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この人からエール

落語家 立川 志の春氏

2018.01.10

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「直感」を信じて未来を拓く

はじめに

落語家としての私の原点は、実はSpringの読者のお子さまと似たような境遇にあります。8歳まで大阪で育った私は、父親の転勤で突如ニューヨークに引っ越すことになりました。米国で暮らすことに対して不安よりは楽しみの方が大きかったものの、実際に現地校に入ると、まったく言葉が通じないという状況に直面しました。「トイレに行きたい」と言うことすらできなかったのですから、「早く英語をしゃべれるようにならなきゃ」と必死でした。しかし逆に言うと、8歳でその経験をしていたことが、後に新たな世界へ転身をはかる時に「何とかなるだろう」という自信に繋がっていたのだと思います。

日本の高校からアメリカの大学に進学した時も、会社勤めを経て落語家になった時も、自分の「直感」を信じて突き進んできました。いつも自分の支えになっていたのは、8歳の時に米国で育まれた「何とかなるだろう」の精神でした。

落語家  立川 志の春氏

撮影:Shinobu Shimomura

落語との衝撃的な出会い

私が落語と出会ったのは25歳の時です。大学を卒業し、商社に入社して2年半が経った頃でした。彼女と食事に向かう途中で「立川志の輔独演会」と書いたのぼりを見つけ、たまたま入ってみたのがきっかけでした。

当時の私は落語にはまったく興味がなく、生ではおろか、テレビやラジオですら観たことも聴いたこともありませんでした。しかし初めて落語を聞いた瞬間、すっかりその世界に引き込まれ、魅了され、大爆笑の連続でした。「日本にこんなに面白いものがあったのか!」と度肝を抜かれるほどの衝撃的な出会いでした。

会場から出た時は、外の景色がまるで違って見えるほど、すでに自分の中で何かが動き始めていたのです。その日から、私はもう落語のことしか考えられなくなっていました。それからというもの、手当たり次第に落語の本やCDを買いあさり、いろいろな落語会へ足を運びました。商社マンでありながら、休日ゴルフは一切せず、会社が終わるとそのまま寄席に行く、週末も落語三昧という生活を送りました。
落語家に転身すると伝えた時、両親は当然のことながら猛反対しました。「まあ一度もやったことがないのだから、反対されるわな」と思いました。周囲にも驚かれました。会社での仕事にやりがいと面白さを感じていなかった訳ではありませんが、私には、もはや落語しか見えなかったのです。今、動かなければ一生後悔する、ただその一点で会社を辞めて入門することを決断しました。

人生を切り拓くポイント

「会社を辞めたことを後悔したことはありませんか?」という質問をよく受けますが、実際に後悔したことは一度もありません。私自身にとっての「後悔しない自分らしい人生を切り拓くためのポイント」をいくつかご紹介しましょう。

第一に「直感を信じる」ことです。私が大学受験の頃は、日本の高校から海外の大学を目指す人はあまり多くありませんでした。そんな中で、私はアメリカの大学に進学することを選びました。周囲がどう、将来がどう、というより「今、行きたい」ただそれだけでした。正に直観です。世界中から集まる学生たちと寝食を共にし、切磋琢磨しながら学ぶことに大きな魅力を感じましたし、その方が自分には合っていると考えたからです。実際に、この選択に後悔を感じたことも一度もありません。

第二に、あまり先のことは考えすぎず「ポジティブ」であることです。大学に進む時も、落語家に転身する時も、「うまくいかないかもしれない」とは全く考えませんでした。もちろん実際にはうまくいかないことも出てきます。イェール大学にいざ入学してみると、ものすごい才能を持った学生たちに囲まれ、「一体俺には何があるんだ」と、完全に圧倒される現実が待っていました。しかし、落ち込んでいても仕方がないので、自分に足りないものを補いながら正々堂々と戦えば良い、とポジティブに考えていました。うまくいかない状況に直面した時に必死にやればいいのであって、前もって心配しすぎることはないのだと思います。

最後に、自分の人生を「上書き」し続けることです。これは、常に自分自身に言い聞かせていることでもあります。日本の場合、とかく卒業した大学名や就職した企業名が何歳になってもその人の枕詞となり続けています。例えば、東大やハーバード大学に合格したというのは、それはそれで立派なことですが、あくまでその人の18歳の時点での実績に過ぎません。50代、60代になってもそれが上書きされていなければ、「その後は何をやっていたのか」ということになると思います。その後の人生でも実績を積み上げていき、その都度人生の「上書き」ができるよう、常に前を向いて突き進んでいくことが大事だと感じています。そうすることによってのみ、未来が拓けていくのだと思います。

現在の私は、出身大学や会社名で注目されることも少なくありません。バックグラウンドを含めて注目していただけることは大変有難いことなのですが、今後はそこを「上書き」していき、「志の春の落語はいいね」と、落語だけで注目され評価をいただけるようになっていきたいと思います。

落語家  立川 志の春氏

高座の様子
撮影:二神 慎之介

落語の「笑い」は世界共通

我々落語家が高座で噺(はなし)をする時に意識していることについて、お話ししましょう。落語という芸は、いくらこちらがしゃべっても、お客さまの頭の中で話の情景が浮かばなかったり、共感していただけなければ成り立ちません。ですから、落語を初めて聞く方にとっても精通した方にとっても、観客の皆さま一人ひとりに響くわかりやすい言葉を選ぶよう、細心の注意を払っています。

そして本題に入る前には、必ず枕とよばれる「前置き」を考え、まずお客さまと良い関係を築くことを心がけています。冒頭からこちらに関心を寄せていただければ、その後の噺にも耳を傾けてくださり、理解もスムーズになります。話す時は、何よりも「聞き手」のことを第一に考えることが大切なのです。

話す内容についても、ポイントがあります。人前で話す際に面白いことを言おうとしすぎて、かえってうまくいかなかった経験がある方もいらっしゃるでしょう。英語では「funny」も「interesting」も「面白い」という意味ですが、「funny」なことを言おうと頑張りすぎて、面白くなくなってしまうことは案外多いものです。一方で「interesting」を意識すれば、聴衆の皆さまと興味の波長が合い、大爆笑にならずとも会場は良い感じの笑いに包まれます。

また、当然のことですが「自慢話」は嫌われ、「失敗談」が笑いにつながることも、世界共通だと言えるでしょう。聞き手側にどう取られるかということを想像しながら、相手のフィルターを通して話を選ぶとうまくいくことが多いと感じます。皆さまもぜひ試してみてください。

私は英語での落語にも取り組んでいます。シンガポールにて初めて「英語落語」に挑戦したのは2011年のことです。その翌年にも「シンガポール国際ストーリーテリングフェスティバル」で大勢のお客さまを前に高座に上がりました。皆さますごくよく反応してくださいました。言葉の壁を超えて楽しんでいただけたのは、やはり笑いには世界共通のものがあり、落語の物語そのものに「世界を笑わせる力」が詰まっているからだと、改めて実感しました。

海外で暮らすご家族へのメッセージ

私が両親に感謝しているのは、アメリカでも日本でも、小さい頃からコンサートやバレエ、野球など、「生」で観る機会を多く与えてくれたことです。テレビなどでは伝わらない実際の迫力に、子どもながらに心が震えたことを覚えています。私にとって、落語との最初の出会いが「生」であったことにも大きな意味があったと感じています。

海外で過ごすということは、誰もができることではありません。ぜひ、異国の地で現地の文化に多く触れ、ご家族で「生」の体験をたくさんされることをおすすめします。その体験がお子さまの豊かな感性を育み、可能性を広げることに繋がっていくに違いありません。 私はいつかまたシンガポールでの公演を実現したいと思っています。その時はぜひ、会場に聴きにいらしてください。皆さまの頭の中で画が動き出すような落語に到達できるまで、これからも生涯をかけて精進していきたいと思っています。

立川 志の春 氏

1976年大阪生まれ。

幼少期と大学時代の7年間をアメリカで過ごす。

米・イェール大学卒業後、三井物産に3年半勤務。

同社を退社後、立川志の輔師匠に入門。

大学・企業にて、英語落語を交えた講演多数。

著書『自分を壊す勇気』(クロスメディア・パブリッシング)など。

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