グローバル教育
グローバルリーダー育成スクール 株式会社 igsZ 代表取締役社長 福原 正大 氏

自分を知り「哲学」を持つ ~日本の教育に求められる力とは~

はじめに

現在私は、Z 会と共同で設立した「グローバルリーダー育成スクール」igsZ を主催しています。国際金融の仕事を通して日本が置かれている切実な状況に危機感を抱き、「母国のために役立ちたい、教育こ そが未来への一歩」と心を動かされ、異業種から教育業界に転身しました。40 歳までの私は、日本の銀行員として、また世界最大の外資系資産運用会社の役員として、金融界に身を置きながら外から日本人を見つめ考える機会が多くありました。フランスのINSEAD※1 やグランゼコール ※ 2 での企業留学生時代、また国際会議への参加など、ひとたび世界に出てみると、「なぜ日本のエリートは世界で活躍できないのか」「なぜ日本の存在感は低下したのか」という疑問を強く感じるようになりました。

仕事や私的に出会った日本人たちは、非常に緻密かつ勤勉で、世界的に見ても優秀な人たちばかりでした。しかし、当時勤務していた外資系資産運用会社の CEO からは「国際的な学会や会議で日本人は非常におとなしく、顔が見える人は少ない」と 指摘を受け、交渉の場で不利な立場に追い込まれる日本の大企業も目の当たりにしました。国際連合などの国際機関で働く日本人職員数は拠出金と比較して少ないことも、周知の事実です。

私自身子育てをする保護者の一人として、国際金融舞台での経験や大学での教鞭、公立校の先生方への研修経験などを基に、将来を担う子どもたちのために「今、日本に必要な教育とは何か」をお話ししたいと思います。

自分の「哲学」を持つ

「グローバル人材の育成」という言葉を聞かない日はないくらい、「グローバル化」は今の日本で喫緊の課題です。では、グローバル人材として活躍する上で核心となる資質は一体何でしょうか。

世界の公用語である英語でのコミュニケーションスキルだ、と考える人もいるかもしれません。現に大学入試改革に伴い 2021 年の春入学から英語試験が見直され、「読む、聞く、書く、話す」という 4 つの技能が問われるようになります。TOEFL など外部試験の活用も、一部の大学では決まっています。また小学校 3 年生から英語が必修化され、 中学校や高校では英語で授業を行うことを基本とする見通しで、英語の重要性が高まる動きは顕著です。

英語でのコミュニケーション力は確かに必要な一つのスキルです が、国内外を問わずリーダーシップを発揮している人たちには、語学力よりはるかに重要だと思われるもっと根本的な共通した姿勢が存在するように思います。

その姿勢とは、母国を知るということも含めて「自分を知る」こと。 自己に対する深い思考と理解に基づき生き方を構築しているということです。自分を見つめた上で確固たる価値観とぶれない軸を築く、 言い換えれば、自分なりの「哲学」を持っていることが世界のリーダーに共通する重要な資質なのです。自分の「哲学」を持ち、しっかりとした軸に支えられている人はどんな環境にも対応でき、日本だけでなく世界のどこに行っても活躍し、存在感を発揮することができるのです。

では、「自己を形づくる軸」はどうすれば築くことができるでしょうか。

知識を「軸」に変える思考力

世界各国の教育システムを比較すると、日本の教育の強みは基礎知識をきちんと身に付けさせることにあると感じます。「基礎」が無ければアウトプットはできませんから、この点において優れた教育体系が持つ強みを、今後も大切にしたいものです。その一方、「重箱の隅をつつく」レベルまで知識を学ぼうとすると、知識習得だけに終わってしまい、その知識を活用してどう思考していくのか、という肝心な部分がおろそかになってしまいます。

豊富な知識を自らの血肉とし、「自己を形づくる軸」へと昇華させるには、十分に咀嚼(そしゃく)した知識を自分の考えへと再構築するプロセスが必要です。私自身、この再構築の過程を十分に経ていなかった事実を、日本の組織を離れ海外のトップスクールやグローバルカンパニーに身を置いた時に初めて突きつけられました。日本人が得意とする「知識を蓄える」作業と同時に、「知識を材料に考え抜く」作業を意識的に繰り返すことで、人生を大きく切り拓く糧を得ることができると感じます。

世界の名門大学の入試問題を見ると、思考を重視する姿勢をはっきりと打ち出していることがわかります。例えば、ハーバード大学ロー スクールの 2012 年入試における小論文では、「あなた自身(あなたの背景、考えなど)について書きなさい」という課題が出題されました。 一見非常にシンプルですが、ここで問われているのは「あなたはどんな人間なのか、どのような価値観、信条を持っているのか」ということであり、受験者は深い洞察力と思考力をもって自分について分析し、論理的に説明することが求められます。

この思考重視の学びは、大学入学後も続きます。知識を蓄積するだけでなく、哲学の古典から「認識」「国家」「自由」「経済」といったさまざまなジャンルについて思想家の考えを学びます。そして何よりも「自分はどう考えるのか」を周りのクラスメートと議論を重ねながら明確にし、さらに深い思考力を養っていくのです。

日本の教育でもこのように本質的な物事に関して一つずつ思考を突き詰めることこそが、今、まさに求められているのだと思います。

 

「強み」を掛け合わせる


議論を深め、価値基準を確立する授業

私が自分の「強み」について真剣に考えるようになったのは、高校 1年生の夏休みにニューヨークへの留学プログラムに参加したことがきっかけです。日本で生まれ、日本で育った私にとって、ニューヨークでの一ヶ月は「とにかく全てがあまりにも違う」という強烈な衝撃 でした。もちろん映像や雑誌などで知っている街でしたが、体で感じる匂いや空気など、五感全てを使って人間の脳が捉える情報は全く異なり、そこには「見たことがない世界」が広がっていました。

短期留学を経て感じたことは、日本人が欧米人のコピーになったところで全く勝ち目は無いということです。それ以来、むしろ自分の「強み」は日本人であることだと明確に認識するようになりました。さまざまなファクターの中で、「日本人」という強みをまず確立し、そこに「 英語力 」「 仏語力 」「 金融の知識 」「 為替の知識 」「 人的ネットワーク」 などを徐々に掛け合わせていくことで、海外マーケットではユニークな存在になれることがわかりました。一つひとつの「強み」は珍しくなくても、次に何を掛け合わせるかによって、個人として際立つことができるのです。

自分の「強み」を知り、志を貫くことができれば、子どもたちは周りが手を差し延べなくても自ら進んで人生を切り拓こうとするでしょう。親にとって子どもの教育ほど大切なことはありません。しかし子どもの人生においては、親がどんなに頑張っても最終的には子どもが「自分」で可能性を開花させるしかないと感じます。親は最低限の土台を固めてあげ、後は、その子ならではの能力が生き生きと発揮される場を子ども自身が見つけるのを待つ、それが親にできる最善のことだと思います。

自分の「強み」を知ることにおいては「グローバル」も「ローカル」もなく、全ての子どもたちにとって重要なプロセスだということを忘れてはいけません。将来活躍する場は異なるかもしれませんが、グローバルに活躍する人の方がより優れているとは言えないと思います。人に上下は無く役割が異なるだけのこと、「グローバルだからすごい」とは思いませんが、グローバルに活躍する日本人が相対的に少ない現状においては、「グローバル」は有利だと言えるでしょう。

海外で暮らすご家族へのメッセージ

海外に住んでいることは多様性に触れられるチャンスですが、「自分とは何か」が把握できていないと、多様性を受け止めることは難しいと思います。自分を深く見つめる作業をまず行い、その上で価値観や宗教などを含む周りの人たちの思考を学んでいただきたいと思います。自分について考え抜いたら、その「個」を多様性の中で試してみてはいかがでしょうか。

子どもの頃から世界各国の同年代の生徒と交流して議論する場を持てれば、それぞれの国の教科書によって形成される「事実」認識を超えて、真の国際理解を深めていくことが可能になるかもしれません。社会に出てからもその経験を生かし、学歴に頼らず永遠に成長し続ける人たちが増えれば、相互理解を通した世界の平和につながっていくのではないでしょうか。教育でしか成し遂げられない力を信じて、私もひたすらに前進していきたいと思っています。

 

※2015年4月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。

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