海外で育つ子どもたちはどのように未来へ向かって歩んでいけばよいのか、親が出来ることとはいったい何なのか。専門家から進路や将来を見据えたアドバイスをいただきます。
東京大学理事の江川雅子氏が、4 月に NUS(シンガポール国立大学)で開催 された IARU(※)の第 8 回学長会議出席のため来星されました。そこで「日本 の高等教育のあり方」や「東京大学の国際化」についてお話をうかがいました。
(※)IARU(International Alliance of Research Universities:国際研究型大学連合)は、研究志向型大学の 世界のトップ 10 が集まってできた団体。アジアからは東京大学のほか、北京大学、シンガポール大学が参画。
はじめに
私は長年ビジネスの世界に身を置いていました。外資系金融 機関を経て MBA を取得、その後 M&A や企業の資金調達の仕事 をした後、母校であるハーバード・ビジネス・スクールの日本 リサーチ・センター長に就任しました。そこで「教育」との接 点ができました。その後、現総長の濱田先生が就任される際に、 東京大学の執行部に来て欲しいとお話をいただき、現在に至っ ています。
グローバル時代に必要とされる力
現在、社会が大学に対して求めているのは、グローバリゼー ションが進んだ世の中でしっかり対応できる人材を育てる、と いうことです。特に東大に求められているのは、「グローバルな 社会でリーダーになれるような人材を育てて欲しい」というこ とでしょう。もちろんこれまで日本で行われてきた教育の良い 面はたくさんあります。日本の教育の優れたところは、ある分 野に偏るのでなく、幅広い「基礎力」を身につけられる点でしょ う。それは国際的にも高い評価を得ています。しかし、日本の 義務教育では、東大の入試も含めてペーパーテストが多いため、「正解を見つける力」に重点が置かれていました。
現在の教育で必要とされているのは、主に「問題を自分で設 定する力」「批判的に考えて議論する力」「異文化力」「コミュニ ケーションする力」の 4 つだと言えるでしょう。これらの力こ そ、今後更に強化しなくてはいけないと思います。特に「異文 化力」は、異なる文化に接しても緊張して自分らしさを失うこ となくくつろいでいられることで、今後ますます求められる能 力だと感じます。そのためには、自分と異なる価値観や文化を 受け入れられる柔軟性が必要です。その上で、どこにいても自 分らしくいられるために、自分の芯をしっかり持つこと、すな わち自分の意見を持つことが大切です。何か問題に接した時に 正解を素早くどこからか探してくるのではなく、「自分の頭で一 から考える」「自分の意見を常に持つ」という習慣を中学や高校 でしっかり確立することが重要でしょう。
東京大学の国際化に向けて
現在、国際化に向けて「全学生が 4 年間の間に必ず何らかの 国際的な体験をする」ということを目標としています。これは 今すぐに実現できることではありませんが、その方向にもって いかなければいけないと考えて一生懸命取り組んでいます。で きるだけ多くの学生に留学の機会を提供するため、全学交換留学の仕組みを作って協定校を増やしたり、短期の海外体験(サ マースクール・ボランティア・インターンなど)の機会を設け たり、個人で留学をする人への情報提供を行ったりしています。 現在留学生は大学全体では10%、大学院では20%を占め、 100 カ国以上の国から来ているため、日本人学生との交流プロ グラムも増やしています。
前述の 4 つの力を養うために、東大で取り組もうとしているのは、授業の中でもっと議論をするなどアクティブラーニング (主体的な学習)を取り入れ、実際に役立つ「応用力」を養うこ とです。少人数のゼミ形式など双方向の授業を増やしていこうとしています。
私が東大の学生だったころと比べると、授業の進め方もずい ぶん変わりました。例えば語学の授業はとても良くなっている と感じます。当時はクラスも大人数でしたし、担当の先生によっ て内容にかなりばらつきがあり、語学の授業としての効果はな かなか実感しにくかったと思います。現在はクラスあたりの人 数も 20 ~ 30 人と半分になり、この 4 月からは英語の能力別ク ラスを導入しました。コミュニケーション力を養うために、ネ イティブスピーカーがオーラルプレゼンテーションやライティ ングを指導しています。
最近の学生と接していて、若い世代が内向きだとは思いませ ん。私が学生の時は、海外というと関心の対象は欧米の先進国 が中心でした。今の学生は関心の対象がかなり広がり、当たり 前のようにアフリカ・ラテンアメリカ・中東などをあげ、躊躇 なく世界中にどんどん出かけて行きます。帰国子女も増え、英 語の上手な学生も多く、「たくましさ」を身につけている人は確 実に増えていると感じます。
日本人の課題
日本人が国際舞台に立った時、一番課題になるのが日本人の 「ディベート力の弱さ」だと思います。その力を養うには、ある程度場数を踏むに尽きるでしょう。
私がハーバード・ビジネス・スクールの学生だった時も、最 初はとても大変でした。発言が成績の 50%を占めたため、授 業中に発言しなければ落第してしまいます。「とにかく発言しな くては」と必死でした。最初は冷や汗ものでしたが、経験を積 むにつれ次第に慣れました。
実際にハーバードでは、頭が良くても発言が少ないなど線が 細くて落第する人が少なくありません。外国人のように、多少 間違えていても、まずは手を上げて発言する、という図太さや 楽観性も必要です。海外の幼稚園・小学校ではShow&Tellと いうクラスでの発表などを通して、また中学校や高校でも授業 中にディスカッションする機会が多いなど、積極的に自分の意 見を発表する場が日常の中で確立されていると聞きます。その ため外国では授業中に自ら発言する生徒も多く、質問をしなさ いと言っても手を上げずに授業が終わってから聞きに来る日本 の生徒とは大きな違いがあります。はじめは誰でも苦手ですか ら、まずはどんどん機会を作って慣れることが大切ではないで しょうか。せっかく海外にいるのであれば、そういう機会を積 極的に利用することをおすすめします。
ディベート力、つまり議論する力は、意識的に家族で会話や 議論をすることで、ご家庭でも十分養えると思います。例えば、 身近な社会問題についてご家族で語り合い意見交換をすること です。ディベートは自分の意見に関わりなく理論的に相手を説 得することですから、ご家族でゲーム感覚でやってみるのもお もしろいのではないでしょうか。ご家庭の影響はとても大きい ですから、お子さまの意識も変わるのではないかと思います。
今後の展望
今、日本の高等教育は、欧米の大学に比べて学生や教員の多 様性が乏しいことが課題となっており、大きな転換期にきてい ます。東大は規模も大きいため、改革に時間もかかるかもしれ ませんが、その方向に進んでいることは間違いありません。英 語圏ではないことで、損をしている面も少なからずあるでしょ う。世界の大学ランキングは、英語圏の大学が上位を占めてい ます。実際に、東大の個々の先生方は非常に高い評価を得てお り、世界の研究者相互の評価に基づく Reputation のランキン グでは常にトップ 10 入りしています。これまで日本の中では 広報や宣伝が必要でなかったために、組織としてアピールして こなかった点も大きく影響しているでしょう。大学としての国 際競争力は十分にあるのですから、発信力を強める必要があり ます。また、日本の国もより強く情報発信をして欲しいと思い ます。
※2013年6月25日現在の情報です。最新情報は各機関に直接ご確認ください。