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この人からエール

アジアメディカルセンター 代表/デューク大学 – シンガポール国立大学ジョイント医学部大学院 尾崎 美和子 氏

2015.11.25

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人間とは何者か~脳科学から見えてきたもの~

はじめに

私は脳科学分野で研究をしてきましたが、その原点となっているのは、子どものころに抱いていた「人間とは何者か」「自分とは何か」という疑問です。脳は、思考や感情だけでなく、体の機能や動きの司令塔という重要な役割を担っています。現在は、この脳や神経のメカニズム解明にあたり工学的手法を利用する「神経工学」という分野の研究に取り組んでいます。自ら選んだ研究を継続しつつ、大学で教鞭をとり、シンガポールでは縁あって研究所や企業の立ち上げに関わり、並行して子育ても経験し現在に至っています。

脳科学研究への道のり

高校卒業後、一旦経済学部に入学しましたが、研究者を志し、薬学部に入学し直しました。大学院では、分子生物学や細胞生物学の先端領域であった白血病研究や遺伝学の研究に従事し、博士号取得後、脳科学へと進みました。そこでは、人間の思考について哲学的な、あるいは心理学的な解釈を与えるのではなく、脳と神経を完全に「もの(物質)」「メカニズム」として解明していく研究に携わりました。脳神経系で起きている現象を物理化学的言語で理解していくことにより、脳神経系に起因する病気や障害の治療につなげていくことが可能になるのです。

例えば、脳信号を人工的に変化させる治療法があります。パーキンソン病治療が有名ですが、震えが止まらず寝たきりの患者さんが、脳のほんの数か所の特定部位に電気信号を送るだけで体の震えが止まり、体を普通に動かせるようになります。電気信号を送る器具は小型化しており、体に埋め込むこともできるため、生活の中で病気を意識することなく、病気になる前と同じ生活ができるようになります。これは「病気を根本的に治す」治療ではなく「症状を抑えるための」治療ですが、患者さんにとってもご家族にとっても、生涯寝たきりで過ごす状況を劇的に改善することができるため、生活の質が格段に上がります。

また、運動障害の患者さんだけでなく、統合失調症やうつ病など「心の病」と呼ばれている精神疾患にも同様の手法や先端技術を用いた治療や症状の改善が期待できるようになってきました。今後は、病気や障害を引き起こす脳の責任部位を疾患別に特定していくことで、さまざまな病気や障害への治療応用が可能になるでしょう。残念ながら日本ではこれらの治療のほとんどはまだ保険対象外ですが、海外では既に一般的になっている国もあります。今後更に研究実績を重ねていくことで、健全な形での治療として普及してほしいと思っています。

「病気」とは、本質か単なる現象か

人間の行動や態度についての「どうして?」という疑問は、考えても堂々巡りになりがちで、しばしば深い悩みからなかなか抜け出せないものです。しかし科学的には、特定の行動や思考は単なる物質の量的質的変化の結果という「現象」にしか過ぎない、と捉えます。つまり悪い行動や態度が表面化しても、その「ヒト」が本質的に100%悪いのではなく、ある特定の物質的状態が優勢である「現象」として理解します。その量的質的変化が、一定の範囲内で常に揺らいでいるのが「ヒト」であり、その一定の範囲を超えた状態がいわゆる病気で、もとの範囲内に戻すことが治療です。揺らぎを持つ一定の範囲(幅)は、疾患により異なり、精神疾患はその範囲が広いと言えます。健常者とそうでない「ヒト」との境界線をどこに引くのかは、専門家の間でも議論が分かれています。

昨今では、落ち着きがない、学習速度が遅いなどの理由から医療機関で診察を受け、まだ低学年の内に「注意欠陥、多動性障害(ADHD)」「学習障害(LD)」どの診断名がつくケースが増えています。これらの障害は、現状では問診やチェックリストなどによる診断で、客観的な数値データで測れないために当然その診断の幅にも差が生じ、実際には「病気」の括りに入らないお子さんもいらっしゃると思われます。特に幼いお子さんの場合は、「言いたいことがうまく伝えられない」というストレスが大きいと、その不満を行動によって表現してしまうことがあります。この場合、その状態を単なる傾向あるいは一時的な現象(ゆらぎの範囲内)としてとらえることができます。子どもが「悪い子」「困った子」なのではなく、「今はたまたまこの行動が引き起こされている」と視点を変えてみると、必要以上に悩み感情的になることなく、落ち着いて対応ができ解決策を見つけやすいと思っています。

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