、会社側も未来を見ながら人材を育てられる会社が勝つと思います。これは学生でも社会人でも同じで、毎日継続しないとそういう人材開発は難しいと思います。思い出したように「変化が重要」と教育しても無意味です。現場のスタッフ、スタッフをマネージする上司、上司をコーチする人事マネージャー等全ての人材を360度の観点から教育しないと駄目だと思います。小さい子供も同じと思いますので、先生も日々教えながらも変わる必要があるでしょう。日本では教師にはそういったチェックがあまりないらしいので、もしそうであれば取り入れてほしい視点です。

先の人物像に専門性が付くと理想的人材ですが、高度な専門家でも変人では困るので、コンピタンシー(組織において個人が持つ特性や業務実行能力)をきちんとスキルに落とし込んでいます。専門知識は、商品知識、マーケティング知識、財務とこれも多様ですが、コンピタンシーベースの研修を会社が提供することで各自のモチベーションも上がるようなイメージで、そこに適合できる人材を求めています。人物像としては繰り返しになりますが、社会における個人と集団、社会的存在としての人間、環境の中の個人と企業、これらを自分なりに考えないと中核がない人財になると危惧します。グローバル人財を観る視点は、次のような図に表されます。(図参照)

入社で求められるTOEIC の点数は

入社の時点では地頭が最重要なので低めの人もいますが、できるだけ高い人がもちろん良いです。今は帰国子女の応募が多く、2、3 カ国経験者もいます。平均は800 点以上でしょう。

今は150~200 人の新卒を毎年採用しています。数年前まで、非日本人は10 名以下でしたが、今年の4 月には20 名以上が入社します。また、87 年に女子の新卒総合職採用を始め、女性は優秀で年々増えており、今年は30 人以上の女性が入ります。これからも両方とも増えて行くでしょう。今後ビジネスモデルの変化に応じ、日本人でない方が良いという場合も増えるでしょう。バイリンガルの優秀なシンガポール人がいたら、当然採用を検討したいと思っています。

そして重視するのは語学プラス能力・適性・態度です。特にマネージメント能力(= ポテンシャル)の問題が大きいです。英語のできる人が皆、異文化マネージメント能力が高くなるわけではなく、コミュニケーション能力も言語能力だけではありません。先に述べたように、専門性とコミュニケーション能力の双方が備わっていないと駄目だと実感します。

シンガポールの皆さんにアドバイスやメッセージをお願いします。

「自己表現力」が大事だと強調したいです。自己表現力= 書くことと話すことです。学生時代から一定の明確なテーマを設定して日記を書いたり、感想を語り合ったり心がけてほしいです。森羅万象についての「考察」と「行動」を日々試行錯誤した人が、我々が言う優秀な人材に近付いていくと思います。なかなか学校教育だけでは完遂できないので親御さんの役割は大きいでしょう。交換日記をしたり、自分と自分が所属する組織についての将来像について語ったり、これも思い出したように急に始めてもあまり身にならないと感じます。また、善悪の区別等を実生活の中でその都度注意し価値観の確立を助長することも親御さんの重要な役割だと思います。

※本文は2012年3月23日現在の情報です。

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