グローバル教育
新春特別対談「これからの日本の教育」

Springでは創刊以来、新しい教育の形をさまざまな角度から取材・発信してまいりました。今回編集部では、文部科学大臣を歴任された衆議院議員下村博文氏と、日本の国際教育に尽力されている東京インターナショナルスクール理事長 坪谷ニュウエル郁子氏のお二人に単独取材をしました。

2017年の幕開けに、これからの日本の教育の展望と、今後の教育に私たちがどう向き合うべきかをお聞きしました。

新春特別対談「これからの日本の教育」

衆議院議員 下村 博文 氏

平成8年 衆議院総選挙にて初当選。24年 第二次安倍内閣に文部科学大臣兼教育再生担当大臣として初入閣。25年 新設されたオリンピック・パラリンピック担当大臣を兼任。26年 第三次安倍内閣で文部科学大臣に再任。28年 自民党幹事長代行・自民党東京都連会長。あしなが育英会副会長歴任。

東京インターナショナルスクール理事長 坪谷 ニュウエル 郁子 氏

平成7年 東京インターナショナルスクール理事長就任。12年 NPOインターナショナルセカンダリースクールを設立、理事長就任。24年 国際バカロレア(IB)機構アジア太平洋地区委員会委員に就任。26年「世界で生きる教育推進支援財団」を設立、代表理事に就任。27年より内閣府教育再生実行会議委員。

取材は2016年11月に行われました。

明治維新以来の「教育」が通用しない今

坪谷氏(以下敬称略):下村先生は文部科学大臣在任中、明治維新以来の大きな「教育改革」を手がけられました。その改革の概要と、これから日本が必要とする教育についてのお考えをお聞かせください。

下村氏(以下敬称略):Springの読者は、主に海外で暮らしている日本人の方ですね。そういう皆さんが一番よくわかっていらっしゃると思いますが、現在に至る日本の教育は、明治から始まった近代工業化と富国強兵、そして戦後の高度経済成長を支える人材育成が目標でした。グローバル化の波が押し寄せ世界がボーダレス化する現在、これまでの教育が通用しないことは、皆さんも感じていることでしょう。

司馬遼太郎氏が書かれた「坂の上の雲」に象徴されるような、西洋に追いつこうと近代化を推し進める時代の教育は、一人ひとりが与えられたことをインプットし、情報として覚えるのが教育の柱でした。しかし、その時代に成功した教育は、もはや通用しなくなっています。これまでの延長線上の小手先の修正では、21世紀に必要とされる人材は育ちません。一人ひとりがアイデンティティーを確立しながら、その人の思考力、判断力、表現力、そしてコミュニケーション能力を持たなければ、国際舞台では通用しない時代になったからです。この大きな転換期を迎え、それらの能力を身につけるための新しい教育改革を、文部科学大臣の時から手がけています。

フィールドは「地球全体」

坪谷:この大きな改革をきっかけに、一人ひとりの特性にあった教育が実現できることが理想だと感じます。すべての子どもたちが進学する目的もないまま偏差値に合う大学を目指すのではなく、その子の特性にあった進路選択がしやすい教育を実現することが大切だと思います。

日本は現在「グローバル人材」の育成が喫緊の課題ですが、この言葉の意味を、どのようにお考えでしょうか。

衆議院議員 下村 博文 氏下村:「英語ができればグローバル人材」と考えている人がいるとしたら、それは大間違いだということを、既に海外で生活されている皆さんはお気づきでしょう。言語はツールなので身につける必要があります。しかしもっと大切なのは、どこに行っても地域の人たちとコミュニケーションが取れ、自分という存在が認められ、その地で生きているという実感が持てることです。

これから日本企業はますます海外展開をしていきます。突然どこかの国に赴任を命ぜられることも少なくないでしょう。そんな時に、自分は日本でしか仕事ができないというのでは、能力の限界を自分で作っているのと同じです。フィールドは「地球全体」、どこでも新しいことにチャレンジしながら生きていけることが、その人の持つ能力をさらに伸ばし、新たな「生きがい」や「やりがい」をつかむチャンスにつながります。

つまり「グローバル人材」とは、「自分の気持ちや能力に限界を設けず、どこでも生きていける強い精神性を持つ人」であり、それを実際に実行できる人が、本当の意味での「グローバル人材」だと思います。

「英語を話す人=グローバル人材」ではない

坪谷:英語ができてパソコンを片手に世界中を駆け巡る人を「グローバル人材」だとイメージする方が多いようですが、英語が話せるからグローバル人材と言うのでは、英語が母国語の人は皆グローバル人材ということになってしまいます。これから東京オリンピックに向けて、自動通訳機が活用されるとも聞いています。下村先生がおっしゃる通り、英語が話せるだけでは十分でなく、異なる意見の人にも信念を持って交渉し共にゴールに向かえるような実行力を備えた人が、世界中でどこでも生きていける「グローバル人材」である、と私も考えます。

日本の教育改革が叫ばれる一方で、日本の教育には優れた点もたくさんあると感じます。特に「基礎学力が高い」点は、世界に誇れる素晴らしい一面です。日本の教育の「強み」と日本の教育が抱えている「課題」について、ご意見をお聞かせください。

日本の教育の「優れている点」

下村:「自分は幸せだ」と感じている子どもが世界で一番多いのはオランダだそうで、以前視察に行ったことがあります。オランダには、生徒が200人集まれば学校を創らなくてはならないという決まりがあり、教育や学校設立の自由が保証されています。そのため、子どもたちがのびのびと教えられており、だからこそ子どもたちが幸せを感じているのだと思います。

一方でオランダでも課題はあります。具体的には、学校生活に集団生活を円滑にし、皆で仲良く過ごすための「道徳的な力を養う場」が限られているのです。日本の学校における清掃や給食当番などがそれに当たります。オランダでは清掃は子どもたちの役目ではなく業者が担い、給食当番もありません。そこで、この点ではむしろ日本の教育を参考にしたいと考えているようです。このように、日本の教育現場には、集団生活の中で求められる道徳的な力をしっかり育むノウハウが確立されており、それこそが日本の教育の優れた点であると感じます。

東京インターナショナルスクール理事長 坪谷 ニュウエル 郁子 氏坪谷:日本の「民度の高さ」は世界に誇れる気質だと思います。東日本大震災の後は、暴動が起きるどころか皆が文句を言わずにきちんと列をなして待ち、世界に驚きと感動を与えました。ワールドカップでも、日本のサポーターが帰った後だけ、ゴミがなくきれいにされていると賞賛されています。このような「利他的」な精神や慣習は、学校内の特別活動や学級活動といった机上の学び以外で自然に養われており、改めて日本の教育の優れた一面だと感じます。このような資質を持った人々が世界で活躍の場を広げることができれば、「世界平和の実現」へ大きく近づくに違いありません。

日本の子どもたちの多くは「自分に対する自信があまりない」というデータが出ています。なぜ日本の子どもたちがそう感じるのか、どうすれば改善できるのでしょうか。

日本の若い人たちが「自信」を持つには

下村:日本の20歳以下の若い人たちはデフレ経済のもとで育ち、「これから更に経済状況が悪くなるのではないか」というデフレマインドに陥っている傾向があるように思います。つまり自分たちが大人になった時に、未来が良くなるとは思っていないのです。これは日本に限らず、先進諸国であればどこの国にも見られる現象です。実際に、アメリカでトランプ氏が当選したことも「アメリカンドリームをもう一度復活させたい」というアメリカ国民の強い願いの表れと理解できます。

未来に夢も希望も感じられない、その上、教育においては画一均一の学校教育が未だに行われ、世界で伍していくにしても自信を持てないまま大人になってしまう。これは正に日本の負の側面と言えるでしょう。

将来幸せな生活が送れないのではないかという不安感が、結果的に子どもたちの自己肯定感のなさにもつながっていると考えられます。これは子どもの責任というよりも、むしろ日本社会の反映であり、将来が見通せないという現実の表れでもあると思います。それぞれが「社会の中で夢や希望を実現できる」「社会全体が良くなっていく」という気概を持てる社会にしていくことが、日本の将来を担う子どもたちにとって必要なことだと強く思います。

 

21世紀に求められる「教育立国」の実現を

坪谷:子どもは未来ですし、子どもを大切にしない国は滅びるという一説もあります。日本と同じように少子高齢化を迎えている先進国の中には「教育こそ最も効果的な投資」と位置づけ多額の予算を投じている国がある一方で、日本はむしろ教育費が削減されようとしています。その点について、どのように思われますか。

下村:今年5月に出版した『教育投資が日本を変える(PHP研究所)』でも述べていますが、歴史を振り返ると、国家が担う役割は大きく変化しています。19世紀は近代国家の中で「夜警国家」、つまり、国内では安心・安全・治安を、国外では外交防衛政策を行う役割です。20世紀になると「福祉国家」、つまり「ゆりかごから墓場まで」に象徴されるように、国民が健康で文化的な生活を維持するための役割を担っていました。そして21世紀になり、「教育立国」という役割がプラスされたと考えられます。

現在日本は、国家予算に占める教育財源の割合はOECD加盟国34ヵ国の中で最低水準です。それだけでなく、家庭の経済状況が子どもの学力に影響を与えているという指摘もあります。経済状況により適切な教育を受けられないということは、一人ひとりの能力や可能性が十分発揮されないだけでなく、格差の固定化や貧困、そして先に述べたように、「将来に希望が持てない」という負の連鎖も引き起こします。この連鎖は何としても断ち切らなければなりません。全ての子どもに平等に教育の機会を保障することは、持続可能な活力ある社会の基盤を築くことであり、その核になるのは教育なのです。

私は現在、あしなが育英会の副会長を務めています。私自身、9歳の時に交通事故で父を亡くし新聞配達をしながら、あしなが育英会の前身である「交通遺児育英会」の高校奨学生第一期生となりました。そして高校、大学へと進学したのです。貧しい生活の中でも奨学金があったからこそ学ぶことができた、その仕組みを作っているのが政治だと、政治への関心を深め、日本の教育を整備し、改革したいという想いで政治家になりました。

私は一人ひとりの「豊かさ」は教育によって作られ、教育の充実により、その人が持つ可能性を最大限引き出すことができると信じています。意欲や能力のある全ての人がいつでも質の高い教育を受けられるような教育立国を実現するには、教育投資を充実させるしかありません。「日本に生まれたからこそ、自分のチャンスや可能性を広げ大輪の華を咲かせることができる」、そんな国になれるよう、国家戦略として教育投資を「未来への先行投資」と位置づけ、教育費の家計への負担軽減や教育機会の格差是正など、充実を図ることが必要不可欠だと考えています。

坪谷:本当におっしゃる通りだと思います。経済でも外交でも、その方針を決めて決定していくのは「人」であり、その「人」をつくるのは「教育」です。教育には人を変え、日本も含めた世界をも変える力があると私は思っています。万人が質の高い教育を受けられる教育立国の実現に向けて、これからも取り組んでいきたいと思います。

最後に、海外にお住まいの日本人の皆さんに、メッセージをお願いします。

海外にいることが何よりの「プラス」

新春特別対談「これからの日本の教育」

下村:海外で生活することは、お子さんにとっては未来の可能性を広げる大きなチャンスだと思います。このチャンスを最大限活かしてください。以前、シンガポール日本語補習授業校に行った時「小学校の高学年や中学生になるまでには日本に帰国したい」と考えている親御さんがいらっしゃることに驚きました。海外にいること自体、お子さんには何にも代え難いチャンスを提供しているということなのです。異国の地という「宝の山」にはチャンスがあふれているにもかかわらず、それに気づかないというのは、非常にもったいないことです。そのことを常にお子さんに語りかけ、ぜひ親子でその有り難みを感じていただきたいと思います。

「早く日本に戻って受験勉強しないと遅れちゃうよね」というような、お子さんの可能性をつぶすようなマイナスのマインドコントロールを親御さんご自身がしないように注意することも大切でしょう。日々受験勉強に追われる時を過ごしても、実は受験勉強だけでは世の中で通用しないということは、親御さんご自身が一番ご存知ではないでしょうか。人生には、もっと大切なことがあるのですから。

勉強でも何でも、子どもの能力を伸ばす最大のノウハウは、「やる気にさせる」ことです。そのためには、今、目の前にあることに興味関心を持ち、もっと頑張ろうと子ども自身が思うことでしょう。海外では、自分が外国人として生活し、多様な文化・生活様式に触れることで、客観的に物ごとを捉える機会も多いことでしょう。そのため「自分がどんな人間か」、「自分が本当にやりたいことは何か」についても、より深く考える機会が身近にあります。すると目の前にある数学や英語など、与えられた勉強ばかりではなく他の興味や関心も深まるものです。こうして良いスパイラルができ、何十倍もの成果が出るのです。人生にとってこれ以上のプラスはありません。

子どもは「宝もの」

坪谷:海外に住むという貴重な経験と、そこで育まれた「人材」はこれからの日本、ひいては世界を支える「人材」であると強く思います。保護者の皆さまにはぜひ、未来の社会からそういう「宝もの」を預かっているという気持ちでお子さんを導いていただきたいと思います。

 

※2017年1月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。

- 編集部おすすめ記事 -
渡星前PDF
Kinderland