グローバル教育
三井住友海上シンガポール 前マネージングディレクター 斎藤 剛 氏

世界トップ水準の保険・金融グループを目指して

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の方からお話を伺いました。

Q.MS&ADインシュアランスグループの中核会社として日本の損害保険業界で圧倒的な存在感を持つ三井住友海上火災保険は、これまでさまざまな業界再編の変遷を経て今日の姿があると思います。近年では英国アムリンを買収し、アジアはもちろん欧州への展開にも先手を打ち、激変する損害保険業界の新たなモデルを構築しつつあります。今日に至るまでの沿革と御社の位置づけをお聞かせください。

三井住友海上シンガポール 前マネージングディレクター 斎藤 剛 氏

三井住友海上火災保険(株)は、2001年に三井海上火災保険(株)と住友海上火災保険(株)が合併し誕生しました。それ以前に三井海上は1958年に、住友海上は1980年からシンガポールで営業を開始しており、2004年には英国資本のAVIVAという損害保険会社を買収しました。このAVIVAだけでいえば英国統治時代も含めてシンガポールで100年以上の歴史があります。

当初は現地に進出した日系企業に保険商品を提供するための海外進出でしたが、1990年代後半から日系企業を主体とした取引構成から現地企業を主体にシフトしてきました。現在当社の日系の取引は全体の2割程度です。

当社は現在、シンガポールでは3番目の保険会社に成長しました。シンガポールの一人当たりのGDPは日本を超えており、マーケットとしてはまだ企業の割合が多いものの、個人のお客さまも自動車保険の他、損害保険、医療保険などの商品の購買者が増えてきています。

Q.「世界トップ水準の保険・金融グループの創造」を経営ビジョンに掲げる御社ですが、顧客に選ばれるための「魅力」また、選ばれるために工夫されている点は何ですか。

ブランドというものは一朝一夕には浸透しません。当社では、品質やカスタマーサービスを重視しており、自動車保険の事故の対応などについては最大限迅速かつ丁寧に取り組むよう徹底しています。このような地道な努力が少しずつ現地の方々の評価につながり、MSIGというブランドの認知度が一定のレベルまで上がってきたと感じます。

当社のCEO(最高経営責任者)はニュージーランド人で、現在社内に680名の職員がおり、日本人はその内7名だけです。それぞれ背景の違うスタッフたちが一つの目標を達成するためには、やはり会社としての方向性をしっかりと共有する必要があります。

MSIGは世界41ヵ国で展開していますが、グループ共通の5つの「バリュー」を社員に周知しています。「お客さま第一」「誠実」「チームワーク」「革新」「プロフェッショナリズム」という5点です。社員には入社後の研修ではもちろん、定期的に社内で行う「タウンホールミーティング」と呼ばれる全社員を集めてのイベントで確認したり、PCの画面にそのバリューを表示したりと、「会社としてこれが大事なんだ」ということを周知徹底しています。

それぞれの国や地域には、現地独特の考え方があります。国籍や文化など、多様なスタッフの間で気をつけていることは、「いかに相手を尊重し、かつ自分のこともわかってもらうか」ということです。これは事業がうまくいっている時はスムーズに行きますが、うまくいっていない時には簡単でないこともあります。

例えば、近年シンガポールでは経済の伸びが鈍化していますが、それでも事業は拡大し続けなければなりません。当然のことながら改善が迫られるわけですが、現地スタッフの多くは、その時に従前どおりの考えや仕事のやり方から抜け出せない場合があります。その場合、単に言い続けて思いを伝えるだけでなく、企業理念に立ち戻り、「当社の存在意義」や「シンガポールトップの保険会社になる」というビジョンを再確認することが必要です。そこから「では、今どうすべきか」につなげて話し合い、理解を仰ぐようにしています。

Q.御社の人材戦略についてお聞かせください。

世界トップ水準の保険・金融グループを目指していくためには、立ち止まらずに常に挑戦し続け、社員も自らを変革できなければなりません。当社では「人材」を「人財」と表記するようにしています。なぜなら経営ビジョンを達成していく上では、一人ひとりの社員の力こそが源泉になり「人こそが会社の最大の財産である」と考えているからです。プロフェッショナルとして「自ら学び、自ら考え、チャレンジして成長し続けていく人」が必要なのです。

日本の本社の採用には何万人という数のエントリーがありますが、私が面接官をしていた時には、予め用意してきた質疑応答だけでなく、その場で考えて答えなければならない質問をするようにしていました。面接の限られた時間内でも、その人が状況に応じて臨機応変に対応できる人なのか、考えを整理して人に伝えられる人なのか、というところが見えてくるからです。

入社後は「Be Professional for All」を社員一人ひとりが意識し、自身の知識・スキルを高めて成果につなげる「学ぶ責任」を果たすことを求めています。同時に部下や後輩を持つ社員は、強い使命感を持って彼らを育成する「育てる責任」も意識することを徹底しています。若手や後輩の育成は、日本の企業では長いこと「背中を見て学べ」というような突き放した形で育成することが一般的でしたが、今はやはり意識的に向き合って人を育てる必要があり、近年では管理職レベルにはコーチングなどの研修も導入しています。

Q.本社での採用活動は、どのように行っていますか。また、日本人が今後身につけるべきスキルとは何でしょうか。

当社では、採用のスローガンに「向き合うから強くなる」を掲げています。志望する方にはまずは自分自身としっかり向き合い、「自分のことを話せる人」でいて欲しいと思います。面接では「これまで何をしてきたのか」「将来どうなりたいのか」を自分の言葉で語れることが大切です。学生さんの中には何を考えているのか分からない方も正直います。自分の価値基準が明確でしっかりした考えを持っている方は非常に好感も持てますし、一緒に仕事をしたいと思える人財だと感じます。

グローバルに活躍していくためには、「本質を理解し、短い言葉で分かりやすく相手に伝える力」は非常に重要になってきます。特に文化背景や言語が異なる相手との話し合いでは、こういった「本質の理解」や「アウトプットする力」が大きく影響します。これは「スキル」というよりも、思考の特性、マインドセットのようなものだと考えています。このような思考特性は一朝一夕には身につかないものです。特にリーダーの立場につくような人は、常に「問題の本質は何か」「今、何をするべきか」「これをどう伝えるべきか」ということを、意識せずにとことん突き詰めて考え続ける特性を持っていなければならないのです。このような特性を、子どもの頃から少しずつ身につけることができたら理想だと感じます。

Q.海外で子育て中の日本人に向けて、メッセージをお願いいたします。

海外での生活は苦労もあるでしょうが、さまざまなアドバンテージもあると思います。語学やその国の文化や世界観を身をもって感じられるなど、国内では得られない経験があります。

私自身、アメリカに赴任する前は「アメリカ人はドライ」と思い込んでいました。しかし、実際には一緒に仕事をする中で、人情を大切にするウェットな人間関係は大切で「人間はどこも同じだな」と感じる場面が多々ありました。このように自分の肌で経験したことは将来有形無形の財産となるでしょう。

今は時代の変化もあり、海外生活が格段に便利になりました。20年以上前に私がポーランドのワルシャワに駐在していた時は、国際電話をかけようとすると、予約制で1時間くらい待たされ電話代も高価でした。シンガポールは先進的で全てが揃い過ぎていて便利な反面、海外ならではの経験をする機会は限定的なため、もったいないと感じることがあります。できるだけ快適性にとらわれず、自分の「コンフォートゾーン」から出てみてはいかがでしょうか。近隣のASEANの諸国を巡るなど、現地の方や文化に触れる当地ならではの体験をすることを、ぜひともおすすめします。

この取材は2017年1月に行われました

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