海外生・帰国生へのヒント
Vol.6 在シンガポール日本大使館参事官、JCC所長 伊藤 実佐子 氏 ~日本文化をいかに伝えるか~

民間企業から外務省へ

現在私が所長を務めるジャパン・クリエイティブ・センター(JCC)では、シンガポールにおける日本文化に関する情報発信の拠点として、アニメ、デザイン、アート、科学技術、伝統文化など多岐にわたるイベントを企画・運営しています。

現職にいたるまでは雑誌の編集長を歴任し、その後、外務省の独立行政法人で初の民間出身者として部長職に就きました。私にとって初めての海外勤務は在アメリカ日本大使館で広報文化センター所長として赴任をしたときでした。気がつけば海外で仕事をするようになって、早9年の月日が経過しています。

日本文化を発信するために

日本には素晴らしい文化と伝統が沢山あります。しかし、「素晴らしいから理解してほしい」という態度では、その良さは外国人には伝わりません。大切なのは、決して自己満足で終わることなく、「当地の価値観を知る」とともに相手の懐に飛び込み、受け入れてもらえるように「演出を工夫する」ことだと感じています。

そこで、友人との交流や日々の生活で張ったアンテナを通して、シンガポール人の慣習や傾向を私なりに探ってみました。すると、官僚や企業の幹部の方が大切な機会に万年筆を使われること、書店では村上春樹氏の書籍が不動の人気を誇っていること、シンガポールの人々が新しもの好きで好奇心にあふれていることがわかりました。

これらをヒントに、JCCでは伝統的な蒔絵を施した万年筆展や、「村上春樹」をテーマにした演劇・演奏・討論会を開催し、日本通の人にとっても珍しい「ちんどん屋」をシンガポール国際芸術祭(SIFA)に招くことにしました。はじめはこれらの思い切った提案に驚かれましたが、実際に開催してみると、当地ならではの知見に基づいたスタイルで日本を発信したことで、大変大きな反響をいただきました。

JCCでの事業「東南アジア青年の船(SSEAYP)」写真展のオープニングレセプション。ハワジ・ダイピ前・教育労働政務次官、SSEAYPのアルヴィン・リー会長らと。 JCCでの事業「東南アジア青年の船(SSEAYP)」写真展のオープニングレセプション。ハワジ・ダイピ前・教育労働政務次官、SSEAYPのアルヴィン・リー会長らと。

「日本の文化」とは

「文化」とは、人々の顔と心にある知識と体験の蓄積です。皆さまも遺伝子レベルで自分の中に「日本人らしさ」が宿っていると感じることはないでしょうか。それは季節に対する感受性や伝統と今をつなごうとするセンスであり、丁寧に細部までを見せるこだわりや、厳密さ・正確さを追求する姿勢としても表れているでしょう。

日本文化は歌舞伎と寿司に限らず、さまざまな伝統が、最先端かつ既成の価値観を打破する前衛的なものへと進化し、広く大衆文化としても行き渡るまでに、多彩な表情を見せています。特に異国の地でのその評価は高く、改めて我が国の文化の奥深さ、素晴らしさに誇りを感じています。

キャリアと子育ての両立

私が働き始めた当時は、女性は結婚や出産を機に仕事を辞めることが当たり前でした。私のキャリアも人生の節目ごとに中断しましたが、それでも仕事を完全に辞めることは考えられませんでした。それは、保育園や家族のサポートを享受できたこと、仕事を通して誰かに喜んでもらえるという醍醐味が励みになっていたからです。

人生初の海外勤務を決心したときは高校生の次女のみを帯同して 、清水の舞台から飛び降りるような気持ちでした。おっかなびっくりの海外ママ一年生と、引っ込み思案で「孤独すぎて辛かった」と当時を語る次女とのワシントン時代は、親子で無我夢中でした。

子どもたちがそれぞれの道を見つけ社会人になり、やっと今、ふと自分の軌跡を振り返る余裕ができました。今実感していることは、母としての人生は子どもが一人前になる50代前後に、もう一度「花開く」ということです。現在子育てまっただ中で怒涛の忙しさの中にいるお母さま方には想像ができにくいかもしれません。しかし、そのときは必ずやってきます。そのときがきたら有意義に過ごせるよう、少しずつ準備をしながら、そんな自分の時間を楽しみにしていただきたいと願っています。

海外生活とこれから

外国に行くときに大切な心がけは、日本の気楽で安心できるコンフォートゾーンからあえて飛び出す勇気を持つことでしょう。異国の地での生活を楽しむヒント、それは、その新天地で同年代の地元の友人を作ることです。子育て中でも、趣味などを通じて知りあった異国の友人との付き合いに、時には家族とともに参加することをおすすめします。

2016年は日星国交50周年の大切な節目の年です。両国のより良き次の50年へとつなげるために、シンガポールの方々が日本をより身近に感じ、日本文化への理解や興味を一層深めていただけるよう、邁進することが今の私の使命だと感じています 。

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