グローバル教育
ブラックロック・ジャパン株式会社 代表取締役会長 CEO 井澤 𠮷幸 氏

~真の「グローバルリーダー」とは~

はじめに

私は、これまで商社から金融、そして資産運用会社へと転身する過程で日本国内外の経営者とお会いし、日本企業とグローバル企業の違いや、グローバルリーダーのあるべき姿について考える機会が多々ありました。これまでの経験から、私が考える「グローバルリーダー」について、お話ししたいと思います。

ブラックロック・ジャパン株式会社 代表取締役会長 CEO 井澤 𠮷幸 氏 ブラックロック・ジャパン株式会社 代表取締役会長 CEO 井澤 𠮷幸 氏

基盤となった国内支店勤務時代

私は大学卒業後、三井物産に入社しました。当時同社にはさまざまな留学制度があり、入社3年目にして、同期200名中100名くらいは海外に行っていました。私も早い段階での海外勤務を切望しており、どの国に行けるのかと期待を膨らませていたのですが、命ぜられたのは国内の支店勤務でした。海外でバリバリ働こうという野心とロマンに溢れていましたので、それが打ち砕かれたショックは隠せませんでした。何とか気を持ち直し、先輩から「地方の支店では商社業務の基礎を学べる」というアドバイスを信じて、前向きに臨んだことを覚えています。

国内支店での仕事は、国内販売営業が中心でした。営業活動を始めたころは、緊張しながらお客さまのドアを叩いていましたが、しばらくするとアポを取らずに飛び込みで営業し、どんなに偉い人に会うことも物怖じしなくなっていました。誰の力も借りずに自分の力で物を販売し、実績を積み上げていけたことが大きな自信に繋がったのです。自分の意に沿わない仕事でも、与えられた経験から何が得られるかは自分次第なのだということを痛感しました。着実に成果を残し利益を上げていくことの楽しさを知ったこの経験は、その後のアメリカでの経験や、現在に至る経営者としての思考や物の見方の基盤を築いてくれたと確信しています。

世界で培った「マネジメントスキル」

その後、アメリカ勤務が命ぜられ8年間駐在していました。そこで学んだのは「『自分』を売り込む」ことの大切さです。私には「ラッキー井澤」というもう一つの名前があり、2つの名刺を使い分けています。そのきっかけは、米国に駐在時代、取引先の人から「アメリカで成功するには、あなたの後ろ盾となっている社名や商品ではなく、あなた自身を取引先に知ってもらうことが大切だ」と言われたことでした。私の名前の「𠮷(=luck)」の字からラッキーと名乗ることをすすめられたのです。営業活動において相手にインパクトを残すことは欠かせません。それ以来40年以上、「ラッキー井澤」というニックネームを愛用し、どの国の人にも覚えやすいとポジティブな反応があります。日本人的な発想では思いもよらないことですが、間違いなく「自分を売り込む」第一歩となりました。

アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で「バーゲニングパワー」つまり「交渉学」を学んだ際には、大きな衝撃を受けました。なぜなら、交渉の基本は「はじめに相手の横っ面をひっぱたくこと」と教えられたからです。そもそも交渉とは「最初に相手をひるませて6:4で自分に利があるようにスタートしなければ勝ち目がない」と言うのです。確かに、日米自動車交渉や繊維交渉などを見ると、アメリカ側のはじめの要求の高さに驚くことがあります。それは、こうしてビジネススクールで教えられているからなのです。一方で、日本人はその要求を額面通りに受け取り交渉を始めてしまう傾向があります。「何て法外なことを」とは決して言いません。日本人が交渉下手と言われる理由は、そもそも戦術を持たずに交渉にかける意気込みからして負けており、スタートの時点で既に出遅れていることに起因するのです。

国や人種による思考の違いを知っているかどうかは、グローバルで仕事を成功させる上で大きな「鍵」となることを、身をもって学んだ貴重な体験でした。

世界トップ企業のリーダーの共通点

世界のトップ企業の経営者は、長期的なタイムスパンで物事を捕らえるため未来の変化に敏感で、常に厳しい未来を予測し、強い「危機感」を持っているという共通点があるように思います。その「危機感」とは、「テクノロジーの進化」と「ビジネスモデルの変化」に対してです。

例えば、自動車メーカーの経営者は、エレクトロニクス企業が自動運転の分野で自動車産業に参入し、乗っ取られるのではないかと危惧しています。5月にお会いしたマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏は、AI(人工知能)とロボット産業が大きく発展し、既存の産業の在り方を大きく変える可能性が高いという印象深い話をしていました。個人的にも親交のあるJPモルガン会長兼CEOのジェームズ・ダイモン氏は、リテールバンキングとテクノロジーの進化について語り、テクノロジーが進化し、店舗にて対面で行っていた処理がATMで実現できるようになり、支店の数が激減する未来を予測しています。テクノロジーの進化に基づくリテールバンキングの長期戦略をCEO自らが考えている姿勢に脱帽しました。

このように世界トップの企業のリーダーたちは、誰よりも危機意識を持ち、テクノロジーの進化をダイナミックに捉えて次なる未来像をより具体的に描き、それに向けて戦略的に次の一手を打ち始めています。この未来への洞察力と行動力こそが、リーダーの資質と言えるのではないでしょうか。

「グローバルリーダー」になるために

グローバルリーダーになるために求められる資質は、大きく2つだと考えています。それは物事をはっきり伝える「明確さ」と「積極性」です。日本で生まれ育つと「沈黙は金」「阿吽の呼吸」というように、空気を読み取ることを意識せざるを得ません。しかし、経営者というのは説明責任や透明性が非常に求められるため「いかに明確であるか」という点がとても重要になり、得てして「沈黙は悪」なのです。

ドイツ三井物産では、26の子会社を有しており、イタリア人やフランス人などさまざまな人種の社員を率いていました。文化が異なる部下の意識を高めるには、物ごとを明確に伝え、はっきり意思表示ができる「強いリーダーシップ」が求められました。それなくして、皆が目標を共有し安心して働ける素地を築くことは難しかったと言えるでしょう。

物事を「明確に伝える力」を養うためには、ご家族でたくさん対話をし、小さい頃から人前でわかりやすく話す習慣を身につけることが大切だと思います。どんな些細なことでも、思ったことを出来るだけまとめて話すように、ご両親がお子さまに促すよう心掛けると良いでしょう。

日本人が会議に出席してもあまり発言しないことは、よく知られています。これは語学力の問題ではなく、そもそも「積極性」に乏しいお国柄に加え、こんな発言をしたら馬鹿にされるのではないかと、人の目を気にしていることが要因だと考えられます。私は、MIT時代に積極的に発言する習慣を身につけました。もともとシャイではありませんでしたが、MITビジネススクールの場合は、テストが40点、小論文などの提出物が30点、クラスパティシペーションが30点の配点なのです。クラスパティシペーションとは発言率・回数のことで、授業に貢献しないと点数がもらえないのです。学生でしたので多少稚拙なことを言っても許されましたから、とにかく数多く発言をするように努めました。その習慣のお陰で、今でもダボス会議やMITのエグゼクティブボードなどに出席すると、まずは自ら手を挙げて発言することが自然の振る舞いになっています。

日本人としてのアイデンティティーを

私が残念に思っていることがあります。それは、日本人でアメリカの大企業のトップになっている人が一人もいないということです。日本人は言葉ができても、本当の意味でグローバルな考え方に融合し、きちんとした発言をできる人が非常に少ないのです。これから日本を担う皆さんには、ビジネスパーソンになるにあたり、日本の会社のトップを目指すのではなく、海外に出てグローバル企業のトップになる気概をもって臨んでいただきたいと思います。

ただし、グローバルで活躍するためには、「日本人である」ということを決して忘れないでください。時々、英語と日本語どちらの言語も中途半端になっており、アイデンティティーが揺らいで、日本人かアメリカ人かわからないような人たちに会うことがあります。

現在のマイクロソフト社長のサティア・ナデラさんは素晴らしいグローバル経営者の一人です。彼はインドに生まれ育ち、インドの大学を卒業し、夜学でアメリカの大学を卒業し、MBAを取得したというバックグラウンドを持っています。アイデンティティーが確立された人物は得てして明確な信念と判断基準を持ち、リーダーとしての資質に優れているケースが多く見られます。彼のように母国のアイデンティティーが確立されている人だからこそ、アメリカのトップ企業の経営の指揮を執ることができるのです。

日本人のアイデンティティーを持ちながら多様な考え方を理解し、未来を見据える、そんなグローバルリーダーが、皆さんの中から誕生することを、願っています。

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