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この人からエール

シンガポール日本人学校中学部 校長 齊慶 辰也 氏

2015.06.25

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~「真の日本人」を目指して~

はじめに

私が教員生活を送るようになって30年近くが経とうとしています。教育現場でも、時代の流れに即したさまざまな取り組みがされるようになりました。ICTの導入により、教授法も大きく変わってきています。しかし、教育はいつの時代も変わらず人が人に教える行為であり、一番大切なのは「人」ではないかと思います。つまり教える先生が皆、真の意味でプロの教育者になれれば、教育はより良い方向へ向かい、子どもという「宝」を理想的に育んでいけるものだと信じています。

私がかつて勤務していた愛知教育大学附属名古屋中学校では、多くの帰国子女の生徒たちを教え、また、教えられる機会に恵まれました。海外生活で培った豊かな感性、帰国後に直面した課題、彼らの思春期なりの悩みと寄り添った日々こそが、シンガポールでの教育に向きあう今日の私の原点となっています。

学校選択の難しさ

日本からシンガポールにいらしたご家庭がまず最初に迷うことは、お子さまの「学校選択」ではないでしょうか。我が子がより幸せな人生を送るために、「最良の教育環境を」と願うのは、親御さんにとってはごく自然なことでしょう。

最近では特に、海外赴任が決まったらまず現地校・インター校を検討されるご家庭が多くなっているようです。親御さんの中には、お子さまを英語環境に入れさえすれば英語を簡単に身に付けることが出来るだろう、という考えがあるように思います。しかしながら、学校を選択する際には、語学習得だけでなくお子さまの人格形成という視点でも最良の選択をする必要があるのではないでしょうか。

私がかつて6年間帰国子女クラスの授業を担当していて感じたのは、帰国子女の子どもたちは語学も堪能で、国内の子どもに比べて将来の夢や目標を明確に持ち、積極的な子どもが多いということでした。これは海外経験で得られたプラスの点と言えましょう。一方で、さまざまな課題に直面している帰国生も数多く見てきました。それは、語学的に中途半端であり、日本人としてのアイデンティティーも確立されていない子どもたちです。つまり、英語は話せるけれどあくまで日常会話の域で、論理的・アカデミックなレベルに達していない。日本語も意味はあやふやで語彙に限界があり母語として確立していないのです。自国の文化や歴史的認識も薄く、上手く語ることができません。これは海外経験におけるマイナスの点が露呈されたと言えるかもしれません。

日本人でありながらその意識がなく、日本のことを知らない。いわばアイデンティティーの喪失とも言える事態が実際に起こる背景には、海外に行きさえすれば語学力は自然に身に付くという考えや、日本語は家庭で話していれば何とかなるという誤解がご家庭にあることも否めません。そのような子どもたちが今後も増えていくのではと危惧し、日本人の子どもたちが自信を持って海外生活を送るための拠り所として、日本人学校が大切な受け皿となる必要性を改めて感じています。

海外で「失いたくないもの」

まず、日本人としての「感性」や「美徳」などが挙げられるでしょう。具体的にそれが何かということは、日本に帰った時に再発見するかもしれません。身近な例で言うと、日本の学校には清掃の時間があります。「立つ鳥跡を濁さず」ということわざにもあるとおり、自分の身の周りを片付ける気負わない自然な気持ちがあるように思います。また、給食の「いただきます」のように、他者への感謝の気持ちを伝える慣習は、見ている人がいてもいなくても、見知らぬ周囲の人を慮る文化そのものであり、日本人気質として誇りを持って良いと感じます。海外生活の混沌の中でも、失いたくない大切な資質ではないでしょうか。

次に、国語や古典、社会や日本の歴史、地理など、文化や伝統、風習などを含めた学習が挙げられます。現地校ではその土地の歴史、インター校では世界の歴史を客観的に学ぶことができるでしょう。しかし、その子が日本人として生きていくためには、まず日本の地理や歴史、政治などを含め、自国についてしっかり学ぶことが大切です。これらのことを家庭で教えるには相当な覚悟が必要です。塾での学習は学校での学びとは根本的に目的を異にしていますから、お子さまが現地校やインター校に通いながら自国について学ぶことは容易なことではありません。しかし、大人になって外国の方と話すとき、日本人として堂々と語れる知識と誇りがないと、胸を張って外へ出ていくことは難しいと感じます。お子さまに真の日本人として育ってほしいと願えばこそ、海外生活でもこれらの学習の機会は失うべきではないと考えます。

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