世界を舞台に活躍されているヴァイオリニストの庄司紗矢香さん。10代でヨーロッパに渡った後、パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで最年少および日本人として初めて優勝され、その後は世界中の指揮者やオーケストラと共演されています。
シンガポール交響楽団(Singapore Symphony Orchestra: SSO)※の公演のため、3年ぶりに来星された庄司さんに再びお話を伺いました。
※コロナ・パンデミック後初となる、SSOの京都公演は2024年10月に予定。
前回の取材記事はこちら
https://www.spring-js.com/expert/5194/
SSO との再共演の感想をお聞かせください。
前回はシューマンの協奏曲を共演しました。SSOの音楽監督であるグラフ氏とは今回はブラームス協奏曲について直筆のファクスでやりとりを行い、ヨアヒム※の注意書きを熟読し直して準備しました。グラフ氏とはドイツ音楽の音楽言語をとても自然に共感することができます。
※今回SSOと共演したブラームスのヴァイオリン協奏曲は、ブラームスの友人で天才ヴァイオリニストだったヨアヒムとの共同作業で完成したと言われている。
前回は2021 年に取材させていただきました。 コロナの期間を経て、変化は。
パンデミックで思いがけず時間ができたのは本当に幸いでした。毎朝5時半に起きて練習の前に勉強の時間を作りました。お陰で学生時代に読みきれなかった レオポルド・モーツァルト、テュルク、クヴァンツ、CPEバッハなどの教本を一通り読むことができました。18世紀の演奏法を学ぶことで、楽譜には書いてなくても当時は当たり前だった奏法なども明確になり、自分のインタープレテーションに確信を持つことができました。 また、パンデミック直前にこれもタイミング良く田舎に移ったので、都会の騒音や社交から逃れ、落ち着いた環境でまとまった時間を練習に割けたことは、音楽的にもベストな選択だったと思っています。
子ども時代について教えてください。
本と音楽が大好きで一番の支えでした。日本の学校では、発言の自由が限られていることが苦手でした。自分1人だけが違う意見を言ったり、テンポ感が周りとズレていると皆から白い目で見られるのが辛かったです(笑)。母には「他人と違うのが良いのだ」と慰めてもらいました。環境が肌に合うか否かは人それぞれなので、周りの大人のサポートは本当に大切です。
4歳の時オペラ歌手になりたいと憧れを持つも、声が枯れているので即周りに反対されました。ヴァイオリンを始めた後も、画家であった母は芸術家としての苦労を知っていたためか、私には自立した女性になってほしいと願っていたようです。音楽はあくまでも趣味として嗜む程度で、将来は医者か弁護士のような職業についてほしいと常に言っており、小学校高学年からは放課後毎日厳しく勉強を強いられていました。そんな中、鶴亀算や追い越し算から逃れられたのはヴァイオリンを弾いている時だけだったのです。学校での友人も少なかったので文学と音楽が唯一の慰めというか、夢の世界に連れて行ってくれる希望の扉でした。
ヴァイオリンのお稽古はどのようにされていましたか。
ピアノは習いごととして通わせてもらいましたが好きになれず、人の声に似ているヴァイオリンが良いとお願いしました。しかし、教本は退屈で真面目にやらなかったので、みなさんの模範にはなれません。初めて真剣に練習しようと思ったのは8歳で大好きなモーツァルトのコンチェルトを課題にもらった時です。それまでは、ヴァイオリンの先生に「家でも20分くらいは楽器に触ってね」と諭された記憶があります。音階は音大の中間試験のために、初めて真面目に取り組みました。今では毎朝音階の練習は欠かせません。しかし大きくなってから学ぶのは大変なので、若い皆さんには小さい頃から基礎をきちんと練習されることをお勧めします。
6ヵ国語も堪能でいらっしゃるそうですね。
イタリアの幼稚園時代と夏期講習でイタリア語を少し、日本の中学と14歳の時受けたイスラエルの夏期講習で英語に親しみました。13歳からドイツのケルンでご指導いただいたガヴリロフ先生のレッスンや、その後通ったギムナジウム(高校)と音大でドイツ語を習得しました。また、お世話になったブロン先生と生徒たちに囲まれてロシア語をカタコト話せるようになり、その後フランスに移り19年目になります。普段の生活はフランス語がメインで、国外の仕事に英語とドイツ語を使います。
人生で影響を受けた本について教えてください。
シェークスピアやダンテの短い詩、ドイツ語やフランス語の詩はできる限り原語で読むようにしていますが、小説は基本的に日本語で読みます。
人生で影響を受けた本として、カミュがあります。物ごとの真意をつき、この世は不条理な出来事で溢れていること、どうにもできない状況にそれでも立ち向かう人間の姿を力強く描いている点に惹かれます。
世界各国で演奏を続けられる中で、日本や日本の文化についてのお考えは。
私は海外での生活の方が長いですが、日本人の美徳や文化を大切に思っています。
「一期一会」や「ありのまま」、「真心」、「無心」、「脱自」と言った感覚は、音楽に身を捧げる演奏家に通じるものも大きく、日本人で良かったと思うことがよくあります。
特に自然を尊く厳かに祀るアニミズム※には強い関心を持っています。科学やAIが支配するようになってきた世の中、「何をして人間であり続けるか」を世界に問えるのは、科学では説明しきれない自然や魂の存在を尊重して生きてきた私たち日本人の使命ではないでしょうか。
※万物に魂があると考える自然信仰など。
海外で暮らすご家庭へのアドバイス をお願いします。
海外にもいろいろありますが、私は旅をする際それぞれの国の文化を尊重しつつ、「日本人としての誇り」を持って人々と接していくようにしています。また、予想外の困難に出会う時ほど「ユーモア」を忘れないように心がけています。