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この人からエール

英国イートン校 元校長・GEMS Education 教育部門責任者 Tony Little氏

2016.11.25

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~未知の世界へ心を開き、自分の尊さを忘れずに~

英国イートン校 元校長・GEMS Education 教育部門責任者 Tony Little氏

はじめに

私は長年いくつかの英国パブリックスクールで校長を務め、現在は国際教育や中国、アフガニスタン、タンザニアなどで教育の社会活動に携っています。そういう私自身は大学進学とは無縁の家庭に育ち、たまたま教会の合唱団での活動が一芸として認められ名門イートン校の奨学生になりました。その後ケンブリッジ大学に進み、最終的に教師の道を選んだのです。私にとっての学びは、まさに大海原で航海するような「知を獲得し発見する冒険」そのものでした。 新しい自分になることを恐れないこと、未知の経験や今まで出会ったことのない異なる人々に対して心を開くことの大切さを教えてくれました。

良い学校に通い、優秀な成績を収めることは素晴らしいことですが、それはあくまでも一時的なことに過ぎません。創立数百年という伝統校でも、テクノロジーを駆使した革新的な学校でも教育の根底にあるものは同じで、その学びの場は、これから大きな世界へと出発する若き人たちが「自分は尊い存在であること」を確信していく場であるべきでしょう。

親には忍耐を、子には分かりやすい目標を

今回Springから、具体的な子育てにまつわる質問をいくつかいただきました。まずは、新しい学校や言語環境に適応するためのコツについてです。ご家族は、時にお子さんに過度な期待をしがちです。例えば、初めての 生活や新しい学校で自分の居場所を見つけるまでには、かなりの時間とエネルギーを要するものですが、それにも関わらず「まだ慣れない」と焦りを感じる方もいらっしゃるでしょう。ここはまず、 忍耐と努力を持って「待つ」こと。そうすれば 必ず適応できる時が訪れるはずです。

次に、お子さんが「学校に行きたくない」と訴えたらどうするか、についてです。その時はくれぐれも「あなたは敗者なのだ」という烙印を押さないでください。必要なことは「辛抱強く対処する」ことです。学校に行くことにこだわるのではなく、「行きたくない」という言葉の背後にある、本当の悩みを注意深く解明し、行動することが大切です。また、学校生活の中でお子さんが「楽しい」と感じる部分を発見し、その気持ちを強めるために何ができるかを考えましょう。学校で困っていることに関しては、ぜひ校長や先生に相談してください。先生方がどれほど前向きに手を差し伸べてくださるかどうかで、その学校の真価を知ることにもなるでしょう。

第三に、子どもたちのゴール設定についてです。親であれば誰もが陥りやすいのが、子どもに大きな野望を持って欲しいと願うことです。子どもたちには「達成可能で、分かりやすい短期的な目標」を設定することが重要です。漠然と将来の展望を子どもに描かそうとしても、なかなかうまくいくものではありません。親が実現できなかった人生を子どもに強要することも、おすすめできません。

「自己肯定感」を育むには

お子さんが頑張っても結果が出ない時、親としていかにサポートをすべきでしょうか。自分には太刀打ちできない優秀な仲間がいる、頑張ったのに失敗したなど、青春時代の苦い経験は健全に成長する上では非常に重要なことです。若いうちには、いかなる状況でも「今回はうまくいかなかったが、自分には別の強みがある」と、前向きな気持ちを持ち続けるようにしなければなりません。そうすれば、社会に出てからも簡単に心が折れることなく、逆境を一つの通過地点と捉えることができるはずです 。

私は長年携わってきた教育現場で、生徒が自分の得意分野を見つけたことをきっかけに、自ら他の部分も輝かせていく例を数え切れないほど見てきました。自分の得意なことを発見することこそが、「自己肯定感」を育む正しい道筋だと確信しています 。

日本の青少年の「自己肯定感」に関する調査※では、諸外国の青少年の8割が「自分の現状に満足し、幸せである」と答えたのに対し、日本ではその割合が5割未満だったと聞きました。また、同調査では諸外国で9割以上は「自分の強みを知っている」と答えたのに対し、日本では68%だったそうです。前述の得意なことを発見することで自らを肯定する術を、日本のお子さんにも伝えたいと思います。

保護者の皆さんが理解すべきことの一つに、若い人たちは大人よりも仲間からの影響をより強く受けること、そして、教室内よりもむしろ教室の外でこそ学んでいるという事実があります。この学びの本質を実現させるために、多方面で学べる環境と挑戦できる校風を意識的に提供している学校が、理想と言えるでしょう。

人生に役立つ幅広いスキルを培うには、試行錯誤、挑戦、挫折、協働などを経験することが何よりも大切です。つまり、机上の学習だけに特化するのではなく、さまざまな経験を通した「全人教育」には、強い影響を与え合う仲間は不可欠であり、その仲間こそが、互いに最善の成長をもたらすことになるのです。

※内閣府が実施した日本を含めた7ヵ国の満13~29歳の若者を対象とした意識調査「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査(平成25年度)」における自己肯定感に関する質問。米国、英国、ドイツ、フランスの若者の80%以上、スウェーデン・韓国の70%以上が「自分自身に満足している」と答えたのに対し、日本は45.8%。「自分には長所がある」という質問では米国・英国・ドイツ・フランスが90%前後、スウェーデン・韓国は75%前後で回答したのに対し、日本は68.9%。本文は、取材時にこの調査結果を提示した上での回答。

日本と英国の相違点

日本と英国は互いに島国であることから、共通点を見出す方も多いでしょう。 この夏日本では18歳以上に選挙権が与えられ、英国では国民投票が行われました。日本でも若い世代の政治参加をどう進めるかが課題になっているそうですが、英国でも若い世代の投票率が先の国民投票で4割を切り、若者の政治的無関心を危惧しています。

教育改革が求められている点や、ライフスタイルの変化からくる若者に関わるさまざまな課題も両国に共通している部分でしょう。例えば、日本では同年代の仲間とだけ交流する傾向にあると聞きましたが、英国も然りです。しかし英国では全寮制の学校が一般化しており、寝食を共にしながら学年を超えた付き合いができ、視野を広げられるのが利点だと感じます。日本では寮生活をする機会は限られていると聞きますが、機会があれば、ぜひ皆さんにも若いうちに体験していただきたいと思います。

私の目から見た日本の教育は、社会で活かされるさまざまなスキルを身につけることよりも、「知識の獲得」に力を入れている印象を受けます。日本人の生徒はいつも努力を怠らず、学ぶ姿勢は大変素晴らしいと感じます。私が危惧するのは、むしろ国籍を問わず教育熱心すぎる厳しい親御さんのことです。過度なプレッシャーをお子さんに与えることで、時として子どもの人生に暗く悲しい影を落としてしまう危険性があるからです。過去に出会った保護者の中には、お子さんの将来を親御さんが決めてしまい、それを強要するがあまり、親子関係に歪みが出てしまったケースがありました。教育熱心さとこのような悲劇は表裏一体になりえます。お子さんの教育に寄り添い、サポートをするのは素晴らしいことですが、その矛先が常に正しい方向に向くよう、保護者の皆さんには心がけていただきたいと思います。

写真提供:GEMS World Academy。多国籍の環境である同校には、日本人生徒も多く通う。

写真提供:GEMS World Academy。多国籍の環境である同校には、日本人生徒も多く通う。

海外で暮らすご家族へのメッセージ

素晴らしい教育とは、若い人たちが一人の大人として歩み出すことに備え、他者への思いやりと目的を持ちながらそれぞれの人生の意味する成功へと導くことだと思います。教育で一番大切なことは、まず子どもが「自分が愛されていると実感できる」ことです。思春期の子どもたちが、今もなおそのような愛情を求めているとは一見感じにくいでしょう。しかし、多感な10代に周囲からの「愛情」を感じることは不可欠な要素です。行儀作法や学習を達成することよりも優先しなければならないことだと言っても、過言ではありません。

子どもたち、特に十代の皆さんはぜひ、外に目を向けてください。異国の地では、日本の学校とも友人たちとも、異なることが多々あると思いませんか! 国籍も文化も異なる仲間と切磋琢磨していくことは、厳しい試練と感じるかもしれません。しかしその多様性を理解し他者と比べることで、積極的に困難を乗り越えようとする力は身につくはずです。また、自分の「アイデンティティー」を考えるきっかけにもなるに違いありません。これは、何ものにも代えがたい学びなのです。

「世界市民」という言葉を知っていますか。その意味を純粋に心の底から理解すること、それがあなたへの宿題です。皆さん、無限の可能性を秘めた世界から自分を閉ざしてはいけません。新しい世界を抱擁するように受け入れてみましょう。そして、どんな時も自分が「尊い存在」であることを忘れないでください。

Tony Little氏

英国の名門全寮制パブリックスクールであるイートン校元校長。現在は、世界173ヵ国から25万人の児童・生徒を指導する教育機関GEMS Educationにおいて教育部門の責任者を務める。

言語および演劇の教鞭をとり、公立・私立の小・中学校で26年間校長および教育責任者を務める一方、ボーディングスクールでの豊富な指導経験を生かし、Boarding Schools Associationの名誉会長も歴任。2010年から英国政府で始まったFree School(カリキュラムに自由度があり企業参入も可能)の運営にも携わる。過去15年間は国際教育に注力。

※イートン校: キャメロン前首相をはじめ、歴代の英国の首相19名や政財界の有力者を多く輩出する全寮制名門男子校。1440年創立。

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