グローバル教育
Human Capital Leadership Institute Business Development Manager 田原 朱 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の人事担当者に聞きました。

Human Capital Institute とはどういった機関なのでしょうか。

Human Capital Leadership Institute(以下HCLI)は、シンガポール政府の人材開発戦略の一環として2010 年に設立されました。シンガポール政府人材開発省(Ministry of Manpower) と経済開発庁(Economic Development Board 以下EDB)がスポンサーとなり、シンガポール経営大学(Singapore Management University)を戦略的パートナーに持つ研究機関です。

「アジアのためにアジアから」をモットーに、急成長を遂げるアジアで企業のリーダーシップ育成と人材管理能力の促進を支援しています。産業界の必要に応じてアジア全域のリサーチをもとにエグゼクティブ育成プログラムを開発し、官・産・学の豊富なネットワークを駆使してグローバルリーダーを育成するとともに、国際舞台を先導していく能力を備えたアジアのリーダーを育てることを目指します。

具体的にはどのような事業内容なのでしょうか。

シンガポール政府は国家の人材開発戦略として、「Home for Business」(ビジネス促進)、「Home for Innovation」(イノベーションに富んだ事業を積極的に誘致する)「Home for Talent」(アジアにおける人材のハブ機能を持たせる)の3 本の柱を掲げています。

これらを達成するために当機関が行っているのは主に「リサーチ」と「エグゼクティブ研修」です。

「リサーチ」は、アジア全域の多様な業界を調査することで「アジアのリーダーシップ理論」を探究し開発することに力を入れています。今まではリーダーシップというと欧米の理論が基本になっていました。アメリカ発の理論も多く、リーダー論そのものが欧米式の考え方でした。アジアのリーダーシップは欧米とは文化的背景の違いが影響し、受け入れられるリーダーシップスタイルが異なるため、その特徴を徹底的にリサーチし、人材育成に役立ててもらおうというものです。

「エグゼクティブ研修」では、アジアにおけるビジネスリーダー育成のプログラムを提供しています。マーケットを熟知した最高の人材を講師に選定することにより、より企業のニーズに応えられるようにしています。

対象企業がアジアの企業の場合は、更に広域にグローバル展開するためのリーダーシップ育成についての研修を提供し、欧米企業の場合はこれからのアジア展開にあたってその成否を託すリーダーシップ育成についての研修を提供します。私は日本企業と日本のパートナーを担当しており、アジアから更に広域にグローバル展開する際のサポートを実施しています。

アジア型のリーダーシップと欧米型のリーダーシップの違いについて教えてください。

アジアのリーダーはグループ志向や仲間意識がとても強く、欧米のリーダーは個の意識が強いと感じます。つまりアジアでは「社員みんなで頑張ったから自分の会社が成功した」と考え、欧米では「自分の活躍のお陰で企業が良くなった」と考えるのでCEO のメッセージを聞いていても自分の活躍をしっかりアピールする傾向があります。「上司が絶対上位である」という気風が強くあるように思います。この違いを理解した上でサポートしています。欧米人に対してはアジアの経済や政治文化を理解してもらい、日本や韓国、中国など各国の違いをしっかり把握してもらうことが大切だと感じています。それぞれの国に合わせて自分のスタイルを上手く変えていかないとリーダーとして機能していかないからです。

日本人の課題、日本人の子どもたちに必要なことは何だとお考えでしょうか。

日本人はコミュニケーション能力に課題があります。欧米では子どもの頃から学校でディベートの授業がありますが、日本人の子どもはそのような経験が少ないように思います。自分の意見をしっかり伝えることもそうですが「リーダーシップを育てる」という意味でも経験が少ないと感じます。今の世代はインターネットなどの普及により個人で過ごす場が多いですし、塾通いで忙しく、集団でスポーツする場も限られています。そのためグループの中でもまれて自分の役割を考える場が減ってきているようです。グローバル化のもとでは対人能力が一番必要ですから、日頃からチームスポーツに参加するなど機会を見つけて、自分の意思表示をする場を見つけることが大切だと感じます。

またビジネス界では、日本人は日本人だけで群れているという印象をもたれがちです。実際はそれぞれの国の方が自国民と群れやすいものであるのに、日本人は特にそう思われてしまう節があります。その原因はおそらく職場での日本語でのコミュニケーションにあろうかと思います。中国人や韓国人などの非英語圏の国の人も、特に自国外では英語がビジネス言語です。私の研修でも参加者の大多数が日本人であっても、日本語を話さない人が一人でもいる場合は英語でのやりとりに変えていただくようにはじめにお願いしています。これは実際のビジネスの場においては地元スタッフと日本人スタッフとの信頼関係で重要な点だと思います。

グローバルな世界を生き抜く上で大切なことは何でしょうか。

今はビジネスにおいて「スピード」が大事な時代です。個人でも会社でも意思決定に時間がかかるのは非常に大きな問題だと思います。

例えば、EDB の決まりの一つに「メールを受け取ったら48 時間以内に返す」というものがあります。単に「受け取りました」という返信ではなく、ある程度の回答を入れて48 時間以内です。かなり厳しい事例ですが、特に時間を争うビジネスであれば、3 日以内に返信をするのが普通になるでしょう。100%はっきりした返答でなくてもおおよその回答を出さなければ、他に話を向けられてしまう場合も出てくるでしょう。

意思決定が遅いのは組織運営の方法に問題があります。合意を取る人の数を少なくするとか、プロセスを省くなど、責任を分担して時間短縮に努める必要があります。そこから変えていかないと世界のスピードにはついていけないのではないかと危惧しています。

国際舞台で「日本人として」評価されている部分はありますか。

日本人が素晴らしいのは「改善」や「シックスシグマ(事業上のミスや欠陥品を徹底的に減らすための手法)」「コンセンサス(みんなで協調し合って解決し合うこと)」でしょう。一時的でなく長期的に見て行うマネージメントやジョブローテーションの考え方、順序立てて物事を進めるところは、日本式が素晴らしく多くの世界企業が参考にしています。

他人を思いやる気遣いや細やかさも、日本人が外国人よりも数倍優れているところです。フォローアップも丁寧です。押しの強さはなくても細やかな対応、お客さんの立場を考えて自分の利益だけでなくお客さんのことを一番に考える。その細やかな気配りは日本人特有のものだと思います。

日本がシンガポールから学ぶべき点は何でしょうか。

日本とシンガポールは国土が狭い点や天然資源がない点など似たようなバックグラウンドも持っていますので、やはり共通課題として人的資源を開発する点が第一だと思います。ただ、シンガポールは国家予算における教育費の占める割合が極めて高く、日本は先進国の中で最低レベルです。

日本は国際化の時代に対し「子どもたちが世界で活躍できるようにはどうするべきか」という明確な戦略がないように感じます。

シンガポールは「人が財産」と考えており、スカラシップにも力を入れるなど国のサポート体制は万全です。国際的に活躍している企業も積極的に誘致をしています。企業誘致やR&D(研究開発)促進により人材開発の場を作ることで、教育を受けた人材が活躍できる場がどんどん広がっています。素晴らしい国家戦略だと思います。

また日本も「移民を受け入れる」政策を検討するべきだと思います。シンガポールやオーストラリアなどは積極的に移民を受け入れ一定の成果を挙げています。日本ほど閉鎖的な政策は先進国ではほとんど見られません。賛否が分かれる問題ですが、自国の良い部分を残しながら、グローバルな環境を国民が実感できる状況を作るには、移民の政策を検討しても良いと思います。日本の高齢化を展望すれば、社会福祉に従事する人やノウハウを国際化する必要性も出てきます。こういった分野などで東南アジアの能力ある人を受け入れる体制を確立するべき時期だと思います。

日本人のご家族にメッセージをお願いします。

子どもは親が心配する一方で、素晴らしい柔軟な適応能力をもって新しい環境に馴染んで行く力があると思います。私自身の経験ですが、日本を離れて初めて英語圏に移った時、我が子の柔軟さには本当に驚かされました。当時息子はまったく英語が分からなかったはずなのに、英語ができないことを気にするでもなく友達をどんどん作って遊んでいたのです。保護者の皆さんもお子さんの姿を見て「自分も頑張ろう」と励まされた経験があるのではないでしょうか。つい「子どもにしてあげなくては」と思いがちでしょうが「子どもは自らできる」と信じてあげることも必要です。

お子さんたちが将来、日本人として世界のリーダーになるために小さい頃から養うべきことは「自分に自信を持ち、自分のことを上手く伝えられること」に尽きると思います。保護者の方もそれを意識して、日ごろからお子さんの強みが何かを意識させ、やる気を引き出すように心がけてほしいと思います。

アジア人全般に言えることですが「子どもの面倒を見すぎる」のは賛成できません。自立が遅れる原因でしかないからです。欧米人の10 代はきちんと自分の意見が言えますが、アジア人の子どもは大人の中に入るとシャイになり、自分の意見が言えない子が多く見られます。そのような時に親が代わって意見を言ってしまうのではなく、子どもの発言を待つことが必要ではないでしょうか。親が何でもやってあげるのではなく、時に子どもに任せておくことも大切なのです。

せっかくの海外暮らしだからと、お子さんにあれこれ求めてしまう保護者の方も多くいらっしゃるようですが、全部を求めてはお子さんがかわいそうだと思います。選択肢はたくさんあるのですから、長い目で見て子どもに過度に期待しないことも大切ではないでしょうか。

※本文は2012年11月23日現在の情報です。

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