グローバル教育
World Creative Education Pte. Ltd. CEO 後藤敏夫 氏

海外で育つ子どもたちはどのように未来へ向かって歩んでいけばよいのか、親が出来ることとはいったい何なのか。専門家から進路や将来を見据えたアドバイスをいただきます。

はじめに

編集部:ここ5-10年で世界が非常に大きく変わっていると思います。アメリカ、ヨーロッパ、日本という今までの基軸が多極化し、その中心がアジアに移っています。この激動する状況を教育という視点からどのようにご覧になりますか?

後藤:日本は超高齢化と人口減少が進むことで、国全体として社会の活力が落ちてきています。毎年約12万人も減少しています。およそ苫小牧市くらいの地方都市の人口がそっくり減っているイメージです。国内マーケット縮小とGDP減は避けられず、企業が海外の成長地域で積極的に活動するため「国籍を問わないグローバル人材」を求めるのは、この状態から見て当然の話です。

 国内にいるとそれが見えず「みんな厳しい。自分もこの中で落ちなければ良い。」と思ってしまいます。教育もその延長で「せめて名前の通っている大学へ。」と考えがちですが、これでは将来の就職は相当厳しく、正規雇用に就けない層(志の低い【下流意識】の典型)と言わざるを得ないでしょう。この程度の学校なら恥ずかしくないだろうと有名大学に入れる。それで通じた時代は確実に終わっています。

 逆に質の高い国際教育を受けた、すなわち「グローバル人材」はどんどん就職が決まっている現実が一方ではあります。特に英語が堪能でネットワークを持った海外大学卒業生は、近年より一層企業の関心が高くなっています。キーワードは「グローバル化」ですが、ビジネスの世界でもアジアや中近東が活況を呈し、欧米そして日本の存在感が低くなって、その「グローバル」の意味がかなり異なってきております。そこで生きていける力=スキルや精神力を企業は求めており、そういう力を育成する教育環境を現在の日本国内の中で探すことは容易ではありません。

シンガポールで学ぶアドバンテージ

編集部:シンガポールの教育環境はかなり理想に近いと言われますね。

後藤:当地シンガポールでは英語は『アングロサクソンの文化』という意味はとうになくなり、シングリッシュといわれるように、中国人、マレー人、インド人はそれぞれ独自の特徴ある表現やアクセントをもつコミュニケーション手段「共通言語としての英語」になっています。お正月も4回(西暦の正月に加えて旧正月、ムスリムの正月、インド正月)ありますね。その中でシンガポール以外の国の色々な文化・価値観に接することもできます。他のアジア諸国では考えられない治安の良さも特筆もので、子どもだけで自由に行動ができるまさに世界でも稀な「多元的なグローバルを体感できる場」と言えましょう。

 更に重要な点は、アメリカの現地校に行っている子供が「日本語が破壊されてしまう」現象、すなわち欧米の価値観に合わせて「日本人を止めなくてはいけない心理」にはここでは決してならないところです。お互いの文化を自然に受け入れて尊重してくれる。つまり日本人が日本人として住みやすい国であることは、我々が感謝すべき最大の特徴です。

編集部:小さいころシンガポールで育つと英語や異文化を理解するセンスが磨かれますね。

後藤:当地で学んでいたある日本人留学生は、「インド人は約束の時間になっても現れないことがたびたびあり、約束を守らない。」ことに文句を言っていましたが、インド人は後からの約束でも、優先順位の高い方を優先する価値観を持っていることを知って「シンガポールに来て良かった。日本にずっといたら絶対にわからなかったことです」と語っていました。

 世界にはこのように我々と決定的に異なる倫理観・価値観を持つ人が多数いて、多民族国家シンガポールで生活すると年月とともに感覚的に分かってきます。こういう経験をした人と、30代、40代で外国に赴任にして初めて経験するのでは大差がある。「僕と君の約束はこれだけ大事だ。」と説得して、その日に来させる努力が必要なことを知らず、単に約束にルーズと考えるようではあまりに一元的です。彼らとビジネスや研究を欧米人と同じやり方でやったらまったく通じません。たとえ日本人学校に行っていても、ここシンガポールであれば、両親の日々の姿勢次第でそのような感覚は十分習得できます。

 

変わる教育環境

編集部:シンガポールにどんどんIB(国際バカロレア機構) スクールがきていますね。

後藤:シンガポールは国を教育ハブにしようという国家戦略があり、淡路島ほどの狭い国土の中に、23のインター校があります。しかも今後2年間で定員を更に5千人も増やす予定で、世界中から良好な教育環境を求めて優秀な生徒が集まるでしょう。23校の内、IBディプロマプログラムを採用しているのは17校あります。この地は世界の大学・大学院に出ていくためのまさに教育ゲートウェイになりました。IBは教育レベルが非常に高い上に大学入学時の事実上の国際標準となっているため、世界中どこの大学へ行くにも非常に有利です。

編集部: IBディプロマを取得すれば世界の大学に通じるのですね 。また東大が9月入学になると報道されました。この動きはどう思われますか。

後藤:正式には12月に決まるようですが、私は9月入学という世界標準に合わせた方が良いと思います。学期が世界と合うため海外との交流が容易になります。ちなみにヨーロッパではEU内でボローニャプロセスというシステムがあり、各大学は単位互換が可能で授業は英語という方向に進みつつあります。ドイツの理系大学は英語で授業、入学大学と卒業大学が別などということもあります。とても画期的な取り組みです。

 韓国も延世大学など授業を英語で教育する大学が増え、韓国の企業にグローバル人材を送っています。台湾でも同様の流れが出てきています。日本で一番頑張っているのは大分の立命館アジア太平洋大学(APU)で、留学生数も多く(約45%、81ヶ国)英語での教育が徹底しているので、学生はみな優秀で就職率も高い。彼らのライバルは日本でなく、韓国や台湾の大学だそうです。

 東京大学はこのような教育環境の変化をとらえ、世界トップランクを維持するには優秀な留学生を入れて活性化し優位性を維持する必要があるでしょう。外国人の教員は何名か、論文がどれくらい外国人に引用されているか、海外の留学生をどれくらい正規留学させているかなど国際化への課題が山積する中、9月入学は自然の流れと感じます。

編集部:日本の大学はこの大きな変化に対応できるでしょうか。

後藤:多くの日本の大学の現状はまるで鎖国をしているようです。入学式は桜の季節と言う固定観念と9月になると半年期間があくという躊躇(ちゅうちょ)の思いがとても大きい。これはクリアすべき第一の問題です。

 第二の問題は、日本の産業界が、現在の入試や教育に関して疑問を持っていて、教育の現場とのかい離が大きいことです。世の中に出たら絶対的な正答はなく、自分で回答を探さなければならない。そういう能力をもつ人材が少ないので、いわゆるピサ型の学力が必要なのです。センター試験はトレーニングすれば点数が上がりますが、問われる点は「その学生の質」ではなく、「どれだけの期間、効率的に訓練したか」に他なりません。一つの予定調和の問題をどう学習するかという能力の高い人がいわゆる高いランキングの大学に入っています。

 日本の就職はまだまだ新卒一斉採用で、3年生から就職活動を開始します。1,2年は一般教養、専門科目は3年から、そのときに就職活動が始まるのでは勉強しないも同じです。「日本の学生は使い物にならない。」と言われるゆえんで、大事な時期にもう少し違う勉強をやって欲しいところです。今回、東大が動けば影響は大きく、700数校の大学は全部やるかもしれません。センター試験など従来の入試システムも見直され、世界標準化に合わせられるかが問われる点になるでしょう。

学校選択について

編集部:シンガポールの学校に入る上で気をつけたい点を、読者の方にアドバイスしていただけますか。

後藤:最近は、せっかくこの地へ来たからインター校という人が増えています。しかし、幼稚園からインター校に行かせる場合、日本語の土台が壊れてしまうケースがあります。一見判断しにくいですが、中学生に数学を教えていて、問題が理解出来ない生徒と話をすると幼稚園からインター校の生徒が多いという現実があります。一番大切な言語形成期は10歳までの期間です。そこから論理的思考に入りますが、土台の言語がきちんと確立されていないと論理的思考に入れません。インター校はこの点ハイリスク、ハイリターンなので、しっかりとした日本語の基礎を家で教えることは不可欠です。家でも英語を話すのは間違いで、日本人のアイデンティティーを重視するなら、家庭ではしっかりとした日本語を使う、ニュースを日本語で見てきちんと会話をする、本を読む習慣をつけることが極めて大切です。10歳を越えたら選択の幅は広がります。その前に入れるなら、家や塾できちんとしたサポートをして下さい。

 日本人学校はやはり基礎的な日本語の土台をつくる上では有利です。生徒は仲間を作るのがうまくて社会性が高いと思います。同窓会も盛んで出席率も良いようですね。海外で働いたり、海外の大学に進学している卒業生もかなり多く、モビリティーがある(世界中どこでも行き、生活したり働ける)という強みが垣間見られます。生徒の出入りが激しく、子供にとっては辛いですが、幼いころから「一期一会の世界」を実感できて、人とのつながりを感謝・大切にする心を育むなど、インター校同様、多様性を大切にできる良さがあります。しかし日本と同じ事ばかりをする、という考えはいけません。日本と違う当地ならではのことをするという発想も是非お願したいですね。

編集部:英語学習はどう強化したらいいでしょうか。

後藤:何となく英語ができれば良いと考えている親御さんが多いことも事実ですが、言語は表現や理解をつなぐもので、論理的に書いて表現できなくては意味がありません。極論するとthの 発音ができなくても、語彙と学術用語に裏付けられた文章やエッセイが書ける力の方が強いのです。また「英語を勉強する」と「英語で勉強する」の区別がついていない人が多いです。将来、グローバルな社会でのビジネスや研究に通じる上で、「学生時代に英語で勉強する」経験の有無は、その先の差を大きく広げます。昨今の東大の英語試験を見ると文法問題などは出ない。教養に裏づけられた内容について理解を問う問題が増えています。インター校の英語に近いのです。教養を深めるためには、理科・数学・歴史などまんべんなく勉強すべきことは言うまでもありません。

 また IBは「自らの民族語と民族のアイデンティティを大事にすること」を強く推奨しています。バイリンガルデイプロマはその証です。この点はもちろん就職のときに重要視されます。日本人で日本語が出来ない生徒は、逆説的ですが、グローバルの社会だからこそアウトとなってしまいます。

強みを持つということ

編集部: 将来の日本を担う子供たちに最も大切なことは何でしょうか。

後藤:私は「モビリティー」ということに尽きると考えます。言葉、仕事、生活が他の国の人とできるか否か。そこで階級格差ができてしまうことは確実です。どんどん縮小するマーケットの中でしか生きることができない人と状況によってどこへでも行ける人。これが大変な差になるでしょう。シンガポールは、異文化の国の人と共に生きる感覚を身につけられる貴重な場所です。その経験を持ち帰り活かして欲しいですね。この地にいながら日本でできることしかしない人は、大きなチャンスを見逃しています。

 実際は、高校生でも日本に帰りたがる生徒がいて「英語が嫌いだし、日本は楽だ。」と言います。貪欲に学ぶ姿勢というか戦闘能力が落ちている気がします。時代もありますが、親の考え方も影響が強いので注意が必要です。更に自分のできることや自分の強みを改めて親子で見つめることは、一元的な日本にいるとなかなか気づけないことです。「つぶしがきく」とは、以前はポジティブな響きがありましたが、今や「特徴がない」という完全にネガティブな言葉になってしまいました。繰り返しになりますが、シンガポールに住んでいることは「自分の強み」を探したり創ったりする絶好の場です。これからはシンガポールで教育を受けた生徒の価値が確実に上がります。今こそ「ここで暮らす皆さん、シンガポール在住生の出番」なのです。この期間を有意義なものにしてほしいと切望します。また、この状況をとらえて日本の富裕層がシンガポールに母子留学すると言う流れもでてきました。一時代前のスイスやアメリカ東部のボーディングスクールへ留学させるのと同じ感覚です。

学校選びに失敗しないポイント

編集部:帰国する方に対して、学校選びのポイントを教えてください。

後藤: 注意してほしいのは、帰国生が日本の学校で適応できず不登校になる例が多いことです。偏差値が高くてもその子に合わない例は実際に多々あります。淡水魚を海に放すと生息できないのと同様、偏差値が高くても死海のような学校はあるのです。親は自分がそういう環境で育ってきたのであまり感じることはないかもしれません。同質性ばかりが求められる環境だと子供は苦しいと思います。

 進路に多様性がない学校も危ないです。何が何でも○○大学、みたいな学校はお勧めできません。自分はこれがやりたいからこの学校、親切に指導してくれて生徒の個性を尊重してくれる学校が良いですね。入学に時点でそこまで調べて欲しいと思います。

 

「この人からエール」バックナンバーはこちら

https://spring-js.com/expert/expert01/yell/

 

※本文は2011年9月23日現在の情報です。

- 編集部おすすめ記事 -
渡星前PDF
Kinderland