グローバル教育
三井住友海上シンガポール Senior Vice President 児玉隆一郎 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の人事担当者に聞きました。

御社について教えてください。

MSIG Holdings Asia は 三井住友海上のアジア持株会社で、地域全体の統括や各国現地法人のサポートなど幅広く担当しています。

三井住友海上では、日本国内で毎年400 人前後の採用を行っています。そのうち3 割程度が国内外を含む転勤がある社員です。まだ数は少ないですが、今後グローバル採用が課題になるのは間違いないでしょう。国内の保険マーケットは縮小していく傾向にありますが、保険の対象となるリスクは、高齢化など社会構造が変わっていくことで、その形態が広がっていく可能性があると考えています。

一方、海外に目を向けると、当社では明確にアジアにスポットを当て、アジア事業を伸ばしていく戦略をもっています。日本を除くアジア市場はどこも成長市場であり、かつ、保険の普及度合いは日本に比べると圧倒的に低い状況にあります。東南アジア14 億人のマーケットで、保険の加入割合を考えると、まだまだ大きなビジネスチャンスがあると思います。

国内採用の3 割の人が外に出ていくかもしれない。これからは採用をシンガポールでしたり、地域のダイレクターになるということはありえますか?

当社がシンガポールのアジア持株会社から担当する地域はアセアン+香港です。2004 年に外資系損保を買収した関係もあり、東南アジアでは売上げと利益がトップになりました。アジア持株会社のCEO は外国人で、常勤のダイレクターも日本人は2 人のみ。ダイレクターではありませんが、40 歳前後で部門トップのシニアメンバーになる現地スタッフもいます。合併前の会社のマネージメントを尊重し、そこに日本人が入ったという状態が影響しているからだと思いますが、社風は日系というより外資系に近いイメージですね。また、域内各国の現地法人などに日本人駐在員を配置していますが、経営トップのうち約半分は外国人となっています。

欧米の保険会社と日本の保険会社の違いを教えてください。また日本企業のアイデンティティーや多国籍の文化のスタッフをどう使い分けていますか。

長い歴史の中で欧米の保険会社との違いを問われれば、当社は、常に長期的な視点で、地域に根ざした経営を行う、ということだと思います。わかりやすく言えば「うちは撤退しません。」ということです。日本はアジアにあり、アジアで生きていく。だから逃げません。ある国や地域で保険業界に大きな影響を与える出来事があり、欧米系の外資が撤退しても、当社は最後までその国と、そしてアジアとともにある、と言えることだと考えています。ビジネスを行う上で、長年培ってきた信頼関係は何よりも大事なことです。そういう意味で、他文化で生き抜くキーワードが3 つあると思っています。

<Customer Focused> 当社のバリューの一つでもあります。お客さま満足については、欧米のグローバル企業やアジアのローカル企業を含め、どこも一生懸命取り組んでいますが、お客さま基点の考え方は、日系企業に一日の長があると思います。

<Long ‒Term Relationship>ローカル企業や外資系の企業と比べて、日系企業の強みとして言えることです。日系の会社はお客さまとの長いお付き合いを大事にする風土が根ざしていると思います。

<Quality>どの国であっても、ビジネスで成功するための鍵は、言うまでもなく常に高い品質の製品やサービスをお客さまに提供し、かつ、それらを維持・向上させていくことであり、このことは日系企業の競争優位性でもあると言えます。そして、更にブランド価値や認知度を高めていくことも重要だと考えています。

それは非常に共感できますね。しかし、多数派の非日本人に日系企業のアイデンティティーをどう教育しますか。

一つは「バリューの浸透」です。日本国内でも推進していますが、文化・風土・言語などが異なる地域では、特に重要なことだと思っています。例えばシンガポールでは、日本に比べると人の入れ替わりが頻繁で、特に若手からミドルクラスはジョブホッピングが激しいので、優秀な人が入ってくる一方、比較的短期間で辞めてしまうスタッフがいるのが現状です。当社では、トップ・シニアクラスから、ミドル・若手まで、全ての階層が多国籍の社員で成り立っており、その中で、当社が大事にしている価値観をできるだけ早く浸透させていかなければならないと考えています。どうしてお客さま第一なのか、なぜロングタームの関係が大事なのかなど、なるべく早いうちに教えるべきだと感じています。

今の日本人学生が外国の大学に行き、御社で仕事をする際、管理職に入れる可能性はありますか。

今は売上の約1 割、利益の約2 割が日本以外からとなっていますが、今後、海外のウエイトが高くなっていくと予想していますので、そうなると日本人で海外の大学を出た人が活躍する場が増え、また、外国人スタッフが本社機能の中に入っていくということもありうると考えています。

現在は、基本的には日本採用か現地採用のどちらかですが、いずれその視点が変わり、グローバルで採用を行っていく、という可能性もあると思います。そこで大事なことは、事業を横で見るとか、縦に俯瞰するという立場です。時間軸で言うと20 年後・30 年後を見据え、自分たちが仮にいなくても、この会社がどうなって欲しいか、どうあるべきかを考えながら仕事をする視点です。そのために、常に品質の向上を意識して、お客さまとの付き合いが繋がるように日々の業務に取り組む。それが日系企業のアイデンティティーであり、また、地域に根ざした企業としての役割でもあると思います。

例えば、保険の品質として最も重要な要素は、迅速かつ適切に保険金をお支払いするということだと考えていますが、他国では必ずしもそうではない、つまり、お客さまがそのように望んでいても、保険会社がそう考えていない、という実態があり、そういう意味で、日系企業が当然のこととして行っていることが競争優位になる要素がとても多くあると感じています。日本のサービス業が海外で成功している理由も、品質やカスタマーサービスが格段に良いという点が、現地のお客さまに評価されているからだと思っています。

それは子供の教育の現場からも垣間見られると思います。日本はファストフードの店に行くと自分で片付けます。あの精神性は自分たちの教室は自分たちで掃除をする、という小学校のお掃除当番あたりから来ていると想像して、世界に冠たる教育と痛感します。当地の日本人学校でもそうさせているようですね。

例えば、子供をインター校に行かせて異文化に触れさせること自体は有意義だと思います。でも、日本人としてのアイデンティティーの長所を保持させたいなら、家での教育が重要だと考えます。日本の学校で当たり前のようにやっていることをインターでやらないのなら、そしてそれを自分の子供にやらせたいと思うなら、親の責任で、家庭でさせるしかないと思います。特にメイドのいる家庭では、注意が必要でしょうね。

最近の傾向は内向き志向が強いと聞きますが、いかがですか?

世代によって変わってきていると思います。昔は転勤は当たり前でしたが、今は、配属先によっては、国内でも難色を示す若者が少なからずいるようです。また、日本が豊かになり、海外への憧れも減ってきているのでしょうか。逆に、日本が素晴らしい国だという自覚も落ちてきているように感じます。

大学の9 月入学についてはどうですか?

新卒一括採用の流れが変わっていく傾向にあるのは間違いないと思います。当社も数年前から採用時期を4 月に限定するのをやめ、通年採用の方針をとっています。今後、学期制が変化したり留学生のウエイトが高まれば、新卒一括採用という枠は無くなる可能性もあるでしょう。しかし、日系企業の強みとも関係しますが、年功序列は崩れたとはいえ、日本の伝統的な企業文化は、良くも悪くも長期雇用を前提としているからこそ、長期的な視点でキャリア形成や経営を考えやすいという側面もあると思います。自分が20 年勤めると思うから20 年先のビジョンが見えるし、30 年勤めたからこそ自分の退職が近くても、若者のために会社の将来を考えたり技術を伝承したりできるのではないでしょうか。これが崩れたら日本企業の良さも崩れてしまうのではないか、というのが危惧される点です。新卒一括採用という流れは変わっていくとは思いますが、長期雇用を前提とする企業文化は、ある意味、日本企業・日本社会そのものの強さではないかと考えます。それをどのように残しながら、雇用をどうグローバル化させるかは、多くの日本企業にとって直面する重い課題でしょう。今日までの雇用慣行があったからこそ、世界から支持される高品質や、お客さま第一主義といった日本企業風土が育まれてきたのだと言えるのではないでしょうか。こういった特性を持つ日本企業・日本社会の強みを考慮して、大学教育のあり方も考えてほしいと思います。

求められる人材は?

自ら学び、考え、チャレンジし、成長し続ける人財(人材と区別)、そして、グローバルな視点を持ち、自らの発想力、行動力を持って新しい時代を切り拓ける人財。そのような人財を求めています。

また、当地のスタッフには、社員に求めるスキルや能力として「Learning Agility」という言葉を用いて説明しています。「Learning Agility」とは、新しい環境に適合し、自分の持っている潜在的な能力や経験・スキルを、異なるフィールドに対して適応できる能力(再現能力)のことで、色々な環境においてきちんと機敏に学ぶ能力(学習能力)があることを意味します。即ち、自ら学習して成長することができる人財であり、例えば、学生時代に経験したリーダーシップが、社会に出てからどのように再現できるのか、ということです。

成功したことをきちんとよく考えて、後の新しいことに成功イメージを持てるかどうかですね。思考停止するようでは駄目ですね。受験勉強だけしてきた何割かの子は心配です。

受験勉強の努力が、違うフィールドでどのように活かせるのか、ということも考えて欲しいと思います。4 時間集中して勉強できるということは、4 時間後までに出さなければならない企画書を完成させる集中力に繋がるなど、そこで得た知見が別のシーンで応用できるか、即ち再現できるかどうか、ということだと思います。

また、海外にいるからこそ意識できることもたくさんあります。日本を改めて好きになったり、日本にいないからこそ体験できたり、改めて見えることが無限にあると思います。

※取材は2012年3月に行われたものです。

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