グローバル教育
小学館アジア社長 加治屋 文祥氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の担当者に聞きました。

小学館と言えば、図鑑や月刊誌などだれもがなじみのある出版社で、子ども時代をともに過ごした方も多いと思います。近年は少子化で日本マーケットが縮小する中、海外展開は重要な経営戦略の一つだと思います。東南アジアの拠点である小学館アジアの役割について教えてください。

小学館は1922年の創業当初から「おもしろくて、ためになる」をキャッチフレーズに、楽しく学べて学習意欲を高める雑誌を出版してきました。最初は「小学五年生」「六年生」といった学年別学習雑誌に始まり、現在では子どもから大人まで、各種雑誌をはじめ絵本や図鑑、学習書、小説などの書籍、そして電子書籍も販売する総合出版社で、本社には現在約750人の従業員がいます。

小学館アジア社長 加治屋文祥氏 小学館アジア社長 加治屋文祥氏

海外展開は、86年のアメリカ・サンフランシスコを皮切りに、ヨーロッパはパリとベルリン、中国では上海市、台湾において出版事業を行ってきました。東南アジアでは20年以上前から、各国の現地出版社をパートナーとしてライセンスの許諾による出版が行われてきました。

「小学館アジア」の設立は2013年で、成長著しい東南アジアマーケットが拡大する中、積極的に小学館独自の展開をしたいと考えました。シンガポールにおける唯一の日系の出版社で、本社100%出資子会社です。すでに小学館アジアとして「ドラえもん」「名探偵コナン」などのコミックスを16タイトル83巻、「原寸大恐竜館」などの教育関係書籍4タイトル18巻を、英語版で出版しています。まずはアジア各国でも英語で読む層を想定して、英語出版を第一に手がけている段階です。今後さらにタイトル数を増やし、現地の学校などにも利用していただきたいと考えています。

東南アジアの中でも、シンガポールでは全般的に教育への関心が非常に高いのですが、他の国々はようやく所得水準が上がってきて、教育への関心が高まってきている段階です。タイ、インドネシア、フィリピン、インド、カンボジアなど、今後さらに発展が期待される国々で、楽しみながら学習意欲を刺激するような書籍や学習まんがなどを多言語で出版し、国全体、地域全体の教育と文化水準の向上に貢献できればと考えています。

出版業界は、言葉や制作手法の違いなどもあり、グローバル化が進みにくいイメージがありますが、今後、どのような展望をお持ちでしょうか。

確かに、普通の商品と違って日本語で書かれたコンテンツが商品ですからそのまま海外で売ることができません。現地の言葉に翻訳し、内容が文化的に受け入れられるものかどうかの調整が必要になる場合もあります。例えば有名なキャラクターのコミック作品でも、女の子がお風呂に入っている場面などは、国によっては「不適切」という見方をされることもあります。そのような場合は作家の方の了承を得て、湯気を描き足して修正するといったことが必要になります。また、恐竜の本では恐竜の名前や説明を単純に翻訳するだけでは足りず、最新情報のアップデートや専門用語のチェックに英語版独自の監修者をつけることも珍しくありません。加えて虫や植物の本には地域性があります。「この国にはこんな虫はいない」「こんな花は見たことがない」ということがありますから、現地にどこまで合わせるかという調整が必要になります。

一方、マンガでは作品の背景にある日本の文化、例えば礼節を重んじたり、物を大切にするといったような日本的な価値観自体が外国の方から見て興味深かったり、良いものとして尊敬されたりします。作品のエンターテイメント性はもちろん重要ですが、実はそういった日本的な良い要素が根底に流れているからこそ世界的に注目されている側面もあります。この点は大切にしたいポイントですね。

また、現地発のコンテンツ発信も現地の作家と協力して手掛けているところです。日本発の「ポケモン」「ドラえもん」「コナン」などは海外で大人気ですが、やはりアジアに拠点を置く出版社として、今後はローカル発のヒーローやキャラクターなどもプロデュースしていきたいと考えており、各国のクリエーターたちとの協力を進めています。またそのプロセスで、編集者と作家が緊密に協力しながら、緻密で映画のように展開していくストーリーを作り上げる日本独特の制作手法のノウハウも役に立ててもらえたらと考えています。

アジアの地で現地法人を立ち上げ、ビジネスを展開していく上で直面した困難な点などがあればお聞かせください。

小学館アジア社長 加治屋文祥氏 小学館アジア社長 加治屋文祥氏

小学館アジアはゼロからの立ち上げでしたので、やはり信頼できる現地のスタッフを採用することが重要な課題でした。アップルの創業者であるスティーブ・ジョブス氏がかつて、「スタートアップには人の採用が最も重要で、採用に半分以上の時間と労力を費やすべき」と言っていましたが、これを見習って私も採用活動には心して取り組んできました。

日本では新卒採用で会社側が選ぶのが一般的ですが、シンガポールでは優秀な人が「転職先の選択肢に入れるべきかどうか」という目線で会社に話を聞きに来ます。欲しい人材であれば、たとえ英語がつたなくても通訳を通さずに、誠意を尽くして自分の口からビジョンを伝え、対話をしないと相手の心は動かせません。

出版業界の採用においては、やはり文学や文芸など文系の資質が高く評価されるのでしょうか。また、今後はどのような人材が求められていくとお考えでしょうか。

一般的には、本やマンガなどが好きな人が出版社を目指してくる傾向はあると思いますが、全員がそうでは面白くありません。日本の本社では原則として職種別の新卒採用はしておらず、若いうちにさまざまな部署を経験してもらいます。特に営業を経験することで、自分の書籍や雑誌をどう売り、広告はどうとってくるか、といった出版ビジネスの仕組みを理解します。編集としては、個性や発想の面白さとともに、クリエーターやデザイナーとも協力して仕事を進めるのでチームワークやコミュニケーション能力が重要です。

従来文系出身者が多い業界ですが、仕事をする上では論理的な思考力、数字に強い、数学的なセンスも非常に大事ですので、理系的発想もできるようなバランスの良さも求められています。

小学館アジア社長 加治屋文祥氏 小学館アジア社長 加治屋文祥氏

海外で学んだ経験はどのように評価されるとお考えでしょうか。また、海外に住むご家庭に向けてメッセージをお願いします。

海外で学んできた方は一般的に、日本で教育を受けてきた人よりも合理的な思考ができ、目標達成に向けてどのような手段をとるべきかを戦略的に考えるすべが身についているように思います。これは組織の上下関係やしがらみ、前例などに邪魔されて前に進めなくなりがちな日本的な風土を打破するのには、大変貴重な資質でしょう。

グローバル時代に突入し、日本にいても海外との競争を意識しなければならない環境になってきました。このような状況では、目標に邁進しながら、何があっても動じない心の強さや、常に前向きに思考を切り替えられることが必要になります。海外で暮らしているお子さんは、「世界には多様な価値観、行動様式があるのだ」ということを、身をもって体験されているので非常に強い上に、懐が深いと思います。

また、日本の常識とは異なる「世界標準」を知っているという点でも優れていると思います。どのような文化背景の人に対しても失礼でない接し方、議論する際の論理展開や説得の仕方など、実際に異文化の人と関わった経験が豊富にあることは強みでしょう。異文化の中で出くわすさまざまな場面で、「こういう人には、自分の意見をどう伝えたらいいのかな」「どうしたら説得できるかな」と考え、交渉の術を学ぶ機会が多いのではないでしょうか。

近い将来、人工知能やロボットがさまざまな仕事を担うようになり、今の小学生の過半数が、現在は世の中に存在しない職業に就くそうです。デジタル化も多くの分野でさらに進むことでしょう。理系的な知識と発想は今後ますます大事になり、中には幼稚園からプログラミングを教えたりするところも出てきました。しかし一番大切なのは、大局的に全体の仕組みや流れを考えて組み立てる「グランドデザイン」ができる人になることではないでしょうか。ではそのためには何を、どう準備しておけば良いのでしょうか。世の中を広く見渡せるよう見聞を広めておくと同時に、合理的な目標設定、そしてトライ&エラーを繰り返しながら前向きに、論理的に検証して解決方法をさぐる数学的な思考が、さまざまな問題の解決に役立つと思います。「算数ってなんの役に立つの?」とお子さんに聞かれたら、ぜひそのような未来を見据えた答えをしてあげてください。

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