グローバル教育
日本航空株式会社 シンガポール支店支店長 河原畑 敏幸 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の担当者に聞きました。

ナショナルフラッグとして不動のブランド力を持っていた日本航空は、海外駐在の日本人にとっても特別の意味を持つ存在であったと思います。会社の再生を経てさまざまなご苦労があったかと思いますが、改めて御社のご紹介をお願いします。

まずはじめに、数多くの皆様にご利用いただいていることに、心より御礼申し上げます。当社は、1951年に「日本航空株式会社」として設立され、53年に日本で唯一の国際線定期航空運送事業を発足させた、日本で最も歴史のある航空会社です。設立当時は日本政府主導による半官半民の体制で運営され、社員はわずか39名だったと聞いています。シンガポール支店は1956年に開設され、初便の就航は58年です。当時は日本からの直行便はなく、香港、バンコク経由での乗り入れでした。 現在はこちらを基地とするシンガポール人客室乗務員(CA)を含め、市内・空港所勤務合わせて180名ほどの所帯です。業務は旅客・貨物営業、予約発券・チェックイン業務や運航オペレーション、機体整備点検といった空港業務全般と多岐にわたっています。

航空業界は華やかなイメージがありますが、実際のところはい かがでしょうか。

パイロットやCAのイメージで華やかな印象をお持ちの方が多いと思いますが、基本は定期航空運送業です。ご搭乗いただく飛行機をいかに安心・安全でかつ定時に飛ばすかが、最大の使命になります。それらの使命を遂行するにあたっては、機内でお出迎えするCA以外にも、お客様のご予約・発券等のリクエストにお応えし、お預かりした荷物や機内食を正確に積み、飛行機の点検整備を完璧に行うなど、人目に触れない部分で多くの業務が毎便行われています。個人的には、多くの人間が関わり合う「大オペレーション会社」だと思っています。

日本企業として、シンガポールでどのように受け止められてい ると感じられますか。

過去にはいろいろありましたが、現在シンガポール人の多くはとても親日派だと感じています。また最近のクールジャパンに象徴されるように、日本をアジアで成功した兄貴、最先端を走っているといった感覚をお持ちの方も多いようです。雇用面では少々異なり、日本企業に未だに色濃く残る終身雇用、年功序列的な考え方に対し、ある種の異質さを感じている方も少なくないと感じます。シンガポールでは転職が盛んで、3年前後でより待遇の良い会社へ転職する傾向があります。シンガポール人は幼児期から教育においても厳しい競争にさらされ、その結果が将来を大きく左右するため、相対的に独立心が強くなるのではないかと思います。長期雇用を前提とし、社内で育てていく日本的な雇用・就労の考え方をどのように当地で根付かせていくのかが、難しい課題だと考えています。

御社の「グローバル化」という視点で、お話を聞かせてください。

経営破たんによりいくつか閉鎖を余儀なくされましたが、依然世界で多くの支店を運営しています。海外の支店長は、私を含め大多数が日本人かつ海外駐在員です。また、空港所長や営業所長の多くも日本人駐在員が担っています。当社の場合「現地法人」ではなくあくまで「支店」として海外展開していますが、それは航空会社の特徴の一つで、日本の航空権益を海外に展開しているからです。そのため、当地のルールと共に日本のルールをも順守することが義務付けられています。 全面的な現地化が難しい理由には、各分野で日本のライセンスを取得する必要があるという事情があります。また、サービス面でも当社をご利用いただくお客様の6割強が日本人ということもあり、日本語をある程度話せる人が必要だからです。その面では、海外での採用において他業種とは少々違った方針になっているかもしれません。

再生JALに向けては、ご苦労も多かったと思います。改めて新 しい「JALフィロソフィー」について教えてください。

当社は、日本企業として経営破たんと再生を経験しました。二度と皆様にご迷惑をお掛けしないとの決意と古い体制からの脱皮を図るため、管財人のもと全面的な組織・統治機能の見直しを行いました。その中で会長として来られた稲盛さんから直接京セラさんで築いてこられた経営理念、会長のこれまでの経営者としての知見を真剣に学ばせていただきました。それらをベースに、仕事に対する姿勢やものの考え方を当時の大西社長(現会長)をリーダーに、社員一丸となってまとめたものが「JALフィロソフィー」です。現在では英語や中国語にも翻訳し、海外の多くの支店を含め、ほぼ週1回全社員が各職場で共有しています。 そこに書かれていることの中に、例えば「物心両面の幸福を追求する」という経営理念があります。幸せに生きるためには、どのような「働き方」をすれば良いのか、どのような「考え方」で日々過ごすべきなのか、航空会社としてどのように実践していけば良いのかなどを個々の経験談を踏まえ、お互いの理解を深めています。 再建を果たすまでは、とにかく業績を改善することだけに注力しました。大幅なコスト削減と共にサービスを改善し、お客さまを一人でも多く獲得する努力を社員で積み上げていくしか答えはありませんでした。当社がこの数年経験したことは、非常に大きな意味があったと考えています。「JALフィロソフィー」という共通理念のもと、個々の仕事に対する取り組み方の変化やより円滑化されたコミュニケーション等を、私を含め多くの社員が感じていると思います。

 企業のお立場で、「日本の教育」をどのように思いますか。

かなり前から個々の個性を伸ばす教育が大事である、と言われてきました。特に高度に進んだ日本のような社会では自分の得意とする分野を見出し、それを研ぎ澄まして「オンリーワン」となることが切望されています。しかし現状はどうでしょうか。小学校1年生と中学2年生の授業参観をすると興味深いことが感じられます。 小学校1年生ではほとんどの児童が「はい」「はい」と一斉に手を挙げ自分を披露しようとしますが、中学2年生になると、積極的に挙手する生徒はほとんど見られなくなります。このことは、小学校から中学校の間で授業や集団での体験などを通じ、没個性化が進んでいる現象の一つと言えるのではないでしょうか。 日本人の社会では、「間違えたら恥ずかしい」「目立ちすぎてはいけない」という考え方が蔓延しがちです。また知識の詰め込み的な授業が多いからかもしれませんが、自分の考え方を披露する機会が少ない傾向があります。海外の多くの学校では、授業にどの程度参加したかを積極的に評価し、自分の意見を持たせる指導がより多くなされていると感じます。自ら調べ・考え、わからなければ質問し、自身の意見をいかに表現するか。学問や仕事の基本ともいえるこのような流れを早期に習得させると共に、何事にも自分の意見を持つことの大切さをより積極的に指導していくことが必要だと感じます。テストの点数だけでなく、もっとクラス参加、授業への貢献に対する評価を重視していくべきではないでしょうか。

シンガポールで暮らす皆さま、特にお子さまをお持ちのご家族 にメッセージをお願いします。

シンガポール日本人学校は、児童生徒数から見ると世界で3番目の規模ですが、財政的にも安定し、英語教育、文化交流、校外活動などの多彩なプログラムを提供しています。それらを鑑みると、世界で1番の教育環境を有する日本人学校であるといっても過言ではありません。また他の国と比べても、学ぶ選択肢が非常に多く、大変恵まれていると思います。その半面、在留邦人も多く整い過ぎている面もあり、同質性が高い日本人のコミュニティーから出ることもなく過ごしてしまう懸念もあるでしょう。親御さんが積極的に外の世界(非日本人)に目を向け、関わりを持つよう努めないと、せっかく多様性に富むシンガポール社会の良さに触れることが難しいかもしれません。 語学を重要視する親御さんも多いようですが、それだけが優れていれば良いとは思えません。一人ひとりの個性を伸ばすこと、また物ごとを多角的にきちんと受けとめられる能力を高めることも重要でしょう。加えてよりグローバル化されていく世界でサバイブしていく子どもたちにとって、「多様性」を受け入れられる能力をいかに育むかも非常に大切だと痛感します。残念ながら日本人は、異質なことをリスクや恐怖ととらえてしまう傾向があると思います。 シンガポールは日本並みに安全が確保されており、多様な人種、宗教、価値観、言語が同居している国であり、かつ高水準の教育を受けられる世界でも希有な国だと言えるでしょう。お子さまにグローバルな人間形成を望むうえでは、おそらく一番チャンスの多い国だと言っても過言ではありません。お子さまには、是非いろいろなことにチャレンジしていただきたいと思います。

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