グローバル教育
キッコーマン株式会社 常務執行役員 キッコーマン シンガポール 社長 茂木 修 氏

「現地の味」にこだわりながら世界に展開

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。
企業の方からお話をうかがいました。

Q. 御社は醤油を中心に調味料の製造で知られ、日本の家庭に不可欠な存在です。和食は世界中で高い支持を受け、2013年には、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。和食には欠かせない醤油は、ますます世界中から注目を浴びると思います。はじめに、今日に至るまでのグローバル展開の沿革を教えてください。

キッコーマン株式会社 常務執行役員 キッコーマン シンガポール 社長 茂木 修 氏

キッコーマンの海外進出は、明治時代までさかのぼります。当時、日本からハワイへ移民する人が増えたことを機に、在住する日系人を対象にアメリカへ醤油の輸出を開始しました。明治12年にはアメリカとカナダで商標を取得し、第二次世界大戦前にはアジアに工場を建設しました。しかし終戦でそれら全てが没収となり、一旦海外事業はここで幕引きとなりました。

終戦後は、需要があったアメリカ在住の日系人に販売を再開しましたが、日系人の和食離れが進んだことと、アメリカで醸造された醤油が既に流通していたため、売れ行きは芳しいものではありませんでした。そこで思い切って方針を転換し、そもそも醤油を知らない非アジア系のアメリカ人にターゲットを絞り、緻密なマーケティング戦略を展開しました。1957年にサンフランシスコに会社を設立し72年には工場設立、翌73年にはメイドインUSAのキッコーマン醤油が初めて出荷されました。その間は決して平たんな道ではありませんでしたが、アメリカで本格的にマーケティングを始めてから半世紀の時を経て、現在ではシェアナンバーワンを誇り、70年代にはヨーロッパ、80年代にはアジア、そして現在に至るまで展開地域を拡大してきました。こうして、キッコーマングループ全体で売り上げの57%、利益の74%が海外までに成長したのです。シンガポールには83年に進出しました。当地では醤油の製造と共に、アジアの中心部という地の利を活かし、ASEANへの輸出拠点として重要な役割を担っています。

ユネスコの無形文化遺産に和食が登録されたことは、当社にとっても非常にプラスです。和食から醤油への興味や購買につながることがありますが、その地域の方が好むような醤油をベースとした調味料を開発・販売することで逆に和食への関心につながることもあります。この両者を上手く組み合わせることで、ますます多くの方に日本文化、和食、そして醤油に興味を持っていただけると考えています。

Q. 食文化が異なる海外で、日本の調味料である醤油を広めるために、どのような工夫をされているのでしょうか。また「醤油の魅力」について、お聞かせください。

各国の味覚や食の嗜好は、人々の文化や日々の生活に深く根ざしたものであり、一朝一夕で劇的に変化するものではありません。だからこそ当社が大切にするのは、現地の食文化を熟知し、その中で当社の製品が「現地の味になる」ということです。

和食という料理のカテゴリー自体は海外で広めやすいのですが、和食の一部である「醤油」という調味料を現地で使ってもらうことは、かつては容易なことではありませんでした。アメリカでは、醤油を「all purpose seasoning(万能調味料)」とうたって需要を開拓してきました。自分の知らないものを口に入れるのは抵抗がありますから、当時は宣伝をするだけでは、なかなか需要が伸びませんでした。試行錯誤の結果、一番効果的だったのは「食べていただく」という体験を共有することでした。スーパーマーケットでの地道な試食の取り組みや、現地のシェフと年に200種類以上に及ぶレシピの開発などを通じて、次第に人々に受け入れられていきました。試食販売は現在も世界中で行っており、現地の方が醤油の味に慣れ親しみ、普段食べている料理や食材に合わせて日常的に使っていただけるように、これからも働きかけていきます。

醤油がこれほどまでに世界の人々に愛用されるに至った理由として、醤油本来の特性が挙げられるでしょう。どの素材にも独特の香りやうまみを与え、素材の良さを見事に引き出す力は他の調味料にはない大きな魅力です。世界中どの地域においてもその土地の人々の暮らしと食文化を尊重しながら、醤油の魅力を更に引き出し、広く伝えていきたいと考えています。

Q. 御社は世界100ヵ国以上に展開していますが、シンガポールをはじめ、海外での人材活用についてどのようにお考えでしょうか。また、御社の価値観をどのように世界中の従業員と共有しているのでしょうか。

シンガポールでは、日本人、シンガポール人、マレーシア人が働いています。日本からの出向者は4名のみで、残りは現地従業員です。他の国でも現地採用が進んでおり、日本を除く全世界の従業員約3,500名のうち日本人は80名弱です。

Kikkoman Singaporeでの製造の様子 Kikkoman Singaporeでの製造の様子

当社の哲学や、仕事上の考え方を共有する一つの取り組みとして、コーポレートスローガンの「おいしい記憶をつくりたい」を元に、「あなたのおいしい記憶を教えてください」と題し、一般の応募とは別にグループ内社員限定でエッセイの募集を行ったりフォトコンテストを実施したりしています。全体の半数弱程度が海外からの募集で、年々海外からの注目度が上がっているように感じます。自社のアイデンティティーを現地に共有することは容易なことではありませんが、少しずつ当社独自の方法で進めています。

Q. グローバル及び日本での採用について教えてください。また文系・理系といった専攻による違いや必要な語学力の基準などありますか。

当社では採用を、グローバル人材とローカル人材に大別しています。グローバル人材は、国籍を問わず世界中を異動することを前提にした本社採用、ローカル採用は各国のそれぞれの会社で採用し、給与体系などは各国の基準になります。

本社の新卒採用において、理系出身の採用人数はある程度決まっています。醸造・食品応用科学、また工場関係の整備・電機などは専門性が求められるため、技術系の人材獲得が必要です。文系は特に基準はなく、元気で会社に新しい風を入れてくれる方を求めています。以前は、優等生タイプが多かったですが、ここ数年、多彩な人材を求める傾向に変わってきています。

当社は仕事ができる人材を適材適所に配属するという考え方をしているため、語学力だけでは判断しません。「語学は後からついてくれば良い」と考えており、例えば、中国市場への注力のために、中国国籍の方を多数採用するようなことも過去に行ったことがありません。海外市場の開拓は非常にチャレンジングなため、積極性がありさまざまな局面でも解決の糸口を見つけられるような人材を配属するようにしています。そのため、ある特定の物差しで切ってしまうことはせず、なるべく間口を広くして適切な人材を選びたいと考えています。

Q. 海外で子育てをされるご家庭にメッセージをお願いします。

日本人は、謙虚さを美徳とし控えめな人が多いですが、これから社会で活躍するお子さま方には、ぜひ自信を持ち自分の強みをしっかり表現出来る人になっていただきたいと思います。そのためにも大学をはじめ、日本の教育においては、学生自身に考えさせる、自分で課題を見つけ探究するといった訓練をして欲しいと考えます。

自分たちの世代と比較して、今の子どもはより一層ボーダーレスな世界で生きています。社会人になる頃には、世界は大きく変化し、世の中の価値観ややりたいことを実現するための手段など、あらゆるものが今日とは大きく異なってくるでしょう。親が出来ることは、子どもが何かをやりたいと思った時に、より多くの選択肢を与えてあげることだと思います。教育においても最初から絞りすぎず、さまざまなことに挑戦させ、興味を持たせてあげるのが良いのではないでしょうか。

シンガポールをはじめ海外にいる方は、日本国内より視野が広がる恵まれた環境にいらっしゃると思います。お子さまの目線に立ち、どのような将来や夢を描いているのかを知り、どうしたらそれらを実現できるのか、一緒に考えてあげることが大切だと感じます。

 

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