グローバル教育
日本航空株式会社 シンガポール支店 支店長 山下 康次郎 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の方からお話をうかがいました。

御社は日本のフラッグ・キャリアとして、多くの海外在住の日本人にとって大変親しみのある企業です。また、きめ細かいサービスはシンガポールをはじめ世界的にも定評があります。ここに至るまでの御社の歩みについてお聞かせください。

当社は1951年に「日本航空株式会社」として、日本政府主導による半官半民の体制で設立されました。当初は国際線専門の航空会社で、定期便の第一号は53年にスタートしたサンフランシスコ便と香港便で、シンガポール便もこの草創期に開通した便の一つです。

当社の歴史を振り返ると、忘れてはならないのが1985年の御巣鷹山の事故になります。御巣鷹山の事故は、犠牲者の数が史上最も多い大変痛ましい事故でした。この事故を教訓とし、当社は安全に対する意識を根本的に変革し、二度とこのような犠牲は起こさないことを誓っております。事故から30年あまりですが、「お客さまの安全に対してはいかなる妥協も許さない」という姿勢は今後も変わりません。

日本航空株式会社 シンガポール支店 支店長 山下 康次郎 氏 日本航空株式会社 シンガポール支店 支店長 山下 康次郎 氏

また、皆さまも記憶に新しいと思いますが2010年に会社更生法を申請し経営破たん致しました。ご迷惑とご心配をお掛けしましたことをお詫びすると共に皆さまの温かいご支援をいただき本日を迎えることが出来ております。本当に有り難うございます。

経営破たんは、経営面で会社が生まれ変わった大きな節目でした。破たんに至った理由としては、「社会インフラ」を担う会社として、採算性を度外視し社会貢献を第一に考える旧来の経営から脱却していなかったこと、そして、海外旅行の一般化が進むのと並行して、2000年代に新型の「ハイテクジャンボ」と言われたボーイング747ジェット機を100機も購入するなど急速な拡大を続けたことが引き金となったと考えています。

再建にあたって稲盛和夫会長(現名誉顧問)が大きな役割を果たしました。稲盛会長が当社にもたらした最も重要な変革は、リーダーの「意識改革」です。組織はまずリーダーから変わらなければならないこと、そして改革には何よりも「考え方」の変革が必要であることが徹底されました。それが明文化されたのが「JALフィロソフィー」です。その第一章に「人生・仕事の成果=考え方×熱意×能力」という言葉があります。能力は高い方が良く、熱意もないと困る、しかしそれだけではだめで、そもそも「正しい考え方」を持っていなければ、能力と熱意をプラスの方向に働かせられない、ということです。

「採算性を上げる」という目に見える目標に向かって、目に見えない「考え方」を変えるところから始められたのですね。この努力は、現在御社の中でどのような形で実を結び、定着されていますか。

再建当初に指摘されたのが、「採算性を優先させたら、安全性や快適性の面で妥協しなければならなくなるのでは」という懸念でした。しかしこれは「安全第一、お客さま第一」という私たちの「正しい考え方」からすると、全くの杞憂です。お客さまにとって最重要事項である安全性と空の旅の快適性は当社が提供するサービスの根幹ですから、これらを妥協することはありません。

例えば皆さまにもご利用いただいているシンガポール線は、エコノミークラスの座席の幅が通常よりも大きく、またビジネスクラスは全席フルフラットになりました。スペースをとるため全体の座席数が減り、採算面だけを見れば好ましくありませんが、「無駄なコスト」は徹底的に削りながらも、「お客さまの快適性、ラグジュアリー感はきちんと確保する」という、JALとして最適なバランスを取っているのです。

近年はLCC、バジェットエアーの種類も便数も増えていますが、急速に変わりつつある航空業界において、今後の戦略としてはどのようにお考えでしょうか。

バジェットエアーと当社のようなネットワークキャリアでは、マーケットの質も量も異なります。例えて言えば、LCCは湖の中の対岸を往来するための船です。湖岸の住民は頻繁に、ご飯を届けたり日常的な物品をやりとりするために行き来するイメージです。これに対して、ある湖から、遠くにある別の湖まで人を運ぶのがネットワークキャリアです。マーケットはどちらが大きいかと言えばLCCの湖の中で対岸に往来する方が大きく、また値段を下げれば下げただけ乗る人が増え、市場は人口の分だけ拡大していくでしょう。これに対して当社のマーケットは、微増する余地はありますが、それほどは増えないものと見込んでいます。

対象にするマーケットの中身も大きさも異なる「ニッチな産業」であることを意識した上で、そこにあるニーズの特徴やボリュームを理解し、供給量やサービスの質を決めていく、戦略的なビジネス展開をしていきます。

コスト意識を持ちながらも、日本らしい質の高いサービスをグローバルに展開している御社ですが、それを支える人材としては、どのような方を求めていらっしゃいますか。

当社の地上職の採用で顕著なのは、女性の採用が多い点でしょうか。男女別の採用枠を設けているわけでなく、できるだけ優秀な方を採用していったら結果的に女性が多くなっています。この場合の優秀さというのは、論理的な思考力やコミュニケーション能力、議論をした時にきちんとリーダーシップをとれる、といった能力を見ています。

昇進制度においては、課長昇格の審査は外部機関が実施しており、リーダーシップ力を中心にシミュレーション問題を課しています。年功序列でもなければ男女差もなく、ポジションの数は一定ですので、試験によって昇格する方がいれば、降格する方も出てくる厳しい制度です。そうした中で部長職にも役員職にも女性が登用されています。有能な人材をきちんと認めて登用していくことは、経営の重要な柱の一つです。

日本航空株式会社 シンガポール支店 支店長 山下 康次郎 氏 日本航空株式会社 シンガポール支店 支店長 山下 康次郎 氏

また海外では、重要なポストを現地の人材や、或いはインターナショナルに採用することも増えており、人材のグローバル化も更に進むでしょう。シンガポールの支社は現在20名体制ですが、本社から駐在で派遣されている日本人職員は私を含めて2名だけです。シンガポール人の人材は論理的な思考力が高く、コミュニケーション面でも議論や交渉が巧みで、日本人が学ぶべきことも多いと感じます。一方で、現地のスタッフには前述した「考え方」の軸を持つことや、「一歩進んだ感謝の気持ちを持つ」「地味な努力を積み重ねる」などの「JALフィロソフィー」を理解してもらうために、多くの時間と労力を費やしています。

シンガポールと日本の人材を見てこられて感じる、日本のこれからの「教育のあり方」についてのお考えをお聞かせください。

以前、インターンシップで訪れている日本の国立大学の学生と、シンガポールの大学生とがディベートする様子を知る機会がありました。日本の学生は英語力以前に、理論の展開がうまくできず、完膚なきまでに惨敗を喫していました。

このような例はよく耳にする話ですが、従来の日本の教育には、論理的な思考をもとにアウトプットする訓練が圧倒的に足りていないことが背景にあります。大学入試のために膨大な量の知識を培っているにも関わらず、大学ではその知識をアウトプットする手法を学べていません。本来そういった訓練は高校生くらいからやるべきでしょうが、日本では大学受験のための知識をインプットする勉強に時間をとられて、アウトプットの練習に時間をさけていないように思います。

厳しい受験競争を乗り越えた「金の卵」である人材を社会に送り出す、その最終過程である「大学」という場での教育のあり方は、もっと議論されるべきでしょう。そして現状の入試対策以外に高校生の内にやっておくべきことについても、大学入試改革の議論と共に、グローバル社会を念頭に置いて深めていく必要があると思います。

もちろん、日本の教育にも優れた点は数多くあります。日本人は一般的に基本的な能力は押しなべて高く真面目で信頼できます。「コミュニケーション能力が低い」という指摘もありますが、例えば「1を言われたら10までわかる」というような行間を読む力や、問題の本質を捉える力にも秀でています。これらの優れた点は、これからも大切にしていってほしいと思います。

海外で子育てされているご家庭に、メッセージをお願いします。

日本航空株式会社 シンガポール支店 支店長 山下 康次郎 氏 日本航空株式会社 シンガポール支店 支店長 山下 康次郎 氏

私自身も本社に20年務めた後の海外勤務ですので、今も新しい気づきや学びが多くあります。シンガポール駐在で特に感じるのは「多様性を許容できること」の大切さです。シンガポールではどんな組織でも多様であり、さらにその多様な人たちが平和に共存している、稀有な環境です。日本人のお子さんたちには、「これが世界なんだ」ということをよく理解して、このような世界で生きていく術を少しでも身につけてほしいと思います。同時に、日本という国は大変画一性の高い社会で、ある意味「世界的に見れば特殊な国である」ということも意識して伝えておくべきことだと思います。

誤解してはいけないのが、多様性を許容するということは、多様な周囲に迎合するということではない、という点です。日本人としての、或いは自分なりの軸をしっかりと持った上で、相手の言い分に対しては聞く耳を持ち、それを理解した上で、論理的に考え、意見を整理して伝えることができる、議論ができる、ということです。その時に必ず、「自分は正しい考え方をしているか」と自身に問うてほしいですね。これが「ぶれない軸を持つ」ことにつながっていくと思います。このような意識を持ちながら学生の内にグローバルに通用するスキルを身につけていけば、将来も確実に活躍の場が広がるのではないでしょうか。

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