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海外生の今 ~海外で教育を受けた子どもたちの「今」 ~

東京大学教養学部3年 青柳 拓真 さん「世界の中の『日本人』へ」

2013.04.24

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初めての海外

 私は小学校6年生の時に来星しました。この時が初めての海外経験で、英語も全く話せなかったため、チャンギ空港に降り立ったときには不安でいっぱいでした。しかしその7年後に日本に帰国する時には、シンガポールでの生活経験が無い自分の姿が想像できなくなっていました。もしここに住まなかったら自分がどんな人間になっていたのかと考えると、恐ろしくなります。それは高校を卒業するまでの7年間で、かけがえのない経験にたくさん恵まれたからでしょう。

 小学校はクレメンティ校に1年間通学し、シンガポール生活にもすぐに適応できました。学校の通路で友達と相撲をとって遊んだりしていたことを覚えています。勉強自体は好きでしたが、中学受験などとは全く無縁の生活を送っていました。中学校は日本人中学校に進学し、生徒会活動などに取り組みました。

自分の意志で選び取る

 進学する高校を決めるにあたっては、2つの選択で大いに悩むことになりました。「早稲田渋谷シンガポール校」に行くか、「インター校」に行くか、です。インター校で得られる英語力や日本人以外の友達などの魅力はあったものの、結局早稲田渋谷シンガポール校に行くことを選びました。環境が大きく変わることへの恐れや、国語や社会の授業が好きでそれらをもっと学びたかったことなどが理由です。両親もいろいろと思うところがあったと思いますが、選択肢を提示した上で私の考えを待ち、その決定を尊重してくれたことに感謝しています。今振り返ると、どちらの選択をしても多くを得られたと思っていますが、何よりも自分の意志で進路を選び取ったということが重要だったと感じています。

高校のクラスメートと校庭で

 私が大学の進路を本格的に考え出したのは、高校1年の終わりごろでした。そして高校2年の春、学校内部の推薦制度を使わず、東京大学を目指すことを決意しました。自分が東大を目指すなんて、それまでの人生では全く考えたことがありませんでした。東大に行って何かをしたいという目的があったというわけでもありません。ですが自分にとって高い目標を設定してそれに向かって自分を追い込むことで、出来る限り妥協せずに成長したいと考えました。文系の私大のトップクラスである早稲田大学に行ける機会を捨ててしまうことに全く迷いがなかったと言えば嘘になります。もし受験に失敗したら、みんなが進学する中で一人取り残されてしまうかもしれない。合格発表を見るまでその思いはずっとありました。しかし、実際にはほとんどそういった不安を感じることなく、ただひたすらに合格を目指して受験に向けて勉強に励むことが出来ました。
 私は塾には通わなかったため、それはひとえに早稲田渋谷シンガポール校の先生方のおかげでした。特に受験勉強が本格化した高校3年生からは、国語から地理まで全ての教科で先生方にマンツーマンで親身になって指導していただきました。お忙しい中、自分のために時間を割いてくれた先生方には、感謝してもしきれません。友達との日々の交流が楽しかったことや、好きなスポーツ観戦での気分転換も、困難な受験生活を乗り切る上でとても助かりました。

ホーカーで感じた文化の豊かさ

 シンガポールでは多くのものを得ましたが、中でも大事だったと思うのは文化の多様性を感じたことです。シンガポールで私が一番好きな場所は、ホーカーセンターでした。チキンライスにホッケンミー、ナシレマにロティプラタと、好きな食べ物をあげればきりがありません。ホーカーは4つの公用語に代表されるシンガポールの文化の豊かさと多様性を最も楽しく、そして美味しく感じることができる場所でした。人口のほとんどを日本人が占めている日本では知らなかった、知っていても実感していなかった、世界には本当に色々な人が生きているのだ、という実感。文化が異なるということは決して恐ろしいことではなくて、むしろとても楽しいものだ。私はこのように異なる文化を知り、楽しむと同時に日本を相対化する視点を手に入れることが出来まし
た。また世界の中の1つの国家として母国たる日本を位置づけられるようになったことは、日本で暮らす中で常に広い視野から物事を捉えられることにつながり、自分の学びをより豊かにしていることを日々強く実感しています。

シンガポールへいつか恩返しを

 私は今大学で国際関係論を学んでおり、サークルでは模擬国連活動を行っています。「シンガポールへの思い」がその背景にあることは間違いありません。これからもシンガポールで過ごした経験は私の基盤であり続けるだろうと確信しています。また、国際系だけでなく、日本の過労死問題についての学生団体を立ち上げるなどの活動も行っています。いつの日か何らかの形で、自分に多くを与えてくれた、シンガポールという土地への恩返しが出来ればと思いつつ今は大学生活を満喫しています。

大学のサークルの仲間と

東京大学教養学部3年
青柳拓真 さん

2004年4月~ 2011年3月 シンガポール
シンガポール日本人学校小学部クレメンティ校・中学部、
早稲田渋谷シンガポール校で学ぶ

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