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この人からエール

工学院大学附属中学高等学校校長 平方 邦行 氏

2014.11.25

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はじめに

  日本の教育は今、大きく変わろうとしています。政府主導の教育改革だけでなく、各校がグローバリゼーションの波を察知し独自に動き始めています。人と社会のつながり方が大きく変わりIT化、多様化に伴って格差も広がりつつある中で、我が国の最重要課題は「教育」です。この変化に対応するためには、教育にイノベーションを起こしながら、予測できない急激な変化に立ち向かえる力を養うしかありません。

  この時代の大きな変わり目に、私は教育者として「解なき社会の中で存分に力を発揮できる若者を育成する責任」を日々考えています。 

 これまでの日本の教育

  現在の日本の教育は、「20世紀型の教育」が明治以来100年以上にわたり続いています。「20世紀型の教育」とは、一言で言うと「正解主義」を重んじた教育と言えるでしょう。正しい答えを求めることが最も重要で、途中のプロセスはあまり重視されませんでした。教員は生徒の意見に耳を傾け発想を掘り起こしてあげるよりは、一つの結論に誘導する授業を行い、正しい答えを教えて理解させることに重きを置いていました。過去の知識や経験がそのまま社会で通用したので、それで十分だったのかもしれません。しかし、時代は変わりました。メディア、会社、個人が無数の情報を発信し未知の情報がはん乱しているため、過去の知識や経験だけで解決することは困難になっています。それにもかかわらず、20世紀型の教育という与えられた枠の中で考える傾向が、教育界には未だに根強く残っていると感じます。日本は歴史上大陸の新しい文化などを受け入れることで発展してきましたが、こと教育に関すると残念ながら柔軟性がないのが現状です。

グローバル化が進んでいる今日、人と議論し対話をする中で自分の考えをしっかり表現できるようにならなければなりません。さまざまな民族や文化を受け入れ、問題を共有しながらアイディアを出し合って課題を解決することが必須なのです。

求められる「21世紀型教育」 

 従来の教育に代わり、これからは「21世紀型の教育」が求められています。「21世紀型の教育」とは、一言で言うと未知の問題に直面したときに自ら考え解決する力を養う教育です。将来社会に出て活躍し必要とされる人間を育成する教育と言えるでしょう。

  内閣府による若者の意識調査によると、「自分自身に満足していますか」という問いに対して、日本の若者が「満足している」と答えたのは45%ほどで、海外の若者の多くが80%を超えているのと大きな差があります。「社会の現象を変えられると思いますか」という問いに対しても日本は30%に対し、欧米では50%を超えています。これらの結果は、日本の若者が諸外国と比べて自己を肯定的にとらえている割合が低く、社会に対する当事者意識が薄いことを意味しています。この調査結果には危機感を感じます。若者の多くが自己否定感を抱いているのは、日本の教育に大きな原因があるからだと考えます。いつも自分を否定しながら社会の中で活動するのは、教育上健全なことだとは思えません。

 未来を担う若者が自己肯定感を育むためには、家庭や学校、地域が一体となって一人ひとりの個性ときちんと向き合い、その個性をしっかり認める必要があります。自己否定感から自己肯定感を抱くようにするために、今こそ教育そのものが変わり、子どもや若者を見守り支える環境づくりを進めなくてはならないのです。それでは、具体的にはどのような教育を行っていくべきなのでしょうか。

模範となるPILとPBL

 私がシンガポールやアメリカの教育現場を視察した際に、理想的だと感じた教育法があります。それはPIL(Peer Instruction Lecture)とPBL(Project Based Learning)です。PILとは、1つの正解を求めるだけでなく講義に対話を導入する授業法のことで、PBLとは、具体的な課題を自ら設定しその解決に向かって取り組む問題解決型学習法のことです。

 日本の教育は、これまで知識詰め込み型の教育と揶揄されてきました。教師が一方的に教え、生徒がひたすらノートをとるという授業スタイルでは知識偏重になるのも無理はありません。PILでは教師の問いかけに対して自分の意見を持ち発表することで、クラスに貢献することが求められます。生徒同士が議論を通して相互に学び合い、教師とも議論するという双方向の授業を展開することにより、受け身で「覚える」学習ではなく、主体的に「考える」学習が可能になります。考え方が複数ある場合でも、教師が多角的に評価してあげることが可能になるのです。またPBLでは、プロジェクトテーマの解決法をグループごとに見出だしクラス全体に発表する過程で、リサーチ力、論理的に構成する力、協働学習力、プレゼンテーション能力などを高めることができます。

 学歴だけでは生活の保証がなくなっている現代、ただ知識を習得するのではなく、学んだ知識を後から活用できるかどうかが必要といえるでしょう。未知の局面に遭遇した時に的確な判断ができるようになることこそが求められます。そのためには、自ら学ぼうとする力を付け、知識の活用力や主体性、コミュニケーション能力といった実社会で必要な力を身に付けることが必須です。

 議論を組み込んだアクティブラーニング型の授業で教師が方向性を示唆し、問題解決の方法を生徒と共に考えていくことでこそ、これらの力が育まれると確信します。PILやPBL型の授業はその模範であり、日本の教育現場でも積極的に取り入れ、双方向の授業を展開する必要があると強く思います。

教育のゴールとは

 「教育のゴールは何ですか」と聞かれれば、「ゴールはないでしょう」とお伝えします。なぜなら教育とは、どこかの時点で終わるものではなく、人間は一生学び続ける必要があるからです。生徒に「何のために勉強をするのか」と質問すると、ほとんどの中学3年生は「高校受験があるから」、高校3年生は「大学受験があるから」と答えるでしょう。それは、日本の教育では学びの構造が「受験のための勉強」になっているからに他なりません。

 受験に成功し進学することは大切です。しかし学ぶことのゴールが「良い学校に入ること」であってはなりません。来たるべき将来に備えて日々学習をしているのですから、その本質を再確認する必要があります。「教育のゴール」とは、進学という中期的な目標でなく、その先に続く長期的な将来を見据えて総合的な人間力を高めていくこと、と言うことができるかもしれません。学びの本質とは「社会に羽ばたくための学び」であり、教養を幅広く持ちながら自分を深めていく学びなのです。

私学の強み

 公立学校の使命は「等しい教育機会を与えられること」で、私立学校のそれは「独自の教育理念とプログラムを作成し実行すること」です。最近の公立学校では、多額の授業料がかかるプログラムを取り入れる学校があるなど「私学化」が進んでいると感じます。所得格差による教育格差も問題視されているのでその影響もあるのでしょう。

 私立学校は、教育方針、宗教、歴史的背景、海外学校との連携など個性の強いユニークさが各校にあります。個性的な人格形成は日本の教育に欠けていると言われています。「質の高い教育」とともに「考える礎」を築くうえで、私立には独特の強みがあると思っています。文化、芸術、スポーツ、学問などあらゆる分野において、私立学校の卒業生たちの活躍を見ていただけると、そのユニークさと社会における重要さはご理解いただけると思います。

 私は、現状維持は衰退だと思っています。世界で活躍できるグローバルリーダーを育成するためには、未来に備えた教育を提供していかなければなりません。日本の教育も、今こそ変革の時です。

海外で暮らすご家族へのメッセージ

 日本に住みながら異文化を理解し受容するのは難しいですが、皆さんには目の前に大きなチャンスがあります。インターネットの発達により、ウェブ上で海外の映像や街の生活を見てバーチャルに体験することが可能になりました。しかしそこにはどうしても足りないものがあります。それは嗅覚と触覚です。嗅覚と触覚はともに、残念ながらその地にいなければ決して感じることができません。人間がその国の全てをリアルに肌で感じることができると言う意味で、五感は非常に大切です。現在海外生活を経験している皆さんは、まねをしようとしても出来ない貴重な経験を既にされているのです。全身でその国を感じ、体験していただきたいと思います。

 海外生活の中でも日本の生活様式にこだわるご家庭があるようですが、限られた海外生活の期間にあえて日本にこだわる必要はないと感じます。せっかくの機会ですから、その国の文化を満喫し多様性の中に身を置いてみてください。異なる考え方を五感で感じたお子さんこそが未来を豊かに切り拓いていくと確信しています。

平方 邦行 氏

1978年  東京都の区立中学校教諭
1982年3月で公立学校の教育に見切りをつける
1982年4月~2013年3月  聖学院中学高等学校教諭
2001年以降は、校務部長・理事長特別参与を歴任
現在:学校法人 工学院大学 理事
   一般財団法人 東京私立中学高等学校協会 副会長
   日本私立中学高等学校連合会 常任理事
   東京都私学審議会委員  等々

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