グローバル教育
東京海上シンガポール Managing Director 紀 聖治 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の人事担当者に聞きました。

東京海上シンガポールについて教えて下さい。

もともと歴史は古く、1957年に初めてシンガポールに進出し、1977 年に現地法人化をしました。当時はシンガポールに進出している日系のお客様の海外進出サポートが中心でした。東京海上グループは、2000 年以降非日系ビジネスへの進出も強化し、地場のお客様を対象とした事業展開を加速させています。ゼロから事業を立ち上げるだけではなく、M&A によるビジネスを拡充させており、2008 年に英国や米国等で実施した大型買収が現在の海外収益の柱の一つになっています。

シンガポールでも、2006 年に地場の損害保険会社を買収しました。その後2008 年に同社と合併、それ以来、業務が一段とローカライズしています。従業員も合併以前は80 名ほどでしたが、現在は約190 名、うち日本からの駐在員は5 名のみで後は非日本人スタッフです。シンガポールには東京海上のグループ会社が6 社あり、その6 つの会社を合わせると駐在員は30 名以上、非日本人スタッフを入れたトータルの社員数は500 名ほどになります。その6 社500 名が2010 年10 月に竣工した現在の自社ビル、Tokio Marine Centre に一同に会しています。

グローバル展開は加速していますか?

1879 年( 明治14 年) に東京海上保険( 東京海上日動火災保険の前身)がわが国最初の損害保険会社として設立されました。以降、直ちに上海や韓国、翌年には英・米・仏に進出しましたので、東京海上の海外展開は古い歴史を誇ります。創業時、国内の損保事業はまだ黎明期の時代でしたから、まずは保険の先進国である海外での営業展開を加速させたわけです。その後大正、昭和とかけて日本が著しい経済発展を遂げるにつれ、自国において船舶や貨物、そして火災・自動車といった保険販売が急速に伸びた結果、創業時とは逆に国内での売り上げ割合が大半を占める時代が長く続いていました。

しかしながら1990 年代以降、経済発展の鈍化、少子高齢化等による国内損害保険市場の縮小が顕著になり、新たな成長の源泉を求め損害保険会社各社はあらためて海外進出を加速させてきました。現在東京海上グループでも世界39カ国427都市に拠点を置き海外市場での事業展開を大きく拡げています。業績の面においても2010 年度の東京海上グループ全体の利益のうち3割を超える割合が海外での保険事業でもたらされた利益となっています。但し事業の柱は今もあくまでも国内に置いていますので、その上で海外事業も含めグローバルベースで安定的に収益を拡大させていくことが今後の課題となりますが、その課題を達成する上で欠かせないのが、グローバルに活躍できる人材の育成だと考えています。

求める人材は?

私たちが求める人材像は、「自ら考え、発信し、行動する個性豊かな人材」です。当社は世界でもトップクラスを目指す損害保険会社であり、さまざまなクライアントに対して、ニーズをくみ取る力とマルチタスクに対応できる多様性が必要です。色々な個性が集まって初めて私たちのビジネスは成立すると思います。

採用方式は基本的に以前と比べて大きくは変わっていません。面接重視です。面接の中で何を語れるかが一番のポイントで、学生さんがこれまでどのように生きてきたかという生きざまを見させていただきながら、あくまで人物本位で採用選考を進めています。

採用では、語学力や留学経験だけを重要視することはありません。言葉はあくまでツールであると考えています。よく考える人で英語ができない人と、英語はできるが物事を深く考えない人と、どちらの人材を海外に送るかといえば、やはり前者です。先ずは日本語で語れる人、自分の言葉でしっかり語れる人でないと難しいでしょう。語学以前の問題として、好奇心が旺盛で感受性が高く、相手の身になって考えることができる人。人間としての基本的な品格を持つことが大事だと考えています。

グローバル人材の育成についてはいかがですか。

現在の全世界の従業員数は30,000 人ですが、そのうち4 割を超える約13,000 人は非日本人スタッフが占めています。先にお話した海外展開の積極方針とあいまって、こうした事業環境・仕事環境のなかで、グローバルに活躍できる人材をより多く育成していくことが当社グループにとっての急務となっています。現在駐在員および海外長期出張者は世界中に約250 名派遣されています。東京海上では、入社時転居を伴う転勤があるかないかで社員は「全国型」、「地域型」の2 つの勤務地区分に分かれます。従来でしたら海外勤務は全国型社員のみが対象でしたが、最近地域型社員からも海外勤務希望者の応募を募った結果、地域型の海外駐在員が実現しました。こうした取り組みを続けていくことでグローバル人材育成のための裾野を広げ、層を厚くすることができると考えています。

また来年度からの本格的実施を検討しておりますが、今後は特に入社3年以内に積極的に海外に行くチャンスを提供したいと考えています。早い段階で海外に触れる機会を提供することにより異文化を肌で感じ、多様性の本質を理解してもらおうという考えです。

このようないくつかのサイクルが回り出し、軌道に乗ることでこれからのグローバル展開を支える人材が確実に増えていくものと期待しています。

非日本人の採用・育成についてはどうですか?

海外の売り上げが増えるにつれて、間違いなく非日本人採用は増えるでしょう。現地採用の優秀なスタッフをより積極的に育てていき、そのスタッフに日本の本社で働いてもらう、あるいはその出身国だけでなく色々な国のグループ会社で活躍してもらう、といった仕組みも、最近打ち出した「Global HR Policy」という考え方の中で企画・検討を進めており、既にそうした観点からのいくつかの人材育成プロジェクトもスタートしています。しかし、日本に駐在して、あるいは国をまたがって働き東京海上グループに貢献したいという高い意欲を持ってくれる優秀な非日本人スタッフをどうやって発掘していくのか、またそうしたスタッフをどのように動機付けていくのか、そのための処遇や人事制度をどうするのかなど、今後取り組むべき難しい課題もあります。東京海上として海外との結びつきには長い歴史がありますが、こうした諸問題を乗り越え、地球規模で真にグローバライズされた企業グループとなるにはまだこれから多くの努力を要すると考えています。

その一方で、ローカル化・グロバール化を進める過程において、日本人駐在員の役割は何なのかを今一度考え直さなければならない時期に来ていると思っています。非日本人スタッフの目から見ると、駐在員は来てもようやく仕事を覚えた頃に帰ってしまうし、コストも高い。従ってシンガポールの会社単独で考えれば、非日本人スタッフだけの運営でも、その業績さえ上がればそれで良いという理屈になるかもしれません。

しかし、たとえ海外においても東京海上のグループカンパニーである限り、グループとして外せない芯の通った一つの理念を持ち続けなくてはならないと思いますね。同じ東京海上のロゴを配していながら、その本質的な経営理念が国によって異なることはありえないと思いますし、またそうならないように世界規模で横串を刺していくのが、この時代においても日本人駐在員の変わらぬ大切な役割であると考えています。

日系企業としての御社のアイデンティティとは?

昨年東日本大震災がありました。わが国にとってももちろんのことですが、保険業を営む東京海上グループとしてその130年を超える歴史においても比類のない大変な出来事でした。今こそ保険会社の本来の使命を尽くすときと認識し、全社員が一丸となって被害を受けた方々のために全力で取り組みその使命を果たそうと努力いたしました。被災直後、全国各地から多くの社員が志願して、宿泊もままならない被災地の業務支援に向かい、またその支援も単に保険金支払い業務に留まらず、生活支援などにも及びました。お客様が未曾有の災害に遭遇されたので当然ではありますが、あくまでもお客様本位で行動し、そのサービス品質のレベルアップにこだわるところは日本企業の誇れる美点であり、日系企業が世界の中で評価されている大きな理由の一つだと思います。従ってそこはしっかり保持していきたいですし、また仕事のやり方がその国流に進みコストとの優先順位が取りざたされたとしても、この方針は変えずにいたいと思っています。その国でそこまでのサービスレベルが求められていなくても、「敢えてそこまでやってみよう」と発想したいと思います。日本流のあるいは当社流の質の高いサービスは少々時間がかかっても国境を超えてお客様に認められると確信していますし、将来会社の大きな強みになると思っています。

日本の教育について思うことはありますか?

以前イギリスに駐在し、子供を現地校に通わせていましたが、生徒それぞれのレベルや個性にあった教育を実現していて素晴らしいと思いましたね。また、小さい子供でも政治や経済に関心を持ち、自分の意見がしっかりと言える点は見習いたいですね。日本の学生が外国人学生とディベートをするとなかなかついていけないと言われますが、こうした教育環境の違いを見てきただけにその状況はよく想像できます。自分の主張を自分の言葉でできるということは、これからグローバル人材として成長するためにはとても大切なことだと思います。

政治・経済の分野でも文化・芸術の分野でも、もっと若いうちから自分はそれについてどう思うかをきっちりと発言できる人を育てていかないと、わが国の真のグローバル展開は厳しいと思います。受験対策の詰め込み学習ではなく、一つの事象の本質に興味を持たせながら実際に自分で考えながら学ぶことが重要だと痛感しています。

シンガポールの保護者やお子さんにメッセージをお願いします。

当社が掲げる「自分ら考え、発信し、行動する個性豊かな人材」となるための要諦は、大学に入ってからの4 年間で促成栽培できるものでは決してないと思います。高校卒業までの18 年間の生きざまの中でその基礎がしっかりと培われていることが必要であると考えます。まずはお子さんの個性を重視して伸ばしてあげることが大切で、多くの人と交わり、話し、喜びや悲しみを共にする経験をどんどんさせてあげて欲しいと思います。

机上の勉強も大事でしょうが、せっかくの経験ですから、ここで異文化に交わり、いろいろな人にその考えを問いかけ、そのさまざまな考えを聞いて、今度は自分で考える習慣をつけてあげて欲しいですね。それは間違いなくお子さんのその後の人生にプラスになるでしょう。

これからのグローバル時代、企業が求める人材も変わってきています。もちろん学校の成績で計られる基本的な能力も大切ですが、一方、多様な環境の中で、いろいろな人と一緒に仕事をしていくには、相手の身になって考えることができる人、相手と同じ目線でものが言える感受性豊かな人でなければなりません。誰もが一目おけるような、たおやかな人間としての力(=人間力)を持っていることが一番大きいですね。お子さんには、色々な国の人や文化と接する環境にあるからこそ可能な、より幅や奥行きの備わった日本人としての人間力を身につけてあげて欲しいと思います。

※本文は2012年6月25日現在の情報です。

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